I 召集は憂鬱の塊
「異動…しかも前線に…」
ある日の午後、ホルスト・ガレンは頭を抱えていた。
「人手が足りない?アデルメルはここの人口の十倍くらい人手があるだろ…くそっ」
今年で20歳のこの男の手に握られているのは召集令状。俺を含め、この国民課ウェストタウン本部から何人かが招集されたようだ。
上官からは、「人手不足」とだけ伝えられ、さらに支部に勤めているもう一人をここまで連れてこないといけないらしい。
その人はもともと前線にいた人で、なんでも階級がまあまあ高いとのこと。そんなの知らねえよ、自分で来い。
苛立つ気持ちを抑え、本部前に停まっている車に乗り込む。幸い、今日からの業務は免除。この後の仕事は考える必要もない。
50年前、この都市国家ヒュテルは隣国アデルメル公国から独立した。希望ある未来の都市として。
アデルメルの言葉で「ヒュテル」とは「楽園」を指す言葉だ。
が、2年前起きた戦争にヒュテルは今も振り回されている。独立元のアデルメルと南の大国ヤーハブルクの戦争。ヒュテルは同盟を理由にアデルメル側に参戦した。
これが全ての始まり。戦争は泥沼と化し、一進一退が続いている。国民の士気の低下、慢性的な食糧不足、資源不足。
そして最近アデルメルの南の大都市、ケベルが落ちたと聞いた。これにより前線は大きく後退。ますます国民の不信感が高まっている。
車を走らせつつ、頭の中でおおかたの戦争に関する知識を洗い流してみる。ちなみに、今迎えに行っているお偉いさんはケベルで戦っていたらしい。負傷して戻ってきたとか言っていた気もする。
どうでもいい情報だ。
そんなことより、俺なんかが戦場に出て何ができるんだよ。どうにかして生き残らないと。せめて銃の腕だけでも磨いておくか?俺的に当たったことすらないぞ?ましてや人に向けたことすらない。
いっそのこと輸送中に逃げるのも手だな。
数分後、この国でいうところの交番の前に車を停めた。こんなところからも徴兵されるのか…可哀想で仕方ない。相手の見た目も聞いていない。階級が高いと聞くし、きっちりした感じの人かなあ…。
召集令状と名前が書かれたメモを持ち、交番の扉をくぐった。
中にいた中年の男がこちらを向き、神妙な顔つきで敬礼する。おそらくこいつか。こちらも敬礼を返す。
「ご用件は?」
ボソボソとぐぐもった声が聞いてくる。
メモを一瞥し、相手の目を見据えはっきりと言った。
「ルーツィエ・クラウディア・コベル殿、政府より、召集が来ております!」
コベルらしき人物は息を吐き出し、一言。
「…俺じゃねえ」
は、と声が出る前に奥からもう一人が現れた。
「どうした?なんか名前呼ばれた気がするけど」
奥から現れたのは、せいぜい12か13くらいの少女。呆気に取られていると、中年男が口を挟んだ。
「コベル、召集だとよ」
「はあ?片腕の僕は使い物にならないとか抜かしたくせに…政府の奴らはいい身分だな」
「おいおい、今の言葉報告されたらどうすんだ?」
「知らなーい」
呆気に取られている間に、愚痴がどんどん積もってゆく。不意にコベルという少女がこちらを向いた。
「おい君、今の言葉なかったことにしてくれ」
そう言って、交番のカウンターから出てくる。
金髪のボブに青い瞳、輪郭も幼い。軍の制服を着用していなければ普通の少女__だと思った。
右腕が無い。本来通るはずの袖はふらふらと漂っていた。
「で、僕はどうしたらいいの。いつにどこにどう行ったら?」
「あ、えー、今…」
「今からウェストタウン駐屯地?急すぎない?」
と言葉で言いつつも、身支度を一瞬で済ませていた。
「まあいいや、詳しい話は後で」
コベルは交番のドアをくぐろうとしたくらいで振り返り、聞いてきた。
「そいえば君階級どこ?」
「…上等兵」
「僕中尉なの。コベル中尉って呼んで。じゃないと上に殺されちゃうよ」
世の中不思議だらけだ、と思う間にコベル中尉と名乗った少女は車に乗り込んでいく。
俺も急いで交番を後にした。
「…達者で」
中からはそんな声が聞こえた。




