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11話 再会劇②

 


 マルティネス公爵夫人がひとまずその場をおさめ、また舞踏会は再開された。しかし、貴族達は皆浮き足立っている。王子を救った聖女が、行方不明だった侯爵令嬢だった――このニュースは明日にでも全国の貴族達に広まるだろう。


 公爵夫人に促され、アンドレアスとレティシアは舞踏会の途中で抜け、帰路に着いた。


 帰りの馬車の中で、無言でいた二人だったが、徐にアンドレアスが口を開く。


「まさか、君がフローレス侯爵家の娘だったとは。……なんで私に言わなかった?」


 アンドレアスは馬車の窓に腕をかけ、外の景色に視線をやりながらそう聞いた。


 レティシアは以前オースティンの家で、アンドレアスに生家のことは伏せて身の上話をしたことを思い出す。


「……もうずっと過去のことで、今更戻りたいとも思ってなかったのです」


 今日の舞踏会にクレアも来る可能性も、少しは頭をよぎっていた。こっそりと影から、クレアの顔が見ることが出来たら、とそう思っていたのだが。まさかクレアの婚約者がグレンだったとは。世間は狭い。


 父との事があるので、クレアと再会したかったかと言われれば、素直に頷くことはできない。これからどのような展開が待ち受けているのか、正直怖い。

 しかし。

 クレアはレティシアの髪や瞳の色が変わっても、気付いてくれた。その事を思い出すと、レティシアはじわじわと嬉しさが込み上げてきて、少しだけ口角を上げた。


 向かいに座るアンドレアスは、そんなレティシアをじっと見つめた。


「……この七年、生家に戻ろうとしなかった訳はなんだ? こう言ってはなんだが、いくら家族仲が悪くても平民として山奥で暮らすより貴族の生活のほうがよっぽど快適だろう」


 アンドレアスは目を細め、少しだけ不機嫌そうな声色で続けて言った。


「……何かオースティンの元を離れたくなかった理由でもあるのか?」


「いえ、それは……」


 家に戻ったが、父に追い返されたからです、と口から出そうになったが、レティシアは辞めた。

 

 ……そもそも、あの家でレティシアが一般的な貴族令嬢と同様の扱いを受けたことなど一度もない。山奥で暮らすほうが何億倍もマシである。


 もしこの事を告白したら、優しいアンドレアスは怒ってくれるだろう。

 そうなったらアンドレアスは父を糾弾し、レティシアを疎んでいた理由を聞く。

 そうしたらバレてしまう、レティシアの本当の髪と瞳の色のことが。


 自分でも分からないがとにかくアンドレアスにその事を知られたくなかった。がっかりした顔を見たくないのかもしれない。


 レティシアが答えあぐねていると、アンドレアスは静かに告げた。


「……とりあえず、事実の確認も兼ねて、フローレス侯爵とクレア嬢を後日王宮に呼び出し話を聞く。君も同席してくれ」





 ♢♢♢♢♢



 アンドレアスの言葉通り、数日後王宮へ招かれたフローレス侯爵とクレアに謁見の間でレティシアは再会することになった。

 謁見の間には、女王、マルティネス公爵夫人、アンドレアスが揃っている。


 数日ぶりに見た父のフローレス侯爵は、レティシアを視界に入れると、すぐさま抱きしめた。硬直するレティシアを他所に、「レティシア、会いたかった」と声を震わせている。

 横にいるクレアもまた泣いていた。


 一通り聞き取りが終わり、レティシアがフローレス家の次女だということの確認が取れた後、女王シャーロットがジェイクに話しかける。


「侯爵。これは奇跡だな。まさか誘拐された貴族令嬢が色街等に売られることもなく生き延びるとは」


「……レティシアは私が王都の祭りで目を話した隙に行方不明となってしまいました。どんなに自分の迂闊さを憎んだか、後悔しても仕切れません。しかし、こうして私の元へ戻ってくるだけでなく聖女として王子殿下を助けられることができたなど……私には勿体無い娘です……」


 ジェイクは肩を震わせた。

 レティシアは何も言わなかった。

 白々しい、と思う自分と、万が一、もしかしたら父は昔の行いを後悔してるのかもしれない。と僅かな希望を持つ思いが共存していた。


 ……もしかして。

 そもそも父が自分を売った、と言うのはあの賊の狂言かも知れない。あの日追い返されたのも門番の勘違いかもしれない。


「……シア、ねえ、レティシア!」


 そんな事まで思考が及んでいたので、レティシアはクレアに呼ばれているのに気付かなかった。


「は、はい。何ですか、お姉様……」


「近いうちフローレス家に遊びに来て。いっぱい話したいことがあるのよ。ねっ?」


 クレアの満面の笑みに、断る理由もないレティシアは授業の予定等が入ってない日に侯爵家へと訪問することになった。



 ♢♢♢♢♢



 レティシアは後日、一人でフローレス侯爵家へと向かった。

 懐かしい侯爵家へと足を踏み入れたレティシアは、何とも言えない気持ちになった。見知った使用人達も何人か居て、皆嬉しそうな気まずそうな複雑な表情を浮かべている。

 応接間ではジェイクとクレアが出迎えてくれた。


「ああ、よく来たわ。レティシア。さあ座って座って」


 クレアはにこやかにレティシアをソファに座らせた。


「レティシア。貴女が王都の祭りで行方不明になったとお父様から聞いたときは本当に驚いたわ。もしかしたらもう生きてないかも……なんて絶望していたけど……。まさか魔法で王子殿下を救うなんて。聞かせて、どんな生活をしていたの?」


