第47話・毒気
結局昨日は『敵はすぐ近くにいる』の意味がわからないまま話が終わった。タラールが全てを話さないのは、まだオレを仲間として認めていないと言う事なのだろうか。
いや……これは多分、オレの方の問題なのだろうな。
クイーンやジョーカーの過去を聞いて、彼等に対しての偏見が多少減りはしたけど、やはりまだ傭兵そのものに嫌悪感が残っている。だから今も自分の周りに壁を作ってしまっている自覚はあるし、きっと彼等もそれを感じ取っているのだろう。傭兵になるしか道が無かったとしても……もし、彼等が違う選択をしていたら、もし違う出合い方をしていたら、と考えしまうのが原因の一端だと思う。
短絡的な面があるけど、リーダーは人前でハッキリと意見が言えるタイプだし、ジャックは爽やかさで対峙した相手を好印象で撃ち抜く。二人とも方向性は違うけど、人を率いるような仕事が合っていると思う。
ジョーカーも13歳にしてモテ要素満載で、芸能界にいてもおかしくない。中東独特の褐色の肌に彫りの深い、それでいて幼い顔立ち。加えて少しだけ中性な印象を受ける佇まいは、日本だったらショタなお姉さんが大量発生するんじゃないか?
そんな人生を送っていて欲しかったという希望と、人殺しで金を稼ぐ傭兵とのギャップが、そのまま壁の高さになっているのかもしれない。
♢
「それにしても、ジャックといいジョーカーといい、部隊の四割がイケメンって、比率おかしくない?」
「は、はあ……」
「白人イケメンがさ、日本で女性にいきなり一輪の薔薇を差し出したら引かれるどころか笑顔になったって動画があったけど。通報案件にならないとかルッキズムの極みだろあれは。ヒエラルキー頂点って人類の敵だぞ。あ、って事はあれか、ジャックもジョーカーも人類の敵か、あいつら敵なのか?」
「もしかして妬いているのです?」
「う……」
と、オレの顔を覗き込んでくる穂乃花。ニコッと笑いながら何か言いた気だった。
「アスマちゃんも物凄く美形ですよ」
「だよな。くそっ、美形率が六割に上がりやがった」
「でも、零……兄さんもカッコイイと思います」
「マジで?」
「ええ、アイドルグループの端にいる程度には」
……なんか凄く微妙な線を突いてくるな。一瞬喜んだ自分を悲しく感じてしまうじゃないか。
「知ってますか?」
「……?」
「端の人の方がモテるのです」
フォローなのか本気なのか判らないけど、まあ、そこに悪意が無い事だけは判る。取り敢えず素直に受け取っておこう。
「それじゃ、私は部屋にもどりますね」
「ああ、十分周囲に……キングには気を付けて」
「ええ、肝に銘じておきます」
最後だけちょっと小声になりながらも、念を押しておいた。傭兵部隊の中でも、キングだけは得体が知れない。あの目といい表情といい、危険な雰囲気しかないのだから。
「今からアスマちゃんに日本の着物の事を教える約束なんです」
と、オレの心配をよそに妙に楽しそうな穂乃花。スマホも何もないから絵を描いて見せるという事らしい。
「あの娘、和服着せたら凄く映えると思いませんか?」
「そうなの? 良くわからんけど」
「わかる様になりましょう。もったいないですよ!」
ピースサインをしながら女子部屋に入っていく姿には、戦場という緊張感がなかった。でも、暗い話題ばかりになるよりは全然良いと思う。オレが守ればいいだけの話なのだから。
何がもったいないのだろうかと考えつつも、オレはHV倉庫に足を向けた。今朝になって突然通信が繋がった事には驚いたけど、クイーンとジョーカーの生い立ちで頭の中がぐちゃぐちゃしてたから肝心な事を伝えていなかったと思う。
♢
「あ、トードゥさんじゃありませんか。偶然でございますね」
倉庫に足を踏み入れた直後、声をかけてくる者がいた。イラっとくる聞き覚えのある声だ。
「なんだよそのわざとらしい言い方は。どうせ待ち構えていたんだろ?」
わざわざ日本語で話しかけてきたのはタブレットの男だった。それは多分、周りに聞かれては困る内密な話があるという意思表示なのだろう。彼は人目を憚る様に、入口近くに積まれた木箱の陰から手招きをしていた。
「まあまあ、そう言わずに……」
声のトーンを落としながら警戒を強めるタブレットの男。何せ、米軍の攻撃が始まったらオレ達と一緒にここから脱出し、その上『捕虜の一人です』と偽証する約束だ。生死がかかっているのだから慎重なのは仕方がない。そして彼はその対価として、オレが藤堂賢治だとハリファに信じ込まさせ、穂乃花共々生き残る為の情報提供をする、というものだ。
「米軍に加えて、北大西洋条約機構が軍事介入することが決まったそうです」
「……は?」
「予想の上を行かれちゃいましたねぇ」
「なんでそんな事になってんだよ。NATOって、集団的自衛権の行使が目的のはずだろ。加盟国でも何でもない国の内戦に、武力介入してくるものなのか?」
「さあ、その辺りは良く解らないのですよ。そちらのジャックさんに聞けば教えてくれるのではないでしょうか。彼は博識ですからね」
この辺りの話は苦手分野で、世界情勢がどうしたとか『NATOが~』とか『国連が~』なんてのは、ニュース番組の解説を聞いても思考が追い付かないってのが本音だ。だから表面上の事くらいしか解らないし、説明されても理解出来ないと思う。
……それはそれとして、ジャックの名前がコイツの口から出てくるとは思わなかった。
このタブレットの男とリーダーは、何かの事情があってハリファから一目置かれている。贔屓というか、扱いが周りの人間と明らかに違うのは誰の目にも明らかだ。その場で射殺されてもおかしくないような場面でも平然としていたり、リーダーに至ってはむしろ挑発するような態度を見せたりもしていた。
「傭兵部隊の事に詳しいんだな」
「3年ってところでしょうか、彼等とはそれなりに付き合いが長いのですよ」
「……お前、何者だよ」
「何って、ただのしがない武器商人ですよ」
手をひらひらさせながら、飄々と答える“いけ好かない”男。武器商人だという事は、今までの言動から解っていた。この男を好きになれないのは、やはり傭兵と同じく『人の命を金に変える』生業だからだ。それもコイツのさじ加減ひとつで、場合によっては何千という命が計りにかけられてしまう。やはり最低最悪な奴だ。
……とは言え、今はオレ達兄妹の命も握られているのだから、迂闊な事を口にするわけにはいかない。
「それで、援軍の規模ってどのくらいなんだ?」
「米軍は想定通りの五千、NATOはその三倍ってところでしょう」
「ざっくり二万ってこちらの十倍じゃないか。そんなの相手にしたら、勝ち目が全く見えないぞ」
「え……?」
タブレットの男は驚いた表情で、オレの顔をまじまじと見て来た。『何を驚いているのだろう?』と、訝しむオレに、思考のど真ん中を抉る様な一言が向けられた。
「勝つつもりだったのですか?」
「――っ」
彼に言われてハッと気が付いた。オレは、何故かこの戦争に勝つ気になっていた事を。
オレが設計したHuVer-WKが、各国の軍用HuVerに引けを取らない性能を発揮しているという現実。全能感、とでもいうのだろうか、HuVer-WKの屈強さが気持ちの後押しをしたのだと思うけど……。
オレは戦場の毒気に当てられて、いつの間にか感覚がおかしくなっていたのかもしれない。
「まさか……オレが戦争する気になっていたなんて」
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