episode 1
『――こんなことなら……はじめから助けるべきだった』
小さい頃から同じ孤児院で育った幼馴染の夏輝が、死ぬ前に残した一言。俺が、その言葉の意味を理解したのは、夢魔に召喚された後のことだった……
人の数だけ噂があり、都市がある所に都市伝説といったように、俺の住むこの都市にも若者の間で噂されている都市伝説があった。
それは『夢魔の物語』と呼ばれるもので、夢魔に目をつけられた人間は夢魔が作り出す『物語』とよばれる空間に召喚され、その『物語』を攻略しなければもとの世界へ戻ってこられないというもの。
しかし、もとの世界へ戻って来ても、召喚されてしまった人間は三日後に突然死にいたるという……
若者の間というだけあり、高校生である俺は、当然この都市伝説を聞いたことはある。なにせ「この前、隣の街で都市伝説の犠牲者が出たらしい」や「夢魔に会ったことがある奴がいる」などなど、学校内でも『夢魔の物語』の噂は持ちきりだった。俺自身、噂に興味もなく、周囲で夢魔に会った人もいなかったため、所詮噂は噂と思っていた。
「……」
夜、俺は孤児院のとある一室の扉を開けた。そこはつい五日前まで夏輝が使っていた部屋。突然死だったため、遺品の整理などがほとんどされていなく、その部屋はまだ生活していた雰囲気を残している。しかし、主のいない違和感が俺の中でぐるぐると渦巻いている。
「本当に、夢魔に殺されたのか……?」
噂は噂、都市伝説だって、何かの話しに尾ひれ背びれがついて今の形になった…そう言う者が多い。だからこそ、俺はとても信じられなかった。『夢魔の物語』によって命を落としたなんて……
夏輝の死はまさに噂通りの内容だった。
死ぬ前日、朝食をとっていた俺に悪夢を見た、とても不愉快な内容だったとこぼしていた。その時は夢だから次も同じものを見るはずがないだろ思い、適当な反応をしてしまった。
ところが、次の日の朝また悪夢を見たという。しかも「夢魔が…夢魔が…」と怯える声で何度も何度も言葉を繰り返していた。
『どうしよう……私、まだ死にたくない……』
『ただ夢だろ?』
『そうだけど……残っているのよ、夢で見たものの感覚が……! それに、夢魔の表情も……』
『……』
『ヤマト、私死にたくないよ……』
『落ちつけって、都市伝説なんてただの噂だろ。そんなことあるわけ……』
怯えるばかりの夏輝。なんとか落ち着かせようとしても震えは全く治まりそうもなく、その日は寝るまで付き添うことにした。幸い、次の日は休日で用事もなかったし、とても放っておくわけにもいかなかったから。
しかし、俺が傍にいても夏輝に変化はなく、助ける術も何もないまま、次の日に夏輝は自室で冷たくなった状態で発見された。
―― 夢魔に殺された ――
この事実を俺自身が体験し、都市伝説は噂に尾ひれ背びれがついた噂でも何でもなく、真実なものであり、召喚された人間が三日後に死ぬことが明らかになった。仇を取りたいと思った時もあった。
しかし、現実にいない相手にどうすればいいのかなど考えていたら無性に切なくなってしまった。
部屋に戻り、俺はベッドに横になった。幼馴染を失って既に五日、未だに死を受け入れられない俺は、夜になると謎の不安感に襲われる。寝たら助けられない、眠ってはいけない、心臓の鼓動音が耳につき、眠気が限界になり、強制的に意識を奪われないと眠れなく、次に意識を取り戻した頃には朝になっている。
「(今晩も同じだろうな……)」
眠気の限界がき始めているからか、瞼がゆっくりと閉じ始めているのが感覚的に分かる。
「早く朝になれ」
小声で呟いた言葉を残し、俺は強制的な眠りについた。次に意識を取り戻した時は朝になっているだろうと思いながら。