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愛人が妊娠した? どうぞ再婚なさって! 私は出て行きます!

作者: 星森




「初めまして! 

私ミレネー。ツレッタの恋人で妊娠してるの。

彼と結婚するから離婚してちょうだい」


 応接室には、ふんぞり返った若い女がいた。


 まだ挨拶すらしていない。


 開口一番が、これである。


「まず医師に確認させるわ。

本当に妊婦か事実がわからないから」


「私が嘘ついてるとでもいうの?!」


「本当に妊婦なら金切り声、出さないでしょ。胎教に響くもの。

それに初対面の人を信じるなんてバカのすることよ。私がバカだと言うなら、この場で斬り捨てるから」


 実家から連れてきた護衛が剣に手をかける。


 女は沈黙した。






「妊娠3ヶ月ですね」


 半刻もしないで来た医師が告げた。


 ついでに弁護士と立会人も呼んだ。


「ほらね、やっぱり! 私の言った通りでしょ!」


 愛人はドヤ顔である。


「そうね。誰の子?」


「ツレッタに決まってるでしょ! 失礼ね!」


「では誓約書にサインを」

と、紙を渡した。


「これは何?」


「夫があなたの子の父親で間違いない、という誓約書よ」


「そんなもの書きたくない」


「では離婚しないわ。

あなたの産む子が夫の長子であっても、庶子だから相続権はない。

夫に飽きられたら、養育費すら貰えなくなるかもね」


「……わかった」


 女は素直にサインした。


「じゃあ、あなたの部屋に案内するわね」


「え? 部屋?」


「そうよ。あなたは、これから──」








「おい! カレッタ! ミレネーが来たって──何してる?」


 愛人の受診から3時間後、夫が帰宅。


 ツレッタ・カルチオ伯爵──赤茶の髪にグリーンの目。婚約した頃はハンサムだったけど、最近はほうれい線が酷い。


 エントランスで困惑した顔をしている。


 カレッタは私の名前。


「自分の荷物を馬車に積んでるんですけど?」


「は? どういう……出ていくのか。

そりゃあいい! ミレネーと一緒に住める」


「はい、離婚届」


「離婚はしない。ミレネーに伯爵夫人は務まらない。

お前は別邸で暮らせ」


「これ婚姻届」


 ミレネーがサインした婚姻届を渡す。


 離婚届と婚姻届の両方にサインするだけの簡単なお仕事が、目の前の男にはできないんだろうか。


 頭の毛と共に脳みその体積も減ったのかもしれない。


「はあ?」


「出さないと、あなたの嫡子が私生児になるわよ」


「……仕方ない。ミレネーは病弱で社交できない設定にしよう」


「設定にしなくてもマナーを知らない元平民には誰も招待状、送ってこないから平気よ」


 クスクス笑うと、顔を真っ赤にして「うるさいっ」と怒鳴った。


 私は敢えて怯えた顔で黙ってから、もう1枚の紙を渡した。


「あと、これもサインしてください」


「財産分与の他、慰謝料は持参金の10倍?! そんなに払えるか?!」

と、一応まだ夫のツレッタが吠える。


「どうして? それだけのことを私にしたじゃない!」


 私が肩をいからすと夫は黙り込んだ。


「ならば産後に裁判所で争いましょう。

今争うと彼女の胎教に響くと良くないもの。せっかくの跡取りなんだから。

ミレネーさんには本当に感謝してると伝えて! 私の代わりに跡取りを産んでくれて、貴方からも解放してくれるなんて! 救世主よ!」


 夫はそこまで言われると思ってなかったようで、一瞬ポカンとしてから歯軋りした。










 10ヵ月後。


「──ええ、そうなのです。出産祝いと慰謝料について話したいと手紙を出したところ、元夫から『ミレネーは失踪した』と。

