第53話・0.7秒
キングの発破に押されたオレは、リーダー、ジョーカーと共に敵本隊後方の軍用トラックを目指した。荷台に仰々しく鎮座するミサイルランチャーの破壊をする為だ。
本当ならばもう一手欲しい所だが、いないものは仕方がない。ジャックは腕の怪我で満足にHuVerを操れず、後方で指示役に徹しているのだから。
「キング一人で大丈夫なのか?」
〔おっちゃんを甘く見ない方がいいよ〕
〔ああ、ジョーカーの言う通りだぜ。アイツはあんな“なり”をしているが、状況判断を間違う奴じゃねぇ〕
「そうは言ってもさ……」
〔大丈夫だって。殺しても死なないから。脳筋は痛覚がないみたいだし〕
この会話ってキングにも聞こえているはずだけど……帰ったらまた喧嘩になるな、これは。
〔それにクイーンがバックアップしているんだ。アイツが後ろにいる限り背中を気にする必要なんてないぜ〕
クイーンと呼ばれる少女アスマ。自身が凌辱され、姉と両親を惨殺されたという過去を持つ。
姉の婚約者だったリーダーが報復の為に傭兵になろうとした時、何を言っても聞かずにどこまでも付いて来たそうだ。普通に考えれば、天涯孤独になってしまった少女が頼れるのは“義理の兄貴”だけなのだから、それはそれで仕方がなかったのだろう。
あまりの強情さに折れたリーダーは『絶対に俺の前に出るな』という条件で帯同を許したらしい。しかし“戦いの場は自分だけが引き受ける”という意味で言った『前に出るな』の一言が、アスマのフィルターを通した時には『後方支援に徹して前に出なければ戦って良い』と解釈されていた。
政府兵士への恨みの強さなのか、そもそも素質があったのか。リーダーの危惧をよそにアスマの射撃の腕はメキメキと上達し、一年後には“その頃所属していた傭兵団”では誰も相手にならなくなっていた。
リーダーがこの話の最後に呟いた『俺も射撃は得意な方だったんだけどな……』というひと言。少しだけ悔しさを滲ませながら、それでも嬉しそうに語っていたのが印象に残った。
〔クイーン。2時方向、17メートル〕
〔……了解〕
ジャックの指示が飛ぶ。クイーンはキングの背中を守りながら、射撃位置を少しづつ移動していた。本来スナイパーは自身を晒す様な事はしない。狙撃中は全くの無防備になるからだ。しかし、建物ひとつないこの場所で身を潜める事は到底不可能。その為クイーンは、敵スナイパーの射線に機体を晒さない様にと、破壊されたHuVerの陰に潜んで身を守っていた。
そして彼女は、常にオレ達とキングに対して等距離を保って動く。三角形を維持する様に位置取る事で、双方へのバックアップ射撃を可能にする為だった。
「これもジャックの戦術なのか?」
〔もちろん。もっともそれだけの技量が無いと作戦に組み込めないけどね〕
超長距離から敵を射抜くには、重力による弾道の下降や失速、気温、気圧、湿度、風向や風速など計算する要素が非常に多い。ある程度は軍用アプリケーションの弾道計算システムが担ってくれるが、急変する環境など不確定要素への対応は経験や勘以上に状況を感じ取る嗅覚が必要とされる。そしてクイーンはその面で特に秀でているという事らしい。
〔No.10……そこ、邪魔〕
「は?」
いきなり『邪魔』とだけ伝えてくるクイーン。言われた意味が良くわからず、『いったい何を意図しているのか?』とHuVer-WKのサイドカメラをクイーンの機体に向けてみた。するとそこに見えたのは、オレの背中を狙う彼女の銃口だった。
「……って、何でオレを狙ってんだよ!」
――その時、銃口に一瞬だけ光が見えた気がした。
オレは咄嗟に左へステップを踏んだ。機体がグラグラと大きく揺れ、とてもモニターの確認をしている余裕なんかない。状況が見えないまま『とにかくクイーンの射線を外さなければ』と必至だった。
一瞬目眩を感じた直後、右脇スレスレを突き抜けるクイーンの弾丸。
「怖っ、マジで当たるとこだったぞ」
〔大丈夫。そこまで0.7秒も余裕があるから〕
「……『も』じゃないって」
HVライフルの場合、2000メートル先の標的に弾が当たるまで約5秒かかるらしい。それでもスナイパーの感覚だと命中までの時間が恐ろしく長いという事だから、0.7秒もあれば余裕で躱せると思ったのだろう。……極々一般的な常人のオレに、そんな異常な感覚を当てはめるのは勘弁してほしい。
クイーンの弾丸は、オレの右正面から向かって来ていた敵HuVerを撃ち抜いていた。目標であるロケットランチャーに1秒でも早く到達する為には、途中の敵は出来るだけ避けて走るしかない。クイーンは“それでも躱し切れない”と思われる敵を、前もって狙い撃ってくれたという事だ。
「クイーン、もうちょと早く言ってくれ。流石にフレンドリーファイアはごめんだ」
〔へっ、甘い事言ってんじゃねぇNo.10。んなもん、死ぬ気でやれば死なねぇんだよ〕
「ったく……滅茶苦茶言ってるの解ってんのか? リーダー。」
銃弾が飛び交う中『軽口を叩く余裕が出来たのか』と、哀しくも自嘲気味に笑いが出た時、ジョーカーが会話に入って来た。
〔でも、慣れた方がいいよ〕
13歳の少年に言われてしまうとは情けない話だが、オレよりも数年先輩のベテランなのだから仕方がない。
〔でないと……死ぬから〕
(注1)ミリタリー用語で【マズルフラッシュ】という。しかし、零士にとっては興味のない分野の事象なのであえて『銃口から光が見えた』と言わせています。
(注2)人間が使うライフルの場合、2000メートル程の距離だと、銃弾が標的に達するまで6〜8秒かかる。(余談:その為、重力や気温、気圧、湿度、風向、風速などの影響を受けやすく、狙撃手には高度な数学力が必要と言われる。HuVerに搭載されている弾道計算システムが担うのは、この“高度な計算”部分)
(注3)【フレンドリーファイア】 戦場において後方に位置する味方の銃撃を食らうこと。原則的に不本意な誤射である。
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