XII 波乱と皮肉を含んだ
その後、シャリコフという男は俺の後ろに並んだ。元からやつれた顔がさらにボコボコで見るに堪えない状態になっていた。
そんなことは気にも留めず、コベル中尉が声を張り上げる。
「よろしい諸君、ここから数百メートル先は戦場だ。今日のうちに配備場所の奴らと顔を合わせておけ。そいつらは本作戦の仲間であり、戦友だ。さて、紹介しよう、本作戦の指揮を僕とともに執るエンデンス少佐だ」
エンデンス少佐が一歩前に出て軽く頭を下げる。
「皆さん、よろしく。突然だが、ここアークエリツは要衝だ。忌々しいことにケベルは敵の手に落ちた。我々は防衛線を大幅に下げなければいけなくなった…忌々しい限りだ。アークエリツだけは落としてはいけない。これは単なる防衛戦ではないぞ」
エンデンス少佐は拳を振り上げる。その拳もわなわなと震え、今にも最前列の兵士を殴り飛ばしそうな勢いだ。
「これはいわば死守戦だ!なんとしてでもアークエリツを落とすな!憎きヤーハブルクの畜生どもを排除しろ!」
歓声が上がる。なんだか見たことある景色だ。雄叫びが上がり、口笛が吹かれ、狂気じみた歓声だ。
ふとエンデンス少佐の奥のコベル中尉に視線を向ける。やはり表情は変わらない。唇を固く結び、じっと歓声を上げる兵士たちを眺めていた。
「…狂ってる、狂ってる…」
後ろからこんな声が聞こえる。周りに気づかれないように振り向くと、シャリコフ二等兵が絶望を表情に浮かべていた。よくそんなメンタルで軍隊入れたな。
そんな空間を一声が切り裂く。
「もういい!戦意があるのは結構なことだ。だが、今夜は移動がある、各小隊移送車に乗りたまえ」
若干の不満が漂い、第七小隊から移送車に乗り込む。コベル中尉が最初に乗り、第七小隊の兵士たちが続いていく。俺も乗りこみ、第七小隊全員が乗り込んだ。車両は二台あったので二十人が送られてきたのか。少ないな。
車内はまた狭っ苦しく、今回は結構揺れるというおまけつきだった。幸い乗り物酔いにはめっぽう強いタチなので大丈夫だが。
コベル中尉が不意に話し出した。
「第七小隊諸君、戦場に着くまでに手短に自己紹介を済ませておこう。僕はルーツィエ・コベル。第七小隊及び第四中隊指揮官、陸軍中尉。ルーシーでもコベルでも中尉でもなんとでも呼べ。戦場じゃ敬称なんぞつける暇ないだろうからな」
ルーシー…モーゼル中将がそう呼んでたな。そんなことを思った時、中尉の正面に座っていた男が口を開く。筋骨隆々の長身で、顔に大きな傷が入っている。目つきも鋭く、思い浮かべる軍人像そのものだ。
「ザッカス上等兵だ、元々はケベル防衛戦で戦っていた。よろしく」
ザッカスは軽く小首を傾げ、それを礼とした。が、俺は見逃さなかった。ザッカスはコベル中尉を睨みつけるように見ていた。ケベル防衛戦で何かいざこざがあったのだろうか。
ザッカスの隣が口を開く。小柄で黒髪はボサボサ、髪の隙間から見える目だけがギラギラと光っている。
「…ダルガーだ、一等兵」
しわがれ声というか、喉を締められたようなボロボロな声でダルガーが言った。
その隣、ちょうど席の真ん中に座っている奴が口を開く。
「ヒューゴ二等兵だ。出身はヒュテルの南西部、元々は国民課に勤めていた。歳は20で、趣味は絵を描くことで、好きなものは…」
「そこまでいらねえ、黙りな青二歳」
ヒューゴ二等兵の対面に座っている奴、俺の隣が発言を遮った。猫背でやつれた男だった。
「趣味もクソもねえよ、俺たちは今でかい死場所に向かってんのに」
男の口調は非常に荒っぽく、ヒューゴ二等兵に掴み掛かりそうな勢いだ。
「遠足気分の軟弱者が。雄叫び上げてる馬鹿に腑抜けた脱走兵と?メスガキが一匹か。動物園にしちゃあいい品揃いじゃねえか」
こいつは今、明確にコベル中尉を蔑んだ。命は大丈夫だろうか。コベル中尉の反応を待つ前にザッカス上等兵が言った。
「やめろイーヴォ」
「ザッカス、敗残兵と未熟者の寄せ集めのこの小隊をなんとも思わんのか?」
イーヴォと呼ばれた口の悪い男はヘラヘラと口を回す。その時、コベル中尉が口を開く。
「イーヴォ伍長、仮に寄せ集めだとしても仲間だ。雰囲気を悪くするのはあまり良くないだろう?」
ケッと意地の悪い笑みを浮かべてイーヴォが吐き捨てる。
「ええそうでしょうね中尉殿、ケベルの死神とか呼ばれて気分はどうです?怪我で前線から逃げやがって」
「イーヴォ!」
ザッカスが語気を荒げたしなめる。が、コベル中尉がそれを制して言った。
「伍長、自己紹介はもういいか?あまり長くやってもらうと時間がないのでね」
イーヴォはフンと鼻を鳴らしただけだった。
俺の中でこの集団の中でやっていく自信が崩れ始めていた。




