第49話・アドバンテージ
通常、HuVerの腕は左右一本づつの操縦桿で操作する。これは全世界共通の仕様、ユニバーサルスタンダードだ。
操縦桿の付け根は、ゲームコントローラーで言うところのアナログスティック状態。かなりフレキシブルに可動し、HuVerの肩を動かせる。そして操縦桿グリップの上部、親指の所にあるボタンを押しながら動かすと肘が可動し、人差し指の所にあるトリガー状のボタンが、指と連動して道具や銃火器類を扱う事が出来る仕様だ。
また、右グリップにのみ親指で押せるボタンがもう一つあって、こちらは手首付近についている人感センサーの起動スイッチになっている。
工事現場においては、作業する時近くに人がいないかの確認の為に必須であり、そして災害現場においては、被災者の早期発見に効果を発揮する機能だった。
しかしこれが軍事転用されると、今度は敵を追尾する機能として使われる様になる。作業の補助や被災者の救命の為にと付けた機能が、殺す為にロックオンし続ける技術に転用されるなんて。……これには心底嫌気が差したし、その事実を知ってからしばらくの間、何も手につかない程のショックだった。
だからオレは、HuVer-WKの設計時に腕の人感センサーをオミットした。安全性能を失くした訳では無い。代わりに肩や腰周り等、本体の十数カ所に広角型の人感センサーを取り付けてある。これは、可動燃料のハイブリット化によって電力容量に余裕が出来た事が大きく、複数センサーの安定可動が可能になった為だ。
つまり、この災害支援特化機であるHuVer-WKには、当然の事ながら敵をロックオンする機能はついていない。それだけが人を殺すマシンではないという証明であり、オレの心の拠り所だった。
そしてHuVer-WKにだけある唯一無二の機能。
――それがエンゲージアームだ。
オレはまず、ドゥラ軍通信用のマイク付きレシーバーを装着した。エンゲージアームはオペレーターの両腕がHuVer-WKとリンクする事になる為、動作がかなり制限されてしまうからだ。一度装着するとレシーバーの着用はおろか、スイッチ類の操作までもが困難になってしまう。それは、咄嗟にカメラの切り替えやズーム等が出来なくなるって事だ。
「諸刃の剣になりませんように……」
そう呟き祈りつつ、オレはエンゲージアームシステムを起動させた。
操縦桿がメインモニターの下部に収納され、同時に左右補助シートの背もたれが前に倒れ込む。直後に『カチリ』と音がしてロックが解除され、折りたたまれたエンゲージアームがゆっくりと出て来た。先端にあるナックルグローブに指を入れると、腕部固定クランプが自動的に腕をガッチリと固定し、準備完了だ。
自分の手とHuVer-WKの手の両方が視界に入る様に腕を上げ、小指から順に曲げ伸ばしをして可動を確認。メインモニターに表示された動作シンクロ率は99.∞をマークし、限りなく誤差が無い事を示していた。
「アーム装着完了。他に何かやっておく事はありますか?」
〔戦うって事は……その、武器を使うって事ですよね?〕
「そうっすね。流石に丸腰で出ていく訳にはいきませんから」
日本にいて『武器や兵器に慣れています』なんて人は数少ないだろう。ましてや実戦経験があるなんて人は稀だ。だから、藤堂賢治が『武器』と言う単語を物凄く言いにくそうにしていたのは当然の話。朝起きたら枕元にアサルトライフルが転がっているオレの環境の方が異常だと思う。
……トイレに積んである対戦車ロケット弾も、何処か他の場所に移して欲しいと願っているくらいここは異常だ。
〔ここからはHuVer乗りの経験からですが、出来るだけ軽い武器の方が良いと思います。例えば、拳銃の様な物があれば〕
「機体バランスを考えて。って事ですか? それならバランサーウエイトがありますが」
