第38話・黒服
「藤堂さん、何故戻って来たのです?」
「あなたの事は俺が守るっていったじゃないですか」
「……それだけ?」
「他に理由がいりますか? それだけです。……多分」
断言しているのかいないのか、自分でも良く解らない理由を口走っていた。俺は織田さんを立ち上がらせると、すぐにでも逃げる旨を伝える。閉じ込められるという異常事態をたった今体験した彼女には、多くを語らずともその真意は伝わった様だ。
「言問は?」
「対策済みです」
と、織田さんの不安に俺はサムズアップで答えた。
ファミレスの言問さんはしばらく動けないだろう。彼がトイレに行っている隙に、『隣の店に買い物に行ってくるので、連れに待っているように伝えてください』とウェイトレスさんに伝言を頼んでおいた。更にはメニューを片っ端から注文。ファミレスの人には申し訳ないけど、これで言問さんは会計を全部済ませないと出てくる事が出来ない。そして運が良ければ支払いに関してトラブルになるかもしれない。
でも、流石にトリス一式が俺と一緒に消えていれば、すぐに気付くと思う。だから出来るだけ急いだほうが良い事には違いがない。
「いきましょう」
この先、逃亡生活になるのは必至だろう。財布にスマホ、通帳の類と、当面必要になりそうなものをバッグやポケットに詰め込んだ。お互い準備が出来た事をアイコンタクトで確認し、部屋から出ようとしたその時……半開きの玄関から話し声が聞こえて来た。
「言問のヤツはなにやってんだよ。アホすぎだろ」
会話しているように聞こえるのは、複数いるのか電話なのか。ただ、いずれにしても、俺を追って来た事には間違いがないだろう。俺達は再び洗面所に入り、聞き耳を立てた。
「じいさん怒らせちまって、あいつも終わりですね」
「チッ、お前も終わりたくなきゃぁ仕事しろや」
「へいへい……」
聞こえてくるのは二人分の声だった。相手の体格次第にはなるけど、二人なら織田さんを逃がす事くらいは出来そうだ。……終始無言の奴がいない事を祈ろう。
「なんだこれは」
「うわ、ぐちゃぐちゃっスね。もういないんじゃないんスか?」
廊下に横たわるキャビネット。当然その上に乗っていた時計や本はその辺りに散乱してしまっている。おまけに、俺が土足のまま上がり込んで泥を撒き散らした直後だ。この部屋を見たら、小学生でも何かあったと察することが出来るだろう。
「うるせえ、いなくても調べたふりをしとけ。あ~それから、逃げられた責任は全部あのアホになすりつけとけ」
「了解っス!」
足元に散らばっている物をつま先で蹴飛ばしながら、リビングに向かっている様だ。俺は足音と声を頼りに彼等の位置を探ろうと耳を澄ます。洗面所の前を一人目が通り過ぎ、そして二人目の足音が近づいてきたその時。
――俺は、床を“コツッ”と爪先で叩いた。
小さな音だが目の前にいるであろう二人目には聞こえたはず。足音が止まり、洗面所のドアが回り始めた。
俺は低く構えた体勢から、ドアがあいた瞬間を狙ってタックルを仕掛けた。もちろん手加減などしている余裕はない。腹部を狙って肩を入れて押し込むと、勢いそのまま、向いにある寝室のドアをぶち破って倒れ込んだ。
二人目の男は、俺と扉に挟まれた時に『ぶほっ……』と声を漏らしてそのまま気を失った様だ。彼が比較的小柄だったのは幸運だったと思う。ガタイが良かったらこんな簡単に無力化は出来なかっただろう。
「おい、なにやってんだ!」
ドアをぶち破った時の破壊音が響き、一人目の男の怒鳴り声が続く。俺はすぐさま立ち上がり、同じように腰を落として構えた。
足音が近づき、壊れたドアの影から男が姿を見せる。そして再びタックルを仕掛けようと足に力をいれた。しかし……全身が見えた瞬間、俺はすくんでしまって一歩も動くことが出来なかった。
――黒いスーツを着込んだ彼の手にあったのは、鈍く光る拳銃。
初めて見る凶器。でも様々な映像や伝聞で、その恐怖は脳裏にハッキリと擦り込まれている。その時俺は、ついさっき言われた言葉を思い出していた。
『映画とかでよくあるでしょ。秘密を知った者を消す黒服とか』
「……マジかよ」
黒服は倒れている相方と俺とを交互に見ると、『チッ』と舌打ちをし、銃口を俺に向けてきた。黒く小さい穴から漂ってくるとてつもなく大きな恐怖が、俺の感情のほとんどを持って行ってしまった。足が震え、力が入っていないのが認識出来る。
「おい、女はどこだ。さっさと居場所を吐け」
「だ、誰の事ですか? 彼女とかいませんって。帰宅したら部屋が荒らされていて、もう散々です」
「知るかよ。会長がお呼びだ。女の居場所を吐かねぇならテメェは用済みだぜ」
「と、とりあえず銃を下ろしてもらえませんか?」
必死で誤魔化そうとしたけど、元々話術は苦手だし銃は怖いしで、何一つ気の利いた言葉が出てこなかった。そのせいもあるのは解っているけど、黒服はこちらの話を全く聞く気が無く、醒めた顔で俺を見下ろしていた。
「時間の無駄だな」
そう呟くと、自身の視線の位置に銃を重ね、俺に狙いを定めた。そして次の瞬間……
――バキッ!!!!
室内に響く破壊音、続けて“ドサッ”と倒れる黒服。そしてそこに立っていたのは、壊れた木片をもっている織田さん。彼女は、黒服が俺に注意を向けている間にスツールを武器にして全力で振り下ろしていた。当たり所が良かったのだろう、黒服は一発で気を失っていた。
「織田さん……」
彼女はスツールの破片を捨てて腰に手を当てると、俺にむけて“ビシッ!”とピースサインを決めて来る。でも、気丈にふるまいながらもその脚が震えているのが目に見えてわかった。『俺が守る』といいながら何をやってんだよ。守られてどうすんだよ。
「さ、今のうちに二人とも縛り上げますわよ」
俺は黒服達を後ろ手で縛り上げて風呂桶の中に放り込んだ。更には、簡単に動けない様に二人の足を繋げて縛り、蓋をした。これなら風呂桶から出る事すら難しいだろう。ちなみに、これは織田さんの提案だ。
あとは安全な所に逃げてから警察に電話をする。壊れたスツールの座面部分に拳銃を乗せて目立つように置いておいたから、当分留置所暮しになるだろう。
……しかしまいった。今回は織田さんに助けられたから良かったけど……俺はこの先も、こんな奴らを相手にしなきゃならないのだろうか。
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