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XI 赴く前に瀕死

 地獄。そう、地獄だ。崩れた建物、血の海、戦友の死体。むせかえるほど濁った空気と、耳をつんざく重低音。両手で抱えたクソでかい鉄の塊。目の前の光景に対して、呆然と立ち尽くすしかないこの状況。地獄だ…。


「……は、あ、夢か」

 一瞬息が詰まり、目の前の光景が戻ってくる。狭っ苦しい客車に荷物ごと詰め込まれたんだ。隣にはコベル中尉。まだ戦場にすら着いてないのに、この調子だ。

 召集から一日、俺たちはアークエリツという都市に配備されるそうで、今はタバコ臭い列車に揺られている。車窓から見える景色も延々と耕作地だから暇で仕方ない。いや、暇というよりは落ち着かない心を紛らわすものがないと言った方が正しいか。

 隣にはコベル中尉が座っているが、寝ている。左手には軽量化を頼むとか言っていた短機関銃。渡された日のうちにモーゼル中将のとこに持っていってパーツなどを変えたらしい。

 周りの兵士たちも寝ているか外を眺めているかの二択だ。眺めるものも対してないだろうに。


 何時間経ったかなんてわからない。辺りが暗くなり始めた頃、列車は止まった。かなり大きな駅だ。

 コベル中尉はいつの間にか起きていて、誰よりも早く立ち上がって言った。

「よし、諸君、降りたら小隊ごとに並べ」

 そう言いながら客車を降りる時、一つ付け加えた。

「くれぐれも逃げるなんて真似はしないように」

 まさか。あれだけ戦意に満ち満ちた兵士たちが逃げるなんてないだろう。周りもそう思ったようだ。空気感でなんとなくわかる。

 順番に客車から降りていく。こう見るとすごい人数が乗っているな。ヒュテル各地から集められた不運なやつの集まりだが。


 俺の所属は第七小隊。この列車に乗っていたのは第七小隊と第八小隊のようだ。第八小隊の指令らしき人が部隊の人数を数えていた。コベル中尉は前で位が高そうな人と話をしていた。おそらく、どっかで聞いたエンデンス少佐って人だろう。

「…?一人足りないぞ!」

 不意に人数を数えていた人が声を上げる。まさか、逃げたのか。声のした方を向くと、荷物だけ置いてあった。逃げたな。

 その瞬間、近くの草むらから物音がする。そしてどこかへ逃げようと走り出す男が見える。全員がその方向に釘付けになる。人数を数えていた人も、コベル中尉も、エンデンス少佐も。一瞬の呆然とした空気を切り裂いたのはコベル中尉だった。

「少佐、失礼。すぐ戻る」

 そう言い放ち、逃げ出した男の方へ駆け出した。速い。すぐに追いつき、勢いそのままに男の背中に飛び掛かる。男はバランスを崩し、前に倒れた。そのまま背中に手を回し、男を制圧してしまった。後から追いついてきた第八小隊指令に男を抑えているように頼んだようだ。

 突然コベル中尉が男の頭に蹴りを放った。軍靴は底に鉄板が入っているので、相当痛いだろう。コベル中尉はまた蹴りを放つ。何回も、何回も。男の顔面がボコボコになった頃、ゆっくりと屈み、男の襟を掴んで話し始めた。

「第七小隊所属シャリコフ二等兵」

 圧力。背筋に悪寒が走るような、厚みのある声だ。

「くれぐれも逃げるなんて真似はしないように、と言ったはずだな。命令違反だ」

 コベル中尉は襟を乱暴に放し、左手で拳銃(ライヒスリボルバー)を引き抜いた。慣れた手つきで撃鉄を起こす。シャリコフと呼ばれた方は押さえつけられた状態で首を振り、精一杯の拒否を示す。

「…なあ、戦場で一番厄介なもの、なんだと思う?」

 引き金に指をかけ、シャリコフ二等兵の頭に銃口を向ける。

「それはな、使えない味方…」

「中尉、一旦待ってくれ。ただでさえ人手不足なんだ」

 間一髪、エンデンス少佐が止めに入ってくれた。コベル中尉は顔を上げる。

「…わかった、上の命令には従う。ただしだエンデンス少佐」

 コベル中尉は声色を変えずに少佐に噛み付く。

「そこの臆病者はそれ相応に教育し直してくれ。仮にも僕が背中を預ける可能性のある兵士だからね…敵前逃亡なんてされたら銃殺する暇もない」

「ええ、もちろん」

 皮肉なのか本気なのかわからないが、ものすごい脅しをかけている気がする。それを表情一つ変えず了承するエンデンス少佐も少佐だ。少佐は組み伏せられているシャリコフ二等兵を離すよう命じた。そしてシャリコフを立たせると、こう言った。

「ええと、シャリコフ君、でしたっけ?命拾いしましたね。私も殺すか悩んだのですが」

 シャリコフのぐしゃぐしゃの顔からさらに血の気が引いていく。少佐はニコリと笑みを浮かべた。

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