一章 不幸の傘
「呪われた傘?何だそれ?」
その日は雨がたくさん降っていた。
三人の高校生が、夜も遅いのに外を歩いている。
「だからガギガー、何回も言ったろ?不幸の傘って呼ばれてる呪われた傘だよ。」
一番背の高い子がガギガーに言う。
さらに、一番背の低い子が続けてガギガーに言う。
「この傘に触れた人は皆、無残な姿になって死んでいるんだ。」
「なるほどね。そういう類の物か…」
そう言いながらガギガーは傘をまじまじと見つめる。
「ガギガー、絶対に触るなよ。」
一番背の低い子が言う。
「わかってるって。」
「おいおい待ちなよてめぇーら。」
三人の背後から声がした。
振り向くと、三人の青年がいる。
「高校生がこんな時間にうろついてちゃいけねぇーなぁー?」
一人の青年が言うと他の二人も、いけねぇーなぁー?と声をそろえた。
「おとなしく金をよこせば見逃してやんよ。」
にやりと三人の青年がほくそ笑んだ。
このケンカは実にはやく終わった。
ガギガー達の勝利だ。
「話しにならねぇぜ。」
一番背の高い子がそう言った。
「さっ、帰ろうぜ。こんな傘も見たくねぇーし。」
こちらは背の低い子だ。
三人が帰ろうと歩き出した。
――待って。
「!」
ガギガーは足を止め、えっ?と言う。
「どうしたガギガー?」
背の高い子が訊く。
「今、誰か待ってって言わなかったか?」
ガギガーが、背の高い子と低い子に問う。
「え?何も聞こえなかったけど?」
「オレも…」
「確かに聞こえたんだけどなぁー。」
ガギガーがおかしいなぁー。と言うと、もう一回聞こえた。
――待って。
「今!聞こえなかったか?待ってって!女の子の声で!」
「おいおいガギガー。やめろよ?」
背の高い子が冗談はやめろと注意する。
「ホントだよ!嘘じゃねぇーよ!」
ガギガーは懸命に訴えた。
「「…」」
背の高い子と低い子は互いに顔を見合わせてしまう。
「空耳じゃ、ないのか?」
背の低い子がおそるおそる訊ねる。
「空耳が二度も聞こえるか?」
「そりゃ、まぁ、聞こえないけどもよ。そうだよな…」
最後の方は小さな声で、発した本人にさえ聞き取り辛い大きさだった。
――私の声が聞こえるのかい?
「まただ!聞こえなかったか?」
ガギガーが二人に言う。
「聞こえないけど?」
「オレも。」
――私だよ!
「!」
そこで初めてガギガーは気づいた。
「この傘が喋ってる。」
「「…」」
また背の高い子と低い子は、顔を見合わせる。
「ガギガー、やめろよ?もし仮にだ、その傘が話しているとしても、絶対に触るなよ?」
「そうだぞ!触ったら最後、死ぬぞ!」
二人して注意する。
――私を置いて行かないで。
「…この傘…置いて行かないでくれって言ってる…」
「ガギガー!やめろ!」
「そうだ!死ぬぞ!」
二人は必死に止める。
「死ぬかどうかは、わからない。」
そう言ってガギガーは不幸の傘を手に取った。
「ヒャハハハハー!取ったね?私を取ったね?でも初めてだよ。私の声が聞こえた人間は!さぁ、食ってやるよ!」
「なんだお前。目も口もあるのか。」
傘の言葉を無視してガギガーが軽く言う。
「なっ!…あんた…私が見えるのかい?」
「そりゃー見えるさ!なぁ?」
ガギガーが他の二人に言う。
「ガギガー、その傘と話してるのか?」
「悪いけど、その傘は普通の傘にしか見えないぜ?」
二人が答える。
「…そうか、二人にはこの傘の声も目も口も見えないのか…」
残念そうにガギガーが言う。
「ガギガー、もうその不幸の傘の呪いにかかっちまったんじゃないのか?」
