28話 来襲
※残酷な描写注意
オースティンがぴくりと反応した。そして、パジャマを脱ぎ、外着へと着替え始める。
「お前らもすぐに着替えろ」
「え……?」
いきなりそんなことを言い出すオースティンに疑問を抱きながらも、レティシアとアンドレアスは大人しく言う通りに外着へと着替え、玄関へと向かうオースティンの後を追った。
「師匠……? 一体どうしたのですか?」
扉を開け外に出ると、このヌマイに続く道に大行列が見えた。その者たちは皆、灯りを手にし、それが煌々と不気味に光っている。
「何、あれ……?」
行列は静かに進み、こちらの方へ近づいてくる。灯りが照らし出す影は、まるで不気味な儀式のような雰囲気を醸し出していた。
「おいおい、こっちから出向く手間が省けたな」
と、オースティンは笑みを浮かべた。
レティシアとアンドレアスはまさか、と顔を見合わせる。
「紫魔女、レティシア!! 出てこい!!」
ヌマイの入り口まで辿り着くと、行列の先頭にいた者が、一歩前に出て、大声でそう叫んだ。その人物はジーニー侯爵であった。
「何故、ここが……?」
レティシアは驚き、呟いた。
「大方、セレーナにでも聞いたんだろう」
オースティンが冷静に答えた。
つまり、レティシアたちがヌマイの住人を救いに行くことを、セレーナが予測していたということだ。
「なんだなんだ……?」
「こんな夜中に……?」
家屋にいたヌマイの住人たちも何事かと外に出てきた。更にヌマイの中のほうに住んでいる住人たちも出てきて、人が集まってくる。
「……ジーニー侯爵。一体何の真似だ?」
アンドレアスが玄関先に立つレティシアを庇うように前に出た。
「……これはこれは王太子殿下。ご無事でしたか。殿下ともあられる方がこんなゴミ溜めのようなところに……。私達はヌマイに紫魔女レティシアがいる、と聞きこうしてやってきたのです。身柄をこちらに引き渡してください」
ジーニー侯爵はアンドレアスの姿を視界に入れると、微笑みながらそう言った。
「……今はだめだ。良いか。今このヌマイで蔓延している疫病を治めるため、レティシアとオースティンは、ここに来ていたのだ。明日、私がレティシアを王宮に連れ帰る。だから侯爵、其方は退け」
アンドレアスが毅然とした態度で言う。
「明日……ということは、もうここの疫病が終息する目処が付いているという事ですか?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
(……!)
レティシアが目を見開く。
現れたのはセレーナであった。顔や首、服からはみ出る肌の部分を所々包帯で巻かれていた。
「ここでの疫病が、何の病なのか殿下は知っておられるのですか?」
と、セレーナは続けた。
「君が一番知っているんじゃないか? セレーナ」
アンドレアスがそう言うと、セレーナは「何のことですか?」と笑みを浮かべる。
「あ! 死神のお姉ちゃんだ!」
と、家屋の影に隠れていた数人のヌマイの住人、その中の小さい男の子が声をあげた。
死神、と呼ばれた事にセレーナがぴくりと眉を上げる。
「本当だ、あの人……」
「また来たの?」
他の者達もひそひそと話す。
ヌマイの住人によると、一か月ほど前、セレーナらしき少女と男が突然このヌマイに現れたという。彼らはこの地に似つかわしくない綺麗な格好をしていて、人々の印象に強く残っていた。その二人を見かけた次の日から、この地で病が流行り始めたのだ。
その時、ドシン!と大地を揺るがすような足音が響き渡り、無数の改造動物たちが姿を現した。五十体以上は軽くいるだろう、その不気味な姿は人間の恐怖心を呼び覚ます。
「な、なんだ……あれは?」
ヌマイの住人たちが恐れ慄く。
突然、一体がヌマイの住人の一人に襲いかかった。その瞬間、オースティンが閃光のように動いた。彼は住人を庇うように前に飛び出し、改造動物を一刀両断した。肉片が空中に舞い上がる。
「わああ!!」
「助け、助けてええ!!」
他の改造動物たちは、なぜか住人たちだけを狙い、ヌマイの奥へと逃げ惑う者たちを執拗に追いかけていく。彼らの鋭い目は、恐怖に満ちた住人たちを捉え、その獲物を逃すまいと迫り来る。まるで本能に突き動かされるように、改造動物たちは狂ったように住人を追い詰めていった。
「チッ……」
オースティンが、すぐさまそれを追って、ヌマイの奥へと姿を消した。
「……セレーナ。君が転移魔法で北の地で流行ったセツナ病をこの地に運んだ、ということは分かっている」
アンドレアスの発言に、セレーナが目を見開く。
「改造動物で、このヌマイの住人を皆殺しにでもして証拠を隠滅するつもりか?」
「……そんな……。酷いです、殿下……」
セレーナが泣きそうな表情を浮かべ、その顔を両手で覆った。それを庇うようにジーニー侯爵が口を開く。
「殿下、たとえセレーナ嬢が、転移魔法を使ったとして。それはそんなに悪いことでしょうか? 北の地で懸命に生きる者達と、この外れ者しかいないヌマイ……どちらを取るべきか火を見るより明らかでしょう」
その言い草に、アンドレアスは眉を顰める。
