第50話・無謀な作戦
ドゥラ軍から布陣を指示されたポイントは、見渡す限り荒れ地が続く未開発エリアだった。それ故か幾度となく戦闘が繰り返されたらしく、そこかしこに黒く焦げたすり鉢状の大穴が開いている。その周りには、破壊された軍用HuVerや車両の残骸と共に、放置されてミイラ化した兵士の死体が転がっていた。
「酷ぇな……」
乾いた熱風と照り付ける太陽が、腐るよりも早くドライフラワーを大量生産する大地。腐臭も何もないのは、それが本当に生き物であったのかすら判らなくなってくる。オレは、そんな灼熱と虚無の世界を目の前にして、何ともやりきれない気持ちになっていた。
〔本当に。こんなの……酷すぎる……〕
この光景を観て藤堂堅治も唖然としてしまった様だ。その一言以降言葉が続かなく……って、あれ?
「藤堂さん、これ、見えているのですか?」
〔あ、ええ。すみません、言ってなかったですね。HuVerのモニター映像が、トリスを介してそのままこちらの端末に届いているんです〕
オレは黙ったままHuVer-WKの手をメインカメラの前に出して、人差し指だけ立てて見せた。直後、藤堂堅治の口から『1、ですか?』と反応が返ってくる。戦いながら操縦をレクチャーするなんて無理だろうと思っていたけど、こちらのモニターを直接、それもタイムラグ無しで観られるのなら何の問題もない。
……それにしても、8000キロ近く離れた場所なのに、音も映像も遅延がないなんて。
「トリスっていったいなんすか」
〔ん~、なんなのでしょうねぇ〕
「ま、日本に帰ったら望月部長に詳しく聞いてみます」
〔そうしてください。その時は俺も同席するので〕
「なら、やっと名刺交換が出来そうですね」
戦場と死体を目の前にしながらもオレ達は軽く笑い合い……そして、すぐに脳みそを切り替えた。
オレはHuVerが隠れる程に大きく抉れた穴の中に入り、戦況の確認を始める。地面が荒れて穴だらけではあるものの、360度見通しの良い砂地が広がっている状態なのだから偵察をするのも容易い。前方に見える政府軍とドゥラ軍、今のところはまだ小競り合いと言った感じか。
センサーを確認しながらひと通り周囲を見渡し、敵スカウトやHuVerが居ない事を確認した頃だ。
〔え〜と、藤堂。話して大丈夫かい?〕
藤堂賢治と通信していた事が余程気になっていたのだろう、ジャックが申し訳なさそうに話しかけて来た。
「ああ、問題無い。ただジャック、後でちゃんと話すから……」
〔ああ解ってる。聞こえて来た声については黙っていてくれって事だろ?〕
「頼む。穂乃花の命にも関わる事なんだ」
この状況が聞こえていたのがジャックで本当に良かった。なにより理解が早くて助かる。
〔それは構わないんだけどさ……〕
「うん。何か問題でも?」
〔この通信って、戦闘始まったらオープンチャンネルに切りかわるよ?〕
「マジ?」
〔うんマジ。でも、部隊内だけの通信だから大丈夫だと思う。とりあえずあと四人分言い訳考えておこうね〕
軽く言ってくれるな、もう。一瞬心臓が跳ね上がったけど、ドゥラ軍全体に流れないのは不幸中の幸い。ハリファに知られなんかしたら相当ヤバイ事になっていたところだ。
〔あと5分ほどでリーダー達が合流出来そうだよ。それまで頑張って〕
「頑張ってと言われてもなぁ」
藤堂賢治の提案でHV用ハンドガンを装備しているけど、正直心許無い。
そもそも、正規兵も傭兵もハンドガンをHuVerのメインウェポンにしようとする奴はまずいなかった。射程距離、威力、弾丸の装填数に至るまでライフル系に遠く及ばないからだ。
サブウェポンとして取り敢えず装備する奴はちらほらいるが、基本はライフルの弾が切れたら補充交代する戦術なのだから、射程の短いハンドガンの出番があるはずもなかった。それは政府軍も同様で、一様にライフルを装備している機体ばかりだ。
しかし逆に捉えると、相手の懐に飛び込む事が出来れば一方的に仕掛けられるという事になる。つまりオレが取るべき戦術は……
――堅さを最大限に利用して突っ込み、相手HuVerの肩か膝関節を狙ってのゼロ距離射撃。
この戦い方ならナイフの様な物でもよさそうだが、振りかぶる必要が無い分ハンドガンの方が有用だろう。不慣れでもゼロ距離なら狙いを外す事はないし、殺さないで無力化出来るのは願ってもない戦術だ。ただし、無駄撃ちにだけは注意をしておかなければ。……敵陣のど真ん中で弾切れになったら目も当てられないからな。
反政府組織:ドゥラが支配している地域は、政府軍によって情報封鎖されている。外部と通信が出来ない様に妨害電波と鉄条網で囲み、常に政府軍兵士の監視が付いていた。しかし、そうは言っても、実際は地下トンネルが掘られているから、完全な孤立状態にはなっていない。ドゥラを支援する国が出資して秘密裏に施工したと……オレがここに運び込まれる時に、そのトンネルの中で聞かされた話だ。
そしてその妨害電波は戦局にも影響を与えている。電波そのものが低い位置しか飛べないので通信距離が短く、またレーダー等の索敵範囲も狭い。
