第48話・ぶっつけ本番
自分自身気で気付いていなかった意識の変化、そして好戦的ともとれる言葉。戦争に”勝ち負けを求めるひと言“が自分の口から出た事に呆然としてしまっていた。そんなオレを横目に、タブレットの男はさっさと倉庫を出ていってしまう。オレは頭を振り『そんな訳がない』と自分に言い聞かせながら、倉庫の端を独りトボトボとHuVer-WKが固定されているハンガー迄歩いた。
4.4メートルの白騎士を足元から見上げると、僅か数日の間に付いた傷と弾痕、そして塗装の剥がれが痛々しく見えてくる。何気なしに脚装甲に付いた傷に手を触れると、表面に付着した砂埃がパラパラと落ち始めた。
特に何をしたいという意思があった訳じゃないけど、オレは装甲に手を当て、右へ左へと滑らせていた。砂埃が落ち、その下からは鮮やかな白色が現れてくる。もちろん手の平で全体を綺麗にするなんて事は出来ない。それでもオレは砂埃の取れた一部分だけでもと、落ちていたボロ布で磨き光らせていた。
「綺麗……だよなぁ」
ピカピカに光る装甲には、HV倉庫の風景が映り込む。頭上のライトや発電機のランプ、忙しく動き回るメンテナンススタッフの姿とオレの顔。……白い鏡に映る、我ながら何とも情けない面構えには溜息がでてしまった。
ここのHV倉庫には、HuVerに乗り込む時の為に、階段状のタラップが設置してある。空港で旅客機等に乗り込む時に使う物を、そのまま小さくしたような感じだ。
日本では『狭い場所でも運用出来るように』と梯子状のタラップが一般的だが、メンテナンススペースが有り余っているここではそんな事はお構いなし。無駄にバカでかいタラップが、各HuVerの横に鎮座していた。
サビが浮き出ているボロボロの階段に足を掛けると、ギッとかギシッという音が聞こえてくる。途中で穴が開いたりしないか不安になってしまい、手すりを掴む手に力入った。
HuVer-WKのシートに座ると、妙に落ち着いた気分になる。喧噪から隔離された唯独りの空間。普段から賑やかな場所が好きだったのに、オレはここ数日でペシミストにでもなったのだろうか。
「にしても……すげー視界悪いな」
二日前に戦場に放り込まれ、軍用HuVerが持つ銃火器には、防弾ガラスなんてほぼ役に立たない事がわかった。あの時は腕でガードして何とかなったが、それで今後も無事で済むのか、そもそも片腕がふさがっている状態で生き残る事が出来るのか? という恐怖と焦燥感が沸いてきた。そう考えた時に導き出された答えは、廃棄となった軍用HuVerのコクピット装甲を、HuVer-WKに取り付けるというものだった。
実際メンテナンススタッフは腕が良く、コクピットを囲むように僅か半日で装甲板を取り付けてくれた。……ただし美的センスは最悪で、お世辞にもカッコイイとは言い難い。
取り付けた軍用HuVerの装甲板には、人間の握り拳がはいる程度の幅のスリットが、正面から左右に向けて真っ直ぐに入っていた。『戦車の操縦手が覗く窓の様なもの』とよく言われるが、これで本当に戦えるのか不安になってくる。
シートに深く座り直し、電装系のスイッチを入れる。OSが起動し、各アプリケーションの制御が完了するのと同時に、メインモニターに点滅するSSSの文字がオレの目に飛び込んできた。
「通信来ていたのか……」
そのすぐ下でTalkの文字が点灯している。どうやらトリスによる通信はスイッチ等がなく、電源が入っている限りは勝手に繋がりっぱなしになる様だ。直後、コクピット内のスピーカーから声が聞こえて来た。
〔はい。あの……藤堂です〕
「あ……えっと……あの……零士、です」
藤堂賢治の声に慌ててしまい、吶った挨拶になってしまった。先輩からの通信だと思って気を抜いていたからだ。もっとも、彼も妙にたどたどしい話し方なのがわかる。お互い会ったことのない同僚との通信なのだから仕方がないと思いたい。
〔大丈夫ですか? 二人とも〕