バランサーウエイトは機体の左右バランスを取るために、銃火器の重さに合わせて反対側の腕に取り付ける錘だ。それが無いと真っすぐに歩けなかったり、照準が合わなくなったりしてしまう。しかし藤堂堅治が『軽い武器』と言ったのには別の意味があった。よくよく考えてみれば工事用でもバランサーウエイトは使うのだから彼がその効果を知らないはずはない。
〔いや、それは使わないで。もちろんバランスをとるのは大事だけど、エンゲージアームの場合は過重量による遅延を感じる事があるんです〕
「遅延って……反応が悪くなるんですか?」
〔ええ、仮にモニター上のシンクロ率表示が100%あっても、重いものを持った時は実際の可動がひと呼吸遅れるものです〕
つまり、“重い荷物を積んだ車の制動が鈍くなる”のと同じって事か。そしてシステム上は何の問題も検出されず、それ故OSでは自動修正が出来ない、と。……いや、本来修正なんて必要ないんだ。災害地支援機が戦場に出る事自体ありえないのだから。
「そう言う事か……」
〔ええ。同じ条件下でも通常の操縦では動作のズレはほぼ感じません。感覚で操作をするエンゲージアームだからこその要素なんです〕
「でもそれなら通常操作の方が良いのでは?」
〔——いいえ〕
この時、藤堂堅治の声が少し力強くなったと感じた。そして続く話の内容に、オレ自身の浅はかさを感じる事になる。
〔これはデメリットではなくメリットなんです〕
「どういう意味です?」
〔レスポンスの遅延はすべてのHuVerで起きている現象で、それでも操縦桿ではほぼ体感することが出来ない要素って事です〕
流石と言うべきなのだろう。プロオペレーターは、机上では解らない知識を身体で知っているという事なんだ。
〔そんな中にあって、動作のズレが限りなくゼロに近いエンゲージアームは、状況を有利に持って行く為の切り札と言えます。その利点を活かす為にも重い武器は避けた方が良いでしょう〕
それが戦場においてのアドバンテージとして活きてくると藤堂堅治は読んでいる。なにより穂乃花の命がかかっているのだから、適当な事を言う事はありえない。四の五の言わずにやるしかないだろう。
オレはHV用ウェポンハンガーからハンドガン用ホルスターを腰部左右に取り付けた。これらを装備するマウントラッチも国際規格でサイズが決まっていて、全てのHuVerが兵器・工事道具問わず脱着可能になっている。だから改造も何もなしに、HuVer-WKに銃火器をマウント出来るのだが……これもまた良し悪しだ。
腰に二丁、そして両手に一丁づつ、合計四丁のハンドガンを装備し、ジャックが指示したポイントへHuVer-WKを走らせた。向かう先から聞こえてくる銃声や爆発音が、心中の恐怖感を煽り立ててくる。
「ああ、そうだ。藤堂さん」
〔どうしました?〕
「先に伝えておきます。多分、今回の拉致に関係あると思うのですが……」
〔なんでしょう〕
――今、伝えておかなければならない事。
もちろん死ぬ気なんてさらさらないが、戦場で必ず生き残る保証なんて誰にもない。もしオレに何かあったら、彼と言問先輩に後を託すしかないのだから。
「このHuVerは、テロ組織ドゥラが角橋に発注して作らせた可能性があります」
〔え……まさか、そんな事が〕
「ここの指導者が『依頼通りだ』とつぶやいていたので。一応調べる価値はあると思います」
〔わかりました、記憶に留めておきます。こちらでも今、角橋とドゥラの関係を調べている所なので〕
調べている。つまり、すでに彼の方でも角橋とドゥラについて疑いを持っているという事か。会社に手掛かりが残っているかわからないけど、なんとか深淵にたどり着いてほしい。戦地で得られる情報なんて高が知れているのだから。
「あと、穂乃花が『10円玉の恨みは忘れない』と伝えてくれって」
〔……は? ……あ~、はい、わかりました。諭吉で返すから、ちゃんと帰って来いと伝えてください〕
……ったく、10円とか諭吉とかこの兄妹はいったい何をやってんだ。
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