第40話・筋の通し方
ここは千葉県柏市にある、古めかしい店が立ち並ぶ商店街。その一角にある蕎麦屋の前で、俺と織田さんは一人の男と会っていた。
「んで、藤堂。お前……いったい何をやらかしたんだ?」
と、挨拶もそこそこに質問してきたその男は、俺の大学ラグビー部時代の仲間、八神慶太。この先、大企業を相手に戦わなければならない俺達にとって、心強い味方になってくれるハズだ。
♢
あの後俺は、とりあえず足休めができる場所をと思案し、大学時代の仲間達に声をかける事にした。今置かれている状況下で最も信頼でき最も頼りになる友人達だ。
公衆電話を探し歩くがスマホの普及が原因で撤去されるケースが多く、見つけるまでに結構時間がかかってしまった。これは『スマホは盗聴されているんじゃない?』という織田さんの助言があったからだ。俺はまず、チームの要だった八神に連絡を取った。
柏にある彼の家に着いたのは、陽が傾きかけた頃だった。いきなり押し掛けたにもかかわらず、八神の奴は嫌な顔ひとつしないばかりか開口一番に『何をやらかした?』と笑いながら聞いて来た。あの頃と変わらない憎まれ口だ。……相変わらずだけど、今はそれが嬉しい。
「いや、俺は何もしてないのだが」
「じゃ、なにか? 何もしてないのにお前は拉致されたんか」
「俺じゃないけどな」
「何もしていないのにテロリストになって」
「いや、なってないって」
解っててネタにするからな、八神は。でも、なんか俺は俺で“それ”に付き合ってしまっている。多分、学生の頃の空気感が心地よいのだと思う。
「何もしていないのに拳銃強盗に押し込まれ」
「おう、あれはマジで死ぬかと思った」
「何もしていないのにこんな美人と羨ましい逃亡生活をしている。と?」
「ん~、まあ……そんな感じ?」
……『羨ましい』は余計だけどな。
「んなわけあるか。あり得ないだろ、朴念仁を絵にかいたようなお前が? こんな美人とランデブー?」
織田さんは俺の後ろで小さくなっていた。八神の妙なテンションに押されて、どう対処して良いのか判らなかったのだろう。そんな戸惑いを見た八神は、標的を俺から彼女に切り替えた。
「あ、申し遅れました。コイツの腐れ縁の八神慶太です。気軽にケイちゃんとお呼びください。あ、名前の最後には♡つけてね」
「あ、はぁ……初めまして、織田です。普通に織田さんとでも呼んでください」
織田さんは呆気にとられながらも、ニコリと笑顔で対応していた。それに気を良くしたのか、八神の奴はズケズケと入り込んでくる。
「で、藤堂とはどういったご関係で? そこんとこ詳しく……」
「そういうのやめろよ。会社の同僚だって」
「あれ、そうかぁ? 美人さんはそんな顔してないぞぉ」
八神は笑いながら、グリグリと肘で俺を押してきた。昔と変わらないのは嬉しいけど……このノリに織田さんがキレなければ良いのだが。
しかし当の織田さんは俯き、顔を赤らめていた。面向かって何度も『美人』と言われて、流石に恥ずかしかったのだろうか。というか、なんだか少し嬉しそうな表情をしている。
俺はなんか妙なモヤモヤを感じ、初手から八神の弱点を突く伝家の宝刀を抜いた。
「あ、ケイちゃんは妻子持ちですよ」
「言うなよ!」
「言うだろ!」
……何がケイちゃん♡だよ。まったく、奥さんが泣くぞ。
「藤堂さんのこういう姿、はじめてみました」
口に手を当ててケラケラと笑う織田さん。俺は学生時代に戻った感じがして、気が緩んでいたのかもしれない。自分が話のネタになっているのってあまり好きじゃないけど、彼女が笑顔になるのなら良しとしておくべきか。今日は一日気を張りつめっぱなしだったからな、来て正解だったと思う。
ここ、八神の家は老舗の蕎麦屋で、親父さんが打つ蕎麦が最高に美味い。三番粉を使った香りの強い藪蕎麦は一度食べるとクセになってしまう。八神自身は今まさに二代目の修行中で、毎日親父さんに扱かれているそうだ。
その店の前で話をしていると、親父さんがヒョコっと顔を出した。手に暖簾を持っているのはそろそろ夜の営業時間だからか。
「おう、藤堂か」
「お久しぶりです。また美味いそばを食べにきました」
入口に暖簾をかけながら、織田さんを鋭い目つきで……いや、眉尻が下がってんな。親父さんは何か微妙に柔らかい目つきで織田さんを見ると、照れる様にボソッと口を開いた。
「……入りな」
「はい、突然すみません。おじゃまします」
「突然じゃない客なんていねぇよ」
……ごもっともで。
ぶっきらぼうだけど情に厚い、昔気質の親父さんだ。俺達がテーブル席に向かい合って座ると、親父さんは弟子の八神慶太にお茶を運ばせながら、自身は隣のテーブルのイスを引っ張ってきて座った。
「それで……いったい何をやらかしたんだ?」
流石親子、全く同じ聞き方をして来る。俺は順を追って、報道された内容がいかに嘘かを話し始めた。もちろん口に出来ない事が多く、あらかじめ織田さんと決めておいた一部フェイク込みの内容だ。
話しながら、八神の打った蕎麦をごちそうになった。明確な味の違いは判らないが、それでもやはり親父さんの方が美味い気がする。
『素人の打った蕎麦で金はもらえねぇ』
と親父さんは言ってくれたが、流石にそれは気が引けた。素人と言われた八神にもなんだか申し訳ない。かと言って無理にお金を渡すのも、親父さんの厚意を無にしてしまう事になってしまうだろう。
「でしたら、お店を手伝わせてください」
どうしようかと思っていた所へ、織田さんが提案を投げかけた。なるほど、これなら親父さんの顔も立つし、俺達も気持ちよく恩返しが出来る。これは織田さん流の筋の通し方と言ったところか。
「藤堂さん、あなたはトリスをお願いします」
手伝う気満々だった俺に、織田さんは髪を後ろで縛りながら小声で話してきた。
「昼間にほんの数分繋がっただけで、まだ何もアドバイス出来ていないですわよね?」
「ええ。でも、それなら織田さんも一緒の方がよくないですか? 零士君の声も聴きたいでしょうから」
「私は……私は、いない事にしてください」
それは一体……何故なのだろう。せっかくスパイ容疑が晴れたのだから、報告するべきじゃないのか? 彼女は目を瞑り、ひとつひとつ自分に言い聞かせるように言葉をつなげていた。
「零士クンは私の事をスパイだと思っているのですよね?」
「ええ。テロ組織の人がそう言っていたと……」
「戦地にいる彼に余計な悩みを与える訳にはいきませんから。下手な事を言って惑わす位なら、今はまだ、私はスパイのままでいいので……お願いします」
「織田さん……」
なんだか俺にはこの気丈さがとても悲しく感じられた。遠くにいて気持ちが届かなくても、相手の事を想い自制している。いや、『自分を制す』と言ったところで、結局のところ我慢を強いられているって事に他ならない。
……こんな残酷な運命は早く終わらせなければ。
「わかりました、俺も全力でやりますので。織田さん、彼が日本に戻ってきたら一緒に誤解を解きましょう」
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