「はい、無事ですよ、妹さん。さっきは話す時間がなかったけど……捕虜だけど、今は士官待遇です」
〔捕虜で士官待遇……ですか〕
藤堂堅治は、一瞬言葉を失った様だ。捕虜と士官、本来相反する立場がひとつになっているのだから当然の話なのだろう。本当なら経緯を話すべきだけど、それは後回しだ。先に確認しなければならない事がいくつもあるのだから。
一つ目は、言問先輩はどうしているかという事。どんな時でも前に出たがる“あの”先輩が、通信に出る気配が全くない。もしかして何かあったのかと危惧したけど、朝の通信の後、望月部長の所に向かったと言う。
流石に男二人で女一人に負ける事はないと思いはしたが、それでも無事だと確認出来て本当に安心した。ましてや部長の所に行くのなら心配はいらないだろう。
「それで、あの女は?」
――織田真理。オレを騙し、先輩や穂乃花まで危険にさらした、到底許す事の出来ない元凶だ。
〔と、とりあえず捕まえて、警察に引き渡しましたよ〕
テロ組織と繋がりがあるだなんて、キッチリと法の裁きを喰らわせるべきだと思う。……本音を言うと、女であろうと一発殴ってやりたいくらいだ。
〔え、と……。それで、望月部長から零士さんにHuVerの扱いを教える様にと、この通信機を預かったのですが〕
「ああ……部長らしいっす」
〔まあ、俺もただのオペレーターなので、戦闘に関するか使い方は解りませんけど。とりあえず、今の所何か不具合というか、操作性で問題点とかありますか?〕
腕が思うように動かせないとか、移動スピードが上がらないとか。しかしそのどちらもがどうしようもないのは解っていた。オレが設計したマシンだ、限界値は心得ている。だから何を質問すれば良いのか考えてあぐねていたら、ドゥラ軍の通信機のランプが点滅し、レシーバーから微かな声が漏れて聞こえた。
〔藤堂、聞こえる?〕
――ジャックの声!?
〔政府軍が動いた。皆も向かっているけどまだ少しかかると思う〕
「くそ……」
〔零士さん、どうしました?〕
「政府軍が攻撃しかけて……」
ジャックに藤堂堅治との通信がバレてしまうだろうけど、戦場では判断の遅れが致命的になりうる。このままやるしかない。
「ジャック、敵の数は?」
〔十機ってところだ。先行出来るかい?〕
「ああ、やってみるよ」
軍用HuVerが十機って事は、あきらかに前回よりも小規模だ。数分耐えれば傭兵部隊が出て来るだろうし、HuVer-WKの堅さなら何とかなりそうだ。
〔零士さん、出るのですか?〕
「ええ、穂乃花は安全な所にいます、心配しないでください」
〔待って!〕
「——どうしました?」
〔通信は繋げておいてください。このまま操作方法をレクチャーします〕
「な……マジっすか」
そんな滅茶苦茶な事をぶっつけ本番でやろうってのか……藤堂堅治、彼も相当ぶっ飛んでるな。
〔起動したらすぐに、操作をエンゲージアームに切り替えて〕
確かに“直感操作が可能なエンゲージアーム”なら動かしやすいけど、災害時に瓦礫等を慎重にどかす為の機能だ。とても戦闘で使うようなものじゃない。
〔信じてください。俺のやるべき事は、君を死なせない事ですから!〕
それでもここまで言うのなら、部長が確信をもって指示したのなら、まだ見ぬ同僚を信じてみる価値はあると思った。
〔俺達で、生き残りますよ〕
そして、オレの知識と技量だけで戦うよりも、ずっと生存率が上がりそうな予感がしている。
「わかりました、預けます」
生き残る為、そして穂乃花を無事に日本へ帰す為、また悪夢の戦場に身を投じなければならなくなった。だけど戦争は肯定しない、してはいけない。これは生きるための闘いなのだから。
大丈夫、埃を掃えば真っ白なんだ。……オレは、何も変わらねぇ。
(注)ペシミスト
悲観論者。 厭世家。それ故、一人でいる事に抵抗がない人が多い。
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