本邸に乗り込んでくるような愛人が自ら失踪しますか? それも身重で」


「使用人に嫌がらせされたとか?」


「彼女なら、その使用人をクビにするでしょうね」


「そうですか……確かにおかしいですね」



 私が騎士団に相談して1ヵ月も経たないうちに、元夫ツレッタは殺人容疑で逮捕された。


 カルチオ伯爵夫人ミレネーは、邸の地下牢で白骨化して見つかった。


 私は現場検証に付き合わされ、牢にあった使い古された拷問具を見て気絶した。


 そして元夫の公判では「婚姻中、ツレッタから暴力を振るわれていた」と診断書を出した。


 元夫の殺人罪が確定した。


 ミレネーとは婚姻届を提出済みだった。


 彼女の身分が平民だったなら刑罰は禁固半年で済んだが、伯爵夫人だったため禁固に加え降爵処分となった。

















「じゃあ、あなたの部屋に案内するわね」


「え? 部屋?」


「そうよ。あなたは、これから伯爵夫人になって毎日ここで暮らすのよ」


 私は案内のため立ち上がった。


「い、いきなり?! いいの?」


「あなたが離婚してくれと言ったのに」


「だって、こんな……もっと揉めると思ったのに」


「揉める? 私と? アハハ! まさか!」


 私が大笑いすると怪訝な顔をする。


 貴族女性が爆笑するなんて、想像してなかったようだ。


「……何なのよ?!」


 ミレネーが口を尖らす。


「あなたって素晴らしい廃品回収業者だわ。あんな屑ゴミ(ツレッタ)を貰ってくれるなんて! 私にすれば救世主よ!

救世主には相応の待遇をしなくてはね」




 地下へ続く階段を降りる。


「何ここ? カビ臭い」


 後ろをついてくる夫の愛人が顔をしかめる。


「地下牢の奥に隠し扉があるの。その中が宝物庫よ。

夫人業の引き継ぎだから黙ってついてきて」


 私の護衛が檻の中に入り、隠し扉から器具を取り出す。


「宝物庫?! って、それ変態の使うものじゃん。まさか……?!」

と、身震いして後退る。


「大丈夫、貴方を鞭で打ったりしない。

これはダミーなの。

さあ、中に入って。奥をよく見て」


 護衛とミレネーが場所を入れ替わった瞬間、牢に閉じ込めた。


 ──ガシャン


 サッと鍵をかける。


「えっ、ちょ、何?!」


 鉄格子を掴む姿は猿みたいね。


「ハイ、これ」


 格子の隙間から紙とペンを渡す。


「婚姻届?」


「ええ。出しておいてあげるから書いて」


「わかった! 私を他の男と結婚させる気ね?! 道理で話が早いと思った。

本当は離婚したくないんでしょ?! だから私を他の男に宛てがう気ね?!」


「全然、違うわ。これは本当にツレッタと貴方を結婚させるためよ」


「だったら檻に入れる必要ないじゃない!

ツレッタと一緒になるための婚姻届くらい何百枚でも書いてやるわ」


「檻に入れた理由は後で教えてあげるから、 とにかく先にそれを書きなさい。書かないと出さないわよ」


「出してくれないなら書かない」


「そう。だったら、そこでそのまま飢え死にすればいい。

別に貴方が居なくなっても誰も困らない。

夫には他にも愛人がいる。

行くわよ」


 私が護衛に声をかけるとミレネーが慌てる。


「待って! わかった、書くから!」


 サイン済みの婚姻届を隙間から受け取り確認する。


 彼女は、これで用済みだ。


「……ああ、檻に入れた理由だっけ? 

それはね、第一声が謝罪じゃなかったから」


「は?」


「既婚者と不倫したのだから正妻に、まず謝罪するのが筋でしょう。

あなたが非常識だから牢に入れたの。非常識な人を野放しにすると社会の迷惑でしょ?