 クレアは目をキラキラと光らせ、聞いてくる。

 レティシアは、魔導士オースティンに拾われて魔法を学び、ロブ村の山奥で今まで暮らしていたことを話した。


「まあ! そうよね、貴女は昔から魔力が強かったもの。そのせいで、よく体調を崩していたわ。ねえ、お父様」


「ああ……」


 クレアが話をふると、ジェイクはぎこちない笑顔を浮かべた。


「……あのね、レティシア。お父様は反省しているわ。その、小さいとき貴女に酷い扱いをしていたでしょう。……舞踏会から帰ってから私、改めてお父様と二人で話をしたの。そうしたら、申し訳なかったって。レティシアが見つかって嬉しいってそう言ってくれたわ」


 純粋な眼でそんなことを言うクレア。レティシアはまさかと失笑する気持ちと、やはり本当に父は過去のことを後悔をしているのかもしれない、というかすかな希望を抱き、ジェイクを見た。


「ああ……レティシア、お前が行方不明になり、私は必死で探し回ったよ。そして今までの所業を死ぬほど後悔をして過ごしていた。本当に許してくれ、レティシア」


 謝罪するジェイクにレティシアは黙り込んだ。


(もしかして。本当に人攫いのことは誤解だった……?)


 そんな考えが頭を擡げる。

 今度はクレアが自分の話をした。現在二十二歳のクレアは、グレンと婚約していて、とても仲が良いそうだ。この侯爵家はいずれクレアが跡を継ぎ当主となる予定で、今は父の仕事に付いてまわって勉強中、とのことだ。


「レティシア、本当に貴女が無事で元気で良かった。また顔を見せにきて。王宮で会った時は必ず声をかけるわ」


 クレアはそう言って、レティシアの手を握った。相変わらず、レティシアのことをよく思ってくれる優しい姉であった。

 一通り雑談した後、急遽入った談合に出なくてはいけない、とクレアは場を抜けた。

 ジェイクと二人だけになる。


「いやはや……クレアは相変わらず正義感が強いな」


 ジェイクが半笑いでそう話を振る。レティシアは何と答えて良いのか分からず、黙り込んだ。


「レティシア。お前のことは視界にも入れたくなかったが……大分マシな姿で帰ってきたではないか。魔導士オースティンに助けられたな」


 笑顔のまま告げられた言葉に、レティシアの喉がヒュッと鳴った。


「まさか王家の呪いを止めるとはな。本当によくやった。それもこれもオースティンに拾われ、魔法を学んだおかげだな。……と、なると、あの時私が捨てたおかげでもあるわけだな」


 おかしそうにジェイクが言う。レティシアは心臓が凍りつくのを感じた。


「女王陛下も王子殿下もお前のことを気に入っているようだな。……お前を王子妃にできれば、フローレス家はますます王家と密接な関係を築くことができる」


「……」


「ジーニー侯爵の奴が娘を王子妃にしようと企んでると聞いた。全く……知っているか? 奴の次男はイザベラ王女殿下の婚約者だったのだ。奴め……息子が王女殿下に婚約破棄されて王配になれなかったからといって、今度は娘を王家にやろうとしている。……私から議長の座を奪っただけでなく、私の娘の功績を利用するなんて厚かましい野郎だ」


 確かジーニー侯爵とは、舞踏会の時にアンドレアスに挨拶していた人物だ。ジェイクと何かしら確執があるのだろう。しかし、レティシアの耳にはあまり入ってこなかった。


「お前の父として王子殿下と婚約できるよう全力でバックアップするぞ」


 そうジェイクは笑う。


「……お父様。誘拐された数日後、私は一人侯爵家に戻ってきました。……その時、私を追い返したのは……」


 レティシアは分かっていたのに聞いた。

 そんなことは知らない、とそう答えてほしかった。


「ああ! あったな。なんという生命力かとしばし笑ったぞ。……同時に薄気味悪さも感じた。さすがあの魔女の血を受け継ぐ娘だ、と」


 ジェイクの冷たい声色に、レティシアの心はどんどん沈んでいく。

 父も姉もマチルダの血を継いでいるのは一緒だ。ただ、レティシアはその特徴が強く出てしまっている、それだけのはずなのに。


 俯くレティシアの耳元でジェイクが言った。


「絶対にその髪と瞳にかけている魔法を解くなよ。――絶対に」


 

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