「いや…そうは思わないけどな…」
ガギガーが答えると同時に傘が叫ぶ。
「何だって?私が呪う?不幸の傘?ふざけるんじゃないよ!私はただ血を好むだけだよ!」
「ちょっとややこしくなるから黙っててくれない?」
ガギガーが傘に言う。
「なんだって?ちょっと」
「おそらく、オレ以外の人には、この傘の声も聞こえない、目も口も見えない。こいつが普通の傘に見えるんだ。」
傘を無視してガギガーがまとめる。
「あんたが私の声を聞こえたり姿を見えたりするのがおかしいのよ!」
傘がギャーギャー言う。
「何?そうなのか?」
初めてガギガーは傘の言葉に興味を持った。傘は実に不愉快そうだった。怒りながら傘が教え始めた。
「そうよ!だから私も驚いてるんじゃないっ!今までに私の姿どころか、声すら聞いた人いないんだから!」
「じゃあ…オレが変なのか?」
「ふんっ!そうよ!あんたおかしいのよ!」
「…っつーか、一番おかしいのはお前だろ。」
ガギガーが傘をぶんぶん振る。
「ちょっと!目が回るからやめなさいよ!私はあんたの血をいただくのよ!もっと恐がりなさい!」
傘は相変わらず怒っているが、ガギガーに振り回されている。
「はぁ?何でオレがたかが傘にびびんなきゃなんないの?だいたい一人で動けないお前が、もしオレに拾われてなかったら飢え死にだぞ。」
「私は物を食べないわ。ただ、人の血が好きなの!この口で人の肉を食って血をいただくの!」
「やっぱ食うんじゃねーかよ。」
「うるさいわねー。だいたいあんたねー。私をただの傘だと思ったら大間違いなんだからっ!」
「はいはいわかったわかった。喋る傘なんて珍しいもんなー。」
やれやれという感じでガギガーが答える。
「なっ」
「まぁさ、変なもの同士、仲良くやろうぜ。」
傘の言葉を遮ってガギガーは言った。
傘の返答より先に、別の声がした。
「てめぇーらさっきはよくもやってくれたなぁ!」
先ほどけんかで勝った青年達だ。人数が増え、全員ナイフを持っている。
「死んでもらうぜ!」
「お前ら逃げろ!ここはオレが引き受ける!」
青年の一人がナイフを持って走り出したのを見て、ガギガーが友人二人に言う。
同時にガギガーは傘でそのナイフを持っている手を叩いた。
友人二人はそのすきに走り出す。
ガギガーもさっさと走って逃げようと思っていた。傘で威嚇していればナイフよりも間合いが長いため、対抗できると考えていた。
「ちょっと!私を勝手に使わないで!」
傘が怒る。
「血が好きなんだろ?たくさんやるよ!」
傘で叩きまくる。
「私が欲しいのはあんたの血よ!」
「ざけんな!傘のくせにわがまま言うな!ほれ、血だぞ。」
青年の一人の血が傘についたのを見て言う。
「…確かにあんたといたらたくさん血がもらえそうねー。」
自分についた血をペロリと舐めながら傘が言う。にやりと笑っている。
「私を使ってもいいけど、今日だけじゃなくてこれからも私に血をくれるなら使っていいわよ?」
「何言ってやがる。お前とは今日限りだよ。」
「そう…残念ね。でもこの人数相手にあなた一人で勝てるかしらね?私はあいつらでもあんたでも血がもらえるならどっちでもいいわ。ただ、あんたの方がたくさん血をくれそうだと思ったんだけどねぇー。」
最後に、せっかく助けてあげようと思ったのにと付け加えた。
「えっ?」
どういう意味と聞こうとしてガギガーは左腕に鋭い痛みを感じた。
ナイフが刺さっていた。
「助けてあげようってのはどういう意味だい?」
ガギガーが訊く。
「私の力を借りればこんなやつら一瞬なのよ。