Ⅷ コーヒーと早朝の一幕
気がつくと時刻は午前四時。昨日倒れ込んでから一瞬だった。窓の外はあまり明るくなく、陽が昇りかけだった。
シャワーでも浴びとくか、と思い、ホテルの最高級のバスルームに入る。
「うわ…広」
思わず呟くほどには広い。そして高級感に溢れていた。富裕層はいつもこんなのに入っているのか。
シャワーから上がると外が明るかった。暗雲が立ち込めているこの国にも朝は来る。
さて、早く起きてしまったが、特にやることがない。召集令状に記載されている時刻は午前八時。朝食まで時間があり余っている。
ルームサービスでコーヒーでももらうか…。
その後、ルームサービスは呼んでから一分も経たないうちに運ばれてきた。もちろんだが味は最高。香りよく、味も奥深く。
何か、全てが身の丈に合ってないようで逆に居心地が悪い。
コーヒーを啜りつつ、窓の外を眺めてぼんやりとする。優雅とは言い難いが、別に悪い気はしなかった。
そのまま七時まで過ごし、部屋を出る。そろそろ朝食でもいいだろう。
エレベーターに乗り、一階まで降りる。早いお陰か、途中で誰も乗らなかった。
朝食はバイキング。ホールには誰もいない…と思ったが、一人いた。
背が低いのが一人…考えなくてもわかる、コベル中尉だ。
「おはようございます中尉」
「早いふぁ、おふぁよう」
中尉が振り返って答える。トーストを頬張っていた。
「ひみもふぁやめにとっておへ。召集ふぇへましたら__ん_酷いことになるぞ」
飲み込んでから喋ってください中尉。まあなんとなくわかりますが。
俺も取ってくるか。トーストとサラダとベーコン、チーズと…コーヒーをもう一杯。目がなかなか冴えない。
一人席に座り、食事と向き合う。きっと、明日からこんな食事にはありつけない。戦場に出たことはないが、酷いものだとは聞いている。
今考えれば人が食うもんじゃないけど、あんときは旨かったな、と退役した先輩が言っていた。
トーストをかじり、コーヒーを一口飲む。少し急いだ方がいいだろう。食べながら周りを眺めてみる。
だんだん人が増えてくる。できるだけ俺と中尉の近くに座らないようにしているのがわかる。
俺たちは当たり前かのように軍服を着用しているが、一般人からすれば異様な光景だろうな。
が、富裕層の中に混じってたまに同業者を見ることができた。四人くらいで固まって話しており、全員が長身でいかつく、活気がある。きっと優秀なんだろうな…。
あーゆうのの後ろに隠れていれば生き残れるだろうか。そもそもコベル中尉がいるから心配ないか。
そういえばコベル中尉は?
横目でコベル中尉に目を向ける。
コーヒーを口元に運び、少し飲み、離す。ゆっくりと飲んでいるのかと思う。が、苦悶に満ちた表情から察するに、ただ苦いだけのようだ。
ミルクとかガムシロとか入れてても誰も何も言いませんよ中尉。
現在時刻は七時三十八分。あのペースで飲んでたら遅れる。…世話役ってどこまで権限があるのだろうか。
中尉が遅れることで俺に責任をくらうなら早急に対処すべき案件だ。足早に中尉の席に向かう。
「中尉」
「…見ていたか?」
「見てません。見てませんので早急にミルクかガムシロップを入れましょう」
コベル中尉はジト目をこちらに向けてくる。昨日凄んだ時の迫力は無い。安心した。
「見てるじゃないか…僕はブラックで結構だ」
「今のペースで飲んでたら遅れます。ですので」
むう、と渋る中尉。
「召集時刻まで二十分もありません。時間的に考えるともう出発の支度をすべきです」
それでも渋る中尉にトドメを刺す。
「別にミルク入れてても誰も何も言わないですよ」
不貞腐れた様子でミルクを入れてきた中尉。諦めた様子で飲み始める。ギリギリ間に合いそうかな…。
「…そもそも苦いの駄目なら飲まない方がいいですよ。コーヒーに含まれるカフェインは成長を阻害すると…」
「うるさい黙れぇ…」
とは言いつつも、すぐに飲み干した中尉。
周りを見ると軍服の人たちはもうチェックアウトを済ませたようだ。
時刻は七時四十一分。間に合えばいいのだが。