……故に、HuVer-WKがレーダーで敵部隊を補足した時には、すでに視認出来る位置まで侵攻して来ていた。
〔藤堂、敵左翼の動きが思ったよりも早い。一旦退けるか?〕
「いや、流石に無理っぽい。ミサイルみたいなものを積んだトラックが、見えるだけで三台確認できる」
〔ヤバイな〕
「逃げようとしたら後ろから撃ち込まれるよな」
〔それもなんだけどさ……。それが多分、対戦車ミサイルの類だとすると……すでに米国か、ヨーロッパ辺りの支援が入っているのかも。少なくともバジャル・サイーア共和国だけでは用意出来ない兵器だよ〕
「マジか……何か手はある?」
HuVer-WKの装甲がいくら堅いと言っても、後ろから見れば関節や放熱口がむき出しのままだ。そんな部分にミサイルを撃ち込まれなんてしたら、どうなるかわかったものじゃない。
〔あるにはあるけど……〕
「なんだよ、歯切れ悪いな」
〔そのミサイルがどんな性能かは判らないけど、少なくとも味方を爆発範囲に巻き込んで撃つ事は考えにくい〕
「近づけ、と?」
〔そうだね。多分30メートル圏内なら簡単には撃てないと思う〕
……そこまで近くに、か。飛び出すまでにどれだけ敵を引き付けられるかが勝負の分かれ目になるだろう。一つだけ有利な点は、多分オレはまだ補足されていないという事。この炎天下で熱源感知は役に立たないし、散乱しているHuVerの残骸の一つと認識されているのだろう。なにより、補足されていたらとっくにミサイルが飛んできてるからだ。
――って、言っているそばから飛んできやがった!
「向こうも距離を測っていたのか」
オレは強引に勢いをつけて穴から転がり出ると、そのままの勢いで対戦車ミサイルを積んだトラック目掛けて走り出した。距離にして大体100メートルちょっと、サッカーコートの端から端までと言ったところだ。つまりここから約70メートル。ミサイルを避けながら死ぬ気で突っ込まなければならない。かなり無謀な作戦だけど、今はそれしか手がないんだ。
オレのすぐ後ろに着弾し破裂するミサイル。その爆風はかなりすさまじく、HuVer-WKは揺らされ、そして転がされてしまった。4.4メートルの機体が転がると、コクピットの中は嵐か地震かってな具合だ。つまり四方八方に揺らされてミキサーの如くかき回され、固定されていない物はそこら中に飛び散る。
「痛ってぇ……」
当然オペレーターもシートベルトが食い込むほどの衝撃を受ける事になる。それでもオレはとにかく立ち上がる事を優先し、まだ揺れる視界の中を走りだした。
「ドライフラワーの仲間入りはごめんだからな」
走り出して数秒後、妙な音が聞こえてきている事に気が付いた。今の衝撃でレシーバーが頭からはずれてすっ飛び、操縦桿に引っ掛かりブラブラしている。どうやらそれが、何かのボタンを押してしまったらしい。
〔おい、No.10。何だよこの曲は?〕
レシーバーから聞こえるリーダーの声。いつの間にか部隊のオープンチャンネルに切り替わっていた様だ。しかしオレは返事をしなかった。いや、出来なかった。こちらに向けられているミサイルランチャーに集中していないと、明日の太陽が拝めなくなってしまうからだ。
〔いいじゃねぇか、リーダー。つーかよ、ロック流しながら戦闘しようとかNo.10も相当ぶっ飛んでんな〕
なんかキングが誤解している様だけど……今はエンゲージアームを装着している為に音楽を止める事が出来ないなんて、どう説明しても彼等にはわからないだろう。レシーバーのマイクが丁度スピーカーの真ん前にぶら下がり、一方的に音楽を垂れ流すだけの状況になってしまっている。
「というか、何だよこれ……」
〔それ、俺です。申し訳ない〕
と、申し訳なさそうな声が聞こえて来た。藤堂堅治、お前が犯人か!
〔エキスポなんて待ち時間の方が長いからと思って、暇つぶしに音楽データを入れておいたのですが……〕
だからってこの選曲は……この内容は……。
二発目のミサイルがHuVer-WK右脇をかすめる。『うおっ』と、藤堂堅治が思わず声を上げていた。同じモニター映像を見ているのだから、その気持ちは良く解る。
風圧で少しだけ左にバランスを崩してしまったが、振り向きもせずに走った。とにかく今は30メートル以内に入り込まないと危険だ。
……それにしても、だ。この曲はないだろ。誰でも知っている名曲ではあるけど、この場、この状況で流れてくるのは皮肉か嫌味か。
「よりによって、なんで|Livin' on a Prayer《希望を抱いて生きる》なんだよ……」
(注1)8000㎞=約5000マイル
(注2)トリスは“どんな電波でも”渡り歩く。妨害電波すらも電波である以上、隠れた種~ステルス・シード~にとっては単なる通り道でしかない。
※Livin' on a Prayer 1986年、Jon Bon Joviのシングル曲。タイトルに馴染みが無くても「サビはどこかで聴いたことがある」という人はかなり多いはず。動画サイト等で聴いてみてほしい。次話は是非それをBGMにして読んでください(´艸`*)
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