第27話・静かな攻防
「は? ふざけんな、誰が傭兵なんかに……」
突然の事に思わず声が出てしまった。しかしリーダーは言葉を遮って、オレを蹴り飛ばしてきた。底が厚くゴツゴツしている靴で、踏みつける様にだ。
「てめぇ、あれだけの事やっといて断れると思ってんのか」
黙ってやりとりを聞いていたハリファは、ため息をつきながら天井をチラリと見ると、机の上にある木製の箱を手に取った。中から高級そうな葉巻を一本取り出しマジマジと見る。そして、胸ポケットから取り出したシガーカッターで吸い口を作ると、気怠そうに肘をついた姿勢のままリーダーに差し出した。
リーダーは黙ったまま葉巻を咥え『ん゙……』と、火を要求する。ハリファは机の上にあるピストル型のライターを蹴飛ばし、自分でつけろと目配せをした。
しかしリーダーはハリファから視線を外さずに、なおも『ん゙~~』と唸る。意地でも火を付けさせようというのだろう。
それはハリファも同様だった。意地でも自分でつけろと言う態度を崩さない。結局睨み合いの末、最後はハリファが本物の銃を抜いてリーダーに突き付けた。
……この二人の攻防にはどんな意味があるのだろうか? 少なくともハリファはリーダーとタブレットの男に対してはかなり寛容な態度を見せているように思える。
リーダーは両手を上げて降参のポーズを見せると、咥えていた葉巻をポケットにしまった。勝ち誇った笑みを浮かべながら、だ。
「……ひとつ条件がある」
オレは、二人のやり取りが終わるのを待って口を開いた。
「ああ? てめぇはそんな事言える立場かコラ!」
当然ブチ切れるリーダー。彼の言う通り、オレは条件を出せる立場にはない。しかしここは引く訳にはいかなかった。
この組織での傭兵はそこそこ立場が強く、士官クラスが使う部屋をあてがわれていた。そして傭兵になればオレもその部屋に移る事になるだろう。……そしたら穂乃花はどうなる? 一人牢屋に残すのか? 答えは否、そんな事は出来ない。
「妹も部屋を移れる様に手配してくれ。もちろん傭兵としてではなく、特例としてだ」
換気すら出来ない牢屋では、やがて身体を壊すのが目に見えている。それに、自由に出入りできる部屋なら脱出する時に動きやすい。これらの条件を考えた時、オレが傭兵部隊に入ったとしても今後有利に動けると判断したからだ。
「闘いもしねぇ奴はいらねぇよ」
「それが出来なければ牢屋に戻る。あんたら傭兵に協力はしない。オレも、HuVerもだ。妹の処遇はオレに対しての“それ”と思え」
多分リーダーが欲しているのはHuVer-WKの防御力の高さだ。昨日の戦術に当てはめれば、サイドアタックを仕掛ける時HuVer-WKを先頭にして突っ込ませようとでも思っているだろう。
それでも彼は彼なりの意地というものがある。こんな、“戦う事の出来ない”素人オペレーターに対して譲歩するなんて事は、恥だと受け取るかもしれない。
「かまわん。この建物はドゥラのものだ、誰がどの部屋に住むかは俺が決める」
リーダーが答えを出しかねていると、そこへ助け舟を出したのは意外にもハリファだった。彼には、組織としてHuVer-WKを運用したいという下心があるのだろう。
このひと言を聞いたリーダーは、オレに向かって『ついてこい』とアゴでジェスチャーをすると、さっさと部屋を出て行ってしまった。
♢
士官クラスの部屋とは言っても、日本で言うところの『築40年、バブル期に建てられた鉄筋家屋』といった感じの古い内装だった。壁はタバコのヤニで黄色く塗られ、むせる様な、燻された草の臭いが染み付いていた。
それでも中庭に面したこの部屋は、風通しも良く陽の光が部屋中に行き届いている。牢屋なんかよりは格段に住みやすいし、なによりここなら逃げる時の導線を確保しやすいだろう。
「あ、来た来た。まってたよ、No.10」
顔を見るや否や声をかけてきたのはジャック。オレと同じ位の20代後半で、爽やかな印象を受ける言わばイケメンだ。その彼の腕には包帯が巻かれ見るからに痛々しい。
――そしてこれが、俺が傭兵部隊に入れられてしまった原因だった。
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ? 大丈夫な訳ないだろ、アホかてめぇは」
ジャックに聞いているのに、いきなり怒り出すリーダー。コードネームはエースという事らしいけど、誰もそうは呼んでいない。
彼等の機体には左肩にアルファベットが描かれている。それがコードネームの頭文字だ。白い文字でそれぞれA・K・J・Jk、そして何故か赤文字のQ。見ての通り、全員トランプのカードを模していた……その流れでオレがNo.10という事か。
「リーダー、口挟まないでって言ったじゃないっスか」
「でもよう……」
彼等を見ていると、上下関係はかなり曖昧な感じがして来る。もし、『リーダーはジャンケンで決めた』と言われても疑う事は無いと思う。
「気にする事ないっスよ。事故なんだし」
彼の言った事故というのは、HuVer-WKから跳弾したクイーンの弾丸がジャックの機体に当たり、かなり深いところまで食い込んだ一件だ。機動性重視の為に、正面以外の装甲を必要最小限にしていたことが仇となってしまったらしい。
「ただ、まあ……戦闘は無理だから、君に代わりを頼めないかと思ってね」
口では『頼む』と言ってはいるが……断る選択肢がないのだから、そのひと言は強制と同義なのだと自覚出来ているのか?
「やるだけはやってみますが……」
正直自信はない。戦闘どころか操縦も素人なのだから。ただオレには、それ以外に……いや、それ以上に気にかかる事があった。無関係だからと気にしない様にしていたが、傭兵部隊に入るとなると、そうも言っていられない。
そんな戸惑いの気持ちが表情に出ていたのだろうか、ジャックはオレの顔を見て察した様だ。
「もしかして、クイーンの事?」
「あ、ええ。そうです。なんか様子が変だったから」
仲間の声も全く届かず、何かに取り憑かれたかのような戦い方。気にするなという方が無理な話だ。過去に何があったか詮索するのは良くないと理解しているけど、それでも気になってしょうがない。
帰還した時目にしたクイーンの姿。赤いQのマークが入ったHuVerから降りて来たのは、トラックでオレの手を掴んでくれた、褐色の肌の少女だった。
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