でも、あの男の妻の座はあげるから心配しないで」


 それだけ言って背を向けた。


「待って! 出してくれるって言ったじゃない!」


「言ったわ、確かに。でも『いつ』とは言ってない」


「そんなっ」











 10ヵ月後。


「お嬢様! 昨日から何も召し上がってないのに、こんなにコルセットを締めたら倒れますよ」


 侍女の腕がプルプル震えている。


 私のコルセットを締めるのに腕力を使いきったのだ。


「倒れるために絞めてるのよっ!」


 私も負けずと柱にしがみつく。


 そうしないと、本当に倒れてしまう。


「はぁはぁ……無茶ばっかり」


「顔色も悪く見えるようにしてね! チークなんか絶対ダメよ。目の下にクマもつくって。ベースメイクは青」










 何年も住んでいたカルチオ伯爵邸は通夜状態だった。


 主ツレッタが殺人容疑で騎士団に拘束されているので、辞めていく使用人が多く閑散としており、庭も荒れ放題だった。


 騎士に付き添われ地下牢への階段を降りる。


 ミレネーの遺骸はすでに撤去されているが、腐臭と痕跡は床にこびりついていた。


 現場検証が終わってないし、窓もないので空気の悪さは仕方ない。


「レテトナ伯爵令嬢。申し訳ないが、この遺留品に見覚えは?」


 同行した騎士が気遣わしげに見せてきたのは、使い込んだ三角木馬、手錠、鞭。


 私は「ひいいいっ」と喉をひきつらせ、そのまま意識を失った。








 救護室で目覚めた。


「大丈夫ですか? いま水を」


 実家から伴った侍女がコップに水を汲んでくる。


「ありがとう」


「外で騎士の方達がお待ちですが、お話されます? 後日の方が良いのでは?」


「いいえ、今の方がいいわ」


 鏡で確認せずとも、自分が酷い顔色だとわかる。


 だから今の方がいい。


 入室してきた騎士達に詫びる。


「このように無様な姿を、お見せすることになって大変申し訳ありません」


 私は俯いて肩を震わせた。


 彼らは多くの罪人を見ている。故に嘘をつく時の仕草などを見破る術を持っているかもしれない。だから、なるべく顔を上げない方がいい。


「そんなまさか。お気になさらず……我々も心苦しいのです。このような……」


「言いにくい質問なのは承知しております。

地下牢にあった器具のことですね……見覚えがございます。

……私も使われたことがあります」


「「なっ」」


 3人いる騎士のうち2人が声を揃え驚き、1人は「伯爵夫人になんてことを……」と嘆いた。


「使われたと言っても鞭だけで、他は……。

恐らく私の父にバレるとマズイと思ったのでしょう。鞭だけなら見つかっても使用人の躾用と誤魔化せるので」


「そうでしたか……」


 聞き取りを終えた騎士達は、沈痛な面持ちで帰っていった。


 あの拷問具は新婚時代に元夫が色街で遣う偽名で買ったものを、便利屋を通して愛好家の中古品と交換してもらったのだ。


 使い古してないとリアリティーがないから。


 そして隠し扉を作って、その奥に隠しておいた。










 後日、証人として裁判所に呼ばれた。


 そこで私は「過去に元夫から暴行を受けた」と証言した。


 ツレッタは私とは「白い結婚であり暴行の事実はない」と主張した。


 別室で女医による確認がおこなわれ、私が生娘ではないことと古い鞭跡があると診断された。


 出ていく時のエントランスでのやり取りを、弁護士と立会人が見ていたのも決め手となった。


 裁判官は元夫を有罪とした。


 元夫は諦めたようで、大人しく連行されていった。






 ツレッタの訴えは実は正しい。


 私達は白い結婚だった。


 結婚しても彼が当時の愛人と手を切らなかったことを理由に、私が閨を拒否したのだ。


 実家が同じ伯爵位だったので「私に手を出せば実父に愛人の存在を知らせる」と脅し、何もさせなかった。唇すら許してない。



 この国では女性から離婚の申し立てはできない。


 できるとすれば夫が犯罪者になった場合。


 そのために私は自分の体に鞭で傷を付け、張り型で処女を喪失したのだ。


 私は不倫などしていない。こちらに落ち度を作ってはいけないから。


 でも、それだけでは足りない。


 当時の夫の愛人──婚約前から続いている女は賢く分を弁えていた。


 私が「夫から被害を受けた」と主張しても、うまく彼を擁護して離婚計画を邪魔するだろうと思った。


 だから消えて貰い、バカなミレネーと立場をすげ替えた。


 不倫カップルは運命の出会いを果たしたと思い込んでいるが、それはこちらがお膳立てしてやったのだ。


 有り難いことにミレネーは、カルチオ伯爵邸へ突撃してきてくれた。


 あの日、それを館に勤める全ての使用人が瞬く間に知った。


 門前で対応したメイドが大騒ぎしたからだ。


 私は実家から連れてきた侍女と護衛以外を使用人部屋に下がらせた。ミレネーと大事な話が終わるまで出てこないよう言いつけて。


 そしてミレネーが乗ってきた馬車が去るタイミングで持ち場に戻した。


 彼の御者には年収分の金貨を渡して隣国へ行って貰った。戻れば命はない、と付け加えて。


 遠退いていく馬車を見た使用人達は、ミレネーが帰ったと思い込んだ。当人が地下牢で喚いてるとは夢にも思わず。


 あの地下牢は滅多に使われない。


 掃除も年に1度あるかないか。


 屋敷の端にあり、誰も近付かない。


 いくら騒いでも誰も気付かない。












 ツレッタとの婚約から7年。私は漸く自由になった。


 カルチオ家は男爵位になった上、私とミレネーの実家に莫大な慰謝料を払い没落した。


 私は慰謝料富豪になったので、その資金で女性の地位を上げる活動家になった。


 そして、その活動を支えてくれた新聞記者と再婚した。


 いずれ、この国も女性から離婚の申し立てができるようになるだろう。







□完□










閲覧ありがとうございます。

ツレッタとは婚約2年、結婚5年なので「婚約して7年」は誤字ではないです(O.O;)(oo;)

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