Ⅴ 無駄な抵抗
「いや…はい?こいつが世話役?第一僕は一人で暮らせますしそんなもの無用の長物です」
至極当たり前のことをコベル中尉は述べた。モーゼル中将は首を傾げた。
「ではこの遅刻の数はどう説明するつもりかね。先週は6回も遅刻しているようだが」
「あー…それはぁ…」
「さらにその影響で朝食を抜く日が多いと」
「なんで知ってるの…」
「挙げ句の果てに勤務中の居眠りが数え切れないほど」
「…」
ついに中尉は黙ってしまった。気にせずモーゼル中将は話し続ける。
「これのどこが"一人で暮らせる"というのだね」
「…はい」
「親としてはそんな不摂生な生活を続けるのは看過できないのだよ」
…一つ、思ったことがある。モーゼル中将親バカ過ぎないか?
「そういうことで、ガレン上等兵には君の体調管理などに当たってもらう」
コベル中尉は納得できない顔だ。そのまま中将の方を一瞬向いた後、こちらを睨みつけてくる。やめてくれ、俺には何の罪もない。
中尉はぶつぶつ何か呟いて自分の足元へ目線を落とした。
それにしても俺が選ばれた理由がよくわからないな。そういうのは衛生兵にでも任せれば良い話だ。
何となく車窓から外を眺めてみる。ガラスの黒いフィルター越しでも街の活気くらいはわかる。戦時中とはいえ、市は開かれるし、人の営みは途切れない。
この辺りもビルが増えた。俺が小さい時はもう少し空が広かったものだ。
「…ん?」
不意にコベル中尉が身を乗り出す。
「前方に一名、民間人に偽装したレジスタンス確認。狙いはこの車で多分間違いない。武装は…短機関銃っぽく見えるな」
その言葉で場の空気に緊張が走る。
「中将とホルストは身を屈めて待っていてくれ。排除してくる」
「ルーシー待て。相手の人数がわかっていないのに行くな」
「どうとでもなります。そもそも市街でそんな発砲もできないだろうし」
急に軍人としての空気を纏うコベル中尉。さっきまで遅刻と居眠りを咎められていたとは到底思えない。
「運転手、ここで一旦止めてくれ」
運転手は無視した。
「おい、聞こえてないのか!止めろ!」
運転手は無視を続け、速度を上げた。
「クソ、貴様もレジスタンスか!どこから入り込んだ!」
中尉が拳銃を引き抜き、運転手の頭に突きつける。
が、発砲には至らなかった。突きつけられた瞬間、レジスタンスは右に急ハンドルを切り、ビルに突っ込んだ。
「ああああああああ!!!」
ガラスの破裂音と鉄が潰れる音が響き、炎が上がる。車内は地獄だ。コベル中尉が叫ぶ。
「窓を割れ!早く外に出るんだ!」
思い切り窓を叩くが、びくともしない。
「ふむ…防弾ガラスが仇になったか」
分析している場合じゃないです中将。
次の瞬間、コベル中尉が窓に蹴りを放ち、叩き割った。救世主か?
「安心するな!外にはまだ売国奴の畜生どもが残っている!」
「ルーシー!そんな言葉どこで覚…」
「中将、落ち着いてください。今じゃないです」
モーゼル中将の親バカを止め、窓から脱出する。
中将を引っ張り、車から全員が出た頃。
「ッ!伏せろ!」
言われるがまま全員が即座に伏せる。その直後、頭上すれすれを銃弾が通過した。
「ホルスト、中将に付いてろ」
中尉はそう言って拳銃の安全レバーを解除した。
見るもの全てを殺せそうな獣を思わせる目つき。戦場での軍人の像そのものだった。
「始末してくる」