Ⅵ 襲撃者に慈悲を
「殺気」というものは、聞いたことがあっても、普通感じることはない感覚である。
銃を手にしたコベル中尉から発せられる雰囲気は異様だ。野生の獣を思わせる獰猛な雰囲気を纏い、それでいて冷徹で冷ややかなのだから。
本来共存すべきでない感情を無理に両立させた__言い得て妙だが__化け物だ。
本能がそう警告を出していた。
どっちにしろ戦闘は素人が関わっていいものじゃない。
「モーゼル中将ッ!ひとまず中へ入りましょうッ!」
中将を連れ、近くのビルの一つに入る。少し落ち着いた後、やっと一般人の声が聞こえてくる。ざわめき、恐怖と好奇心が混じった目をこちらに向けていた。
⚪︎ ⚪︎ ⚪︎
まずは中将に撃ちやがった奴からだ。真正面でマシンガン構えてるだけの的でしかない。
ボロ布を頭に巻き、この時期にも似合わないロングコートを羽織っている。身長的に男だろう。
相手が引き金に指をかけるのが見える。撃たせない。
__ズドン。
男の頭から血が噴き出る。そのまま銃の自重と重力に従い崩れ落ちた。
どこかから悲鳴が上がったが、気にすることでもない。
さて、今の戦闘中に銃を構えようとしてやめた奴が三人いた。親からいい目を譲り受けて良かった。とっとと始末しようか。
位置は廃ビルの3階に一人、通りを歩いてた奴が二人。通りを歩いてた奴らは蜘蛛の子を散らして逃げていったが、向かいの廃ビルにいた奴には追いつけそうだ。
そう考えをまとめた時には足が動き出す。
同時に、親指で撃鉄を起こしてやる。カチャリ、と危険な音が響く。
廃ビルのドアは開いており、容易に侵入できた。が、入り口の案内図を見る限り、出入り口はここのみ。2階から飛び降りたなら話は別だが、おそらくまだ中にいるはずだ。
一階は伽藍堂で中にはものがほとんど無かった。壁にひっついている棚とかはあったが、基本遮蔽になるものは無さそうだ。
こうなると防衛側、相手が有利でしかない。手榴弾でも投げ込んでやればいいのだが、一般人がいる中でそんなことはできない。
建物奥の階段まで来た。呼吸を整える。
思い切り階段を上がり、2階のドアを蹴破り、部屋の端に照準を合わせる。いない。
なら、上。どうせ足音でバレている。
3階前のドアで一呼吸を置く。自分の手にある銃を確認する。
覚悟はできた、やろうか。
次の瞬間、ドアを蹴破り、同時に発砲する。やはり3階に男がいた。膝立ちの状態でこちらに小銃を向けていた。おそらくKar98k。つまりボルトアクション式。
こちらの初弾は外れたが、そもそも当てる気で撃ってない。また親指で撃鉄を起こした。
相手との距離はたった数メートル。左に体を倒しながら急激に相手との距離を詰める。
相手が引き金に指を掛けた。
相手の発砲の瞬間、銃身を上に蹴り、弾道を逸らした。ボルトアクションはリロードできない。そもそもこの距離は小銃にとって圧倒的不利。階段から撃ち下ろせば良かったな。
その刹那、男の腹を大口径が貫いた。
逃げた他の奴らを追うより、こっちの方が早い。そう考えたからだ。
倒れ込み、息も絶え絶えな男に言う。
「おいパルチザン、貴様の仲間はどこだ」
男は頭を横に振った。そうか。
男の指を踏みつけた。骨の砕ける音がする。が、もっと大きく男の悲鳴が上がった。
「貴様の仲間はどこだ」
男は訳のわからない言葉を羅列し始める。
男の頭に蹴りを加える。頭から肩に巻いていたスカーフが外れ、本来の顔が見える。
「…ん?」
男の襟にあるものが目に入る。
「ヤーハブルクの階級章…ほう、貴様スパイだな」
うーん、僕ヤーハブルクの言葉わからないんだよな。
その間も男は訳のわからない言葉__おそらくヤーハブルク語を叫び続ける。いい加減うるさくなってきた。
「黙れ」
そもそもこちらの言葉も通じていないような気がするな。
男の顔にまた蹴りを入れる。顎が外れた。
腹の出血はひどく、じきに死ぬだろう。撃鉄を起こした。
男が声にならない叫びをあげ、首を振った。
__ズドン。
死んだ。正確に脳天を撃ったから即死だろう。
後処理と隠蔽は軍に任せる。早く中将とホルストの元に戻ろう。