第5話・脱出
しばらくして三人はコンテナから出て行った。外から扉をロックする音が閉じられた空間に響く。
コクピットを覗き込んできたタブレットの男は、結局何もせずに降りていった。複雑に並んだパネルや計器類には、手を出す事が出来なかったのだろう。多分彼等は、HuVer-WKと藤堂の確認をしに来たという事か。
「……よし」
なんとか縄が外れて自由になったが、おかげで手首が血まみれだ。口にハンディライトを咥え、救急セットから包帯を取り出してシワが出来ない様に丁寧に巻いていく。
災害支援用とは言っても、HuVer-WKの用途は瓦礫等の撤去や破壊を主とする人命救助までだ。治療や応急処置は他のスタッフに任せるしかない。だから『コクピットに救急セットなんて意味あるのか?』とバカにしていたけど……こんなにも役に立つとは思わなかった。こんな状況で、図らずも救急セットの救急の意味が理解出来た。
問題はこの後、どう行動するかだが……HuVer-WKでコンテナの扉をこじ開けるのが手っ取り早い。4.4メートルの小型機とは言ってもパワーは折り紙付きだ、この程度の厚さなら造作もなく開くだろう。
相手が何人いるか解らないけど、このままここに監禁されているよりはずっといい。
ポケットからアクセスキーを取り出して差し込むと、搭載されているコンピューターのOSが立ち上がり、計器類等の表示パネルがボワっと光りだした。同時にメインモニターには『|User Authentication《ユーザー認証》』の文字が映し出される。
HVライセンスカードをモニター横のスロットに差し込み操縦桿を握ると、先端にある赤いランプが付いて自動的に生体認証が開始された。
HuVer-WKの操縦桿や操作スイッチ類のいくつかには、生体認証用のスキャニングパネルが付いている。ライセンスカードに登録されているDNAデータと、今乗っている人間のDNAデータが一致しないとセーフティロックが解除されない。そして操縦中は常に皮脂や汗のスキャンを行い、HVオペレーターの確認をしている。これは角橋重工が独自に開発した生体認証/セキュリティシステムで、搭載されているのは、世界でまだこのプロトタイプ一台のみだ。
メインモニターに登録者名の『REIJI-B』の文字が表示され、その下で『|Authentication Completed《認証完了》』が点滅している。これで専属オペレーターであるオレだけが操縦可能となった。そして後方や左右の死角モニターが点灯し、ここから視認出来ない部分を映し出した。コクピットを覆う防弾ガラスは、スラッグ弾でも割れないという国際規格最高グレードのUL-752。ただその弱点として曲面部分における視界の歪みが酷く、そこを補う為にも左右のモニターが必須になってしまうのが改善課題だ。
「電装系チェックOK、と」
オレはメインモニターに表示されているシステムマネージャーを目で追いながら、各駆動系のアライアンスチェックの色が全て緑に点灯した事を確認した。エネルギー残量は30%弱と言った所。これは、もし万が一の事故があった時の為に、輸送時は化石燃料を最小限にするルールがあるからだ。
「それでも、これだけあれば20分は全力で動けるか」
コンテナを破って大通りから空港方面に走れば、エネルギー切れを起こす前に警察が駆けつけるだろう。公道をHuVerで走れば当然逮捕されるだろうけど、こんなところに監禁されているよりは全然ましだ。唯一の不安要素は、ほぼペーパーHVオペレーターのオレが『どれだけこいつを動かせるのか?』って事くらいだ。
そしてここからはスピード勝負になる。本体のエンジンを回せばすぐに音で気付かれてしまうだろう。
一般に流通している作業用HuVerは、ディーゼルエンジンの物がほとんどでかなりうるさい。しかし災害現場では、要救助者の声を拾うためにエンジン音はとにかく静かにする必要があった。そこで力を発揮したのが日本のハイブリット技術。オレが設計したHuVer-WKは、パワーが必要な時以外は電力可動がメイン、静かでクリーンなのが売りのひとつと言える。
だけど今はガッツリとパワーが必要な場面、静かでクリーンなんて建て前はどうでもいい。なんたって、コンテナの扉をぶち壊さなければならないのだから。
手や額に汗がにじみ出て来た。人生でここまで緊張した事はない、自分の命がかかっているのだから当然と言えば当然か。やるしかないとは言え、自分で設計した災害支援マシンの初仕事が監禁場所からの脱出なんてどういうシチュエーションなんだよ。……と思いもしたが、人災から自分を救うと考えれば本体の目的使用と言えなくもない。
オレはゆっくりと息を吐きだしながら、首元に人差し指を入れてネクタイを緩めた。頭の中がフラフラと揺れる感覚を我慢し、そして、目を瞑る。
「頼むぞ、オレのHuVer……白騎士HuVer-WK!」
数回深呼吸をして覚悟を決め、スターターボタンを押した。
けたたましい音がコンテナ内に響く。閉じられた空間に反響して、普段の何倍もの音になって返ってきた。『このまま勢いをつけて扉を壊す!』そう思って一歩踏み出そうとした時……突然、ガクンッと揺れて動かなくなった。苦しそうなエンジンの音だけが虚しく唸っている。
「なんで動かないんだよ……」
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