II 仇敵と相対したような
数分車を走らせていると、後部座席に座った中尉が口を開いた。
「君上等兵らしいけど何歳?見た目結構若いよね」
あんたが言うことじゃないだろ。
「20歳です」
「ほーん、7歳上か。階級は僕の方が6つ上なのに」
一言多い。流石幹部クラスの奴らは口がでかいな。という皮肉の前に、この人が13という事実の方が驚きだ。
それにしても不幸だな。この人の過去がどうとか知らないが、13で一人で生活しているところから推測するあたり、軍に育てられたとかそんなところだろうか。
ウェストタウン駐屯地までは少し距離がある。憂鬱の先延ばしは更に憂鬱だ。
「暇だな、雑談でもしないか?今この時だけ階級とかそういうのナシで、だ」
不意に中尉が話しかけてくる。運転に集中したいんだが。
「…階級差は無視できません」
「わかった、それじゃ僕が一方的に話すだけだ」
正直黙って座っててくれと言いたかった。
「今日、ひっどい悪夢見てさー」
俺のそういった雰囲気にも構わず、コベルは話し出した。
「僕がケベル防衛戦にいたのは知ってる?そん時に右腕切ったんだけど、その記憶」
全く声のトーンを変えずに生々しい話を始めないでくれ。
「右腕以外にも腹のほぼ中心撃たれたし、階段転がり落ちたせいで頭打つし、散々だよ」
ルームミラーに一瞬目をやる。確かに頭には包帯が巻かれていた。右腕も無い。
「そのせいで右手が朝からずっと痛いんだよね」
一瞬理解できなかった。右腕は無いはずじゃ…。
「…右手が?」
「おっ話す気なった?幻肢痛って聞いたことない?」
幻肢痛…軍の教育でそんな名称が出てきた気がするな…。なんだったかは忘れたが。
「幻肢痛はねえ、もう無い部位が痛む難治性の疼痛。原因は今の医学じゃ解明できないって」
一瞬でこの回答が出てくる。13歳の割には知識量は並の大人よりあるようだ。
「僕のやつは厄介でね、鎮痛剤効かないんだ」
語気は笑っているが、それは無邪気な明るさではなく、自虐と諦めの笑いだった。
たった13の少女は普通こういう笑い方をしない。ホルストは自分の妹のことを思い出していた。
俺にはほぼ同じ年齢の妹がいる。同年代の子が、仮にも陸軍中尉だが、この修羅の道を歩んでいることには何か感じることがあった。
「そろそろ着くよ」
…思ったことを口に出していいんだろうか。
「…俺が運転してるんですが」
ルームミラー越しにコベルの顔色を伺った。
予想に反して、コベルはニヤリと、満足げに笑っていた。
「召集令状を受け取りました。いつ戦地へ赴くのでしょうか」
姿勢を崩さず、視線を真っ直ぐ向け、できるだけ何も考えずにいる。目の前にいるのはウェストタウン駐屯地最高地位にいるお人。クルーヴィヒと名乗った。
後ろには特に姿勢も整えず、あくびをしている中尉が控えている。
「ホルスト・ガレン上等兵。君の後ろにいる奴と先に話がしたい」
はっ、と一言発し、後ろへ。コベル中尉が前へ出る。
明らかに雰囲気は異様。仇敵同士が相対したような空気が部屋に充満する。
中尉の表情は険しく、侮蔑の視線を送っていた。
同時に、クルーヴィヒと名乗った男の方も苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「召集令状だが」
先に口を開いたのはコベル中尉。声には怒気が含まれていた。
「まさか僕に戦場に戻れとか言うつもりじゃあないよな?」
圧力。友人と話すような語調には似合わない凄まじい圧力。
「貴様は令状の内容に目を通さないようだな、中尉」
冷水のような言葉は鋭く脳に入り込んでくる。
「過去の発言も覚えていない耄碌に言われたくないな」
コベル中尉は高らかに嫌味を言った。言葉は続く。
「大佐、お忘れのようなのでもう一度言いましょうか。利き腕の無くなった貴様に戦場での存在価値は無い。国内の仕事に異動だ」
中尉は釘を刺すように付け足す。
「この言葉を撤回しない限り、戦場には行きません」
クルーヴィヒ大佐は表情を変えず、言い返した。
「そうか、ならば処刑だ」
中尉は笑った。
「くく、日時は?処刑方法は?銃殺か?」
クルーヴィヒ大佐も冷たく嘲笑を返した。
「あぁ、今この場で、銃殺だ」
そうして、中尉の胸に拳銃を突きつけた。