「……それだけではない。セレーナ、君は、私の……王家の呪いを解いたふりをして、レティシアに呪痕を移しただろう」
セレーナはびくっと肩を震わせた。
そして、顔を覆う手の指の隙間から目をギョロっと出して、
「何だ。レティシア様、言ったのね」
そうレティシアを睨みつけた。
「私を攻撃した後、王宮に何の説明もせず姿を消したから……レティシア様は自己犠牲が強いお方だと思っていたのに。――結局、殿下に泣きついたの?」
「……!」
アンドレアスはレティシアやオースティンの言う事を疑っていたわけではない。しかし、それでもこのセレーナの態度の豹変振りに驚く。
「……殿下。これもヌマイの時と同じ理論です。王家の呪いを他の者――特にレティシアのような罪人に移すことに何の問題があるでしょう。むしろこれはセレーナ嬢の功績、と言えるのではないでしょうか?」
いけしゃあしゃあと、ジーニー侯爵が言う。
ピキッ……と何かの音がして、レティシアは隣のアンドレアスを見た。
「――黙れ、侯爵。その汚い口を閉じろ」
完全に怒っているアンドレアスに、レティシアは驚く。
ジーニー侯爵は一瞬たじろいだ後、「殿下はまだお若い。レティシアという魔女にそそのかされても無理はない……」としどろもどろに言った。
「すみません、殿下……。私は少しでも王家のお役に立ちたかっただけなのですが……。疫病の事も呪痕の事も、余計なお世話だったのかもしれませんね……」
たった今レティシアに敵意をむき出しにしたくせに、殊勝な態度で謝るセレーナ。その落差に、まともな精神ではない、とアンドレアスは薄寒くなる。
「謝ってどうにかなることではない。一体何人死んでいると思っている」
「……。どうしても、レティシア様を此方へは渡してくれない、と言うことですよね?」
セレーナが「スコル」と従者の名前を呼ぶと、後ろから現れたのは、相変わらず年齢不詳で特徴のない顔をした男だった。
スコルは冷静に兵士たちに何やら指示を出す。兵士の一人は、まず家屋に隠れていたヌマイの住人の元へと近づく。周囲の者たちが驚きと戸惑いの表情を浮かべる中、その兵士は瞬時に剣を振りかざし、あっという間にその体を切り伏せた。
「ギャッ……」
住人は短い断末魔を上げ、地面に倒れ込む。レティシアもアンドレアスも、いきなりの光景に衝撃を受けた。
「……?! 何の真似だ?」
アンドレアスが声を荒げるが、兵士たちはそのまま無情にもさらに三人を斬り伏せる。周囲には血生臭い臭いが漂い、恐怖と混乱が一気に広がっていく。
「わああ!」
兵士がヌマイの男の子を人質に取り、背後からその首に剣を突きつける。
「助けてえ!」人質にされた少年が泣き叫ぶ。
「待て、何をしている!」アンドレアスが声を荒げる。
突然の事態に、住人たちは恐怖に駆られ、悲鳴を上げながら逃げ惑い、辺りは大混乱に陥る。
セレーナは、男の子に近づいた。
「……よくもさっき私のことを死神って言ってくれたわね」と、男の子を睨みつける。
「うぅ、ごめんなさい……ごめんなさい……」
男の子は震えながら謝った。
「――殿下。これは交渉です。この子の命、及び今この場にいるヌマイの住人たちを救いたければ、レティシア様を此方に渡してください」
セレーナは涼やかな声で言い放った。男の子以外の住人たちも、兵に捕まり武器を突きつけられていた。
「……セレーナ、レティシアをどうする気だ?」
「勿論、この前の私への仕打ち、そしてカトレア森でジーニー侯爵のご嫡男を殺害した罪……。しっかり償っていただきます」
そう乾いた声で笑う。
「わかりました」
レティシアが答え、前に出ようとするが、「駄目だ」とアンドレアスが彼女の腕を掴み、自分へと引き寄せた。
「さっき、私に君を守らせてくれ、と言っただろう」
「ア、アンディ様……でも……」
ふたりのそのやりとりに、セレーナが顔を歪める。
「はぁ……? 何なの、苛つくわね……この子や住人達がどうなっても良いってこと? さすが、王太子殿下。そりゃあ、どこぞのガキや薄汚い人間たちより、自分の好きな女のほうが大事よね?」
セレーナは吐き捨てるように言うと、兵に「殺して」と指示を出す。
「待て! セレーナ。……レティシアを渡す以外のことなら言うことを聞く。だから、その子や他の皆を離せ」
そうアンドレアスは答えた。
「……ふぅん。そう、殿下が何でも言う事を聞いてくださるのね」
セレーナが口角を上げる。
「では、殿下、武器を捨て、こちらへと来てください」と手招きをする。
大人しく従ったアンドレアスが、セレーナの前に立った。
「その子を解放しろ」
「まだ、ダメよ。……跪いて」
レティシアは狼狽するが、アンドレアスはそのまま、膝を折った。セレーナの前に跪く形となり、セレーナはフフフ……と不適な笑みを浮かべた。そして、アンドレアスの顎に手を掛け、上を向かせる。顔がくっつきそうな程の至近距離で、セレーナが言う。
「私、まだ“褒美”を貰ってないのです」
その発言に、レティシアが反応する。
(まさか……)
「私を殿下の妃に――王妃にしてくださる?」とセレーナは言った。




