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インディペンデンス・レッド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第三章:汚れる覚悟(中東)

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第26話・啄木鳥

 あの後、政府軍は波が引くように退却していった。後方部隊が半壊した事により、戦闘継続が困難だと判断した様だ。

 流石の傭兵達も戦闘放棄して退却する者を追う事はしなかった。少しは人間らしいところもあるのかと思ったが、単に“逃げる者を狩っても報酬が出ない”という理由だったらしい。だが、拝金主義でもなんでもいい、理由は何であれ無駄な虐殺が止まれば。

 しかしそんな中、ただ一人だけ報酬の有無にかかわらず政府軍に攻撃を加え続ける傭兵がいた。

 

 ――クイーンだ。


 退却する政府軍に向かって、尚も執拗に射撃を続けるクイーン。動きの鈍ったHuVer(フーバー)を破壊し、歩兵を載せたトラックを粉砕虐殺していた。レシーバーからは『死ね、死ね!』と繰り返し聞こえてきている。

 オレは、HuVer-WK(ホーバーク)で彼女の射線上に飛び出した。虐殺行為を許せなかったし、何より『死ね』という悲痛な声に(たま)り兼ねたからだ。腕をクロスしてコクピットを守りながら、防御力の高さだけでひたすら耐える。それでも腕が弾かれそうになったり威力に押されたりと、政府軍のHuVer(フーバー)に肩を撃たれた時とは、比べ物にならないくらいの恐ろしく高威力の攻撃だった。


「こんなものを人に向けるな!」


 だけどオレの声は全く届いていないらしく、いや、そればかりかリーダーやジャックの制止までも聞こえていない有様。

 結局クイーンはオレを撃ち続け、弾切れになってもトリガーを引いていた。やがて弾が出ていない事に気が付くと、風船がしぼむ様に大人しくなっていった。HuVer-WK(ホーバーク)は全身がボコボコにはなっていたが、破壊されたり貫かれた箇所は一つもなく、これが堅牢さの証明ならば申し分ない結果といえる。


 ……本来アピールしたい相手は、軍やテロ組織に対してではないのだが。





 精神も身体もボロボロの状態で拠点に戻ると、オレは再び牢屋に叩き込まれた。明日の朝、軍法会議にかけられるそうだ。オレが作戦を妨害した事は、流石に言い逃れが出来ないだろう。

 あの時の行動は間違っていると思わない。しかし感情に任せて動いた事は、結果として藤堂穂乃花(ほのか)の命をも危険にさらす事になってしまっていた。


「大丈夫……ですか?」

「あ、ああ……」

「……」


 同じ邦人だからだろうか?

 同じ言葉を話すからだろうか?

 彼女の顔を見た瞬間、何か張り詰めていたものがプツンッと切れた感じがした。

 その途端、HuVer(フーバー)から吹き出る血が、そして踏み潰された兵士の肉塊が、脳内にフラッシュバックしてきた。オレは吐き気を感じ、あわてて牢屋の隅へ視線を走らせる。”女性の目の前で吐くなんて醜態は晒せない“という、彼女に対する意地とプライドだけで、必死に離れた。

 直後、壁に向けて盛大にぶちまけるオレ。嘔吐物は部屋の隅だけでなく、鉄格子や廊下の方まで飛び散っていた。


 ――ビチャッと音を立てて飛び散る醜態。


「うわっ、汚ねぇ」

「何やってんだてめぇ!」

「殺すぞコラ!!」


 隣の囚人と看守までもが一体となって、僅かな語彙力で殴ってきた。それでも英語やアラビア語だったのが救いだ。少なくとも藤堂穂乃花に解らなければいい。


「皆さん、酷い事言いますね」


 と言って、水の入ったコップを渡して来た。こんな臭う一角まで持ってきてくれるなんて、本当に申し訳ない。


「って、あれ? 英語解らないんじゃ?」

「ええ、ですが……」


 言いにくそうに目が泳ぐ藤堂穂乃花。それでもひきつった笑いを見せながら口を開いた。


「流石に、F●ck youくらいは……」

「ああ……そうだね」


 確かに隣の奴がそう言ってたな。スラングとは言っても、映画とかで普通に出てくる単語なら少しは知っていて当然かもしれない。

 それにしても、気の利いた言葉ひとつ返せないのが妙に悔しい。


「それに、ですね……」


 そう言いながら、彼女は鉄格子の方を指さした。振り返ってみるとそこには、隣の房の奴が目一杯手を伸ばして中指を立ててきていた。……オレは考える間もなく水を口に含み、その性格の悪い中指に吐瀉物(としゃぶつ)の残りを吐き出してやった。


 藤堂穂乃花は、そんなオレの肩にそっと頭を乗せ、静かに語りかけて来た。


「大変、でしたね。私が捕まっているせいもあるのでしょう?」

「いや、そんな事は……」

 そこまで言いかけて言葉が出なくなった。気づけば涙があふれ、嗚咽が漏れそうになるのを我慢していた。

 彼女の優しさがオレの意識を“普通の人”に引き戻してくれたのだろう。ここ数日の過酷な体験で殺伐としていた頭の中が、平穏を取り戻したかの様だった。





 翌朝、オレはハリファの前に引きずりだされた。この男は、相変わらず机に足を乗せてふんぞり返っている。人を引っ張り出しておきながら何か言及してくるでもなく、ただただ黙ったまま本を読んでいた。数分待たされただろうか、本をコトリと机の上に置いたハリファが、やっと口を開いた。


「トードゥ。シンゲンは知っているか?」


 シンゲン……もしかして武田信玄か? それならば、日本人なら最低でも名前くらいは知っている戦国武将だ。もっとも、余程興味が無ければ『中学の教科書に出てくる人』って程度の認識でしかないけど。


「彼の戦術にwoodpecker((注)) Attackというのがあってだな……」

 

 聞いたことがないが……いや、そもそも興味がないのだから聞いていても覚えていないだろう。社会科みたいに暗記主体の授業って心底苦手で、それが理由で理系に傾倒した様なものだったから。


「敵の主力が囮につられて飛び出た所に、後ろから攻撃を仕掛ける作戦だ」


 ――直後ハリファの雰囲気が変わり、鋭い眼光で睨み付けて来た。


「そして……お前がブチ壊した作戦でもある」


 かなりの怒りを買っているのが、その表情からわかる。敵を殲滅出来たはずの作戦のはずが、敵HuVer(フーバー)を数機破壊しただけど言う戦果しか上がっていないのだから。

 このまま何も言わないでいると、無条件に処刑になりかねない。何とか挽回する方法はないかと脳味噌がフル回転している時だ、傭兵部隊のリーダーから驚きのひと言が飛び出た。


「ハリファ。こいつは、傭兵部隊(うち)で貰うぜ」

(注)「啄木鳥戦法」は、武田信玄の軍師:山本勘助が考案したと言われています。敵軍を挑発しておびき寄せ気を取られている間に、背後から攻撃を仕掛ける戦法。

啄木鳥が木の穴にいる虫を捕らえるために、反対側を突いて穴から追い出す習性をヒントにしたそうです。

ちなみにwoodpecker Attackという名称は本作の造語なので、実際海外でどの様に呼ばれているかは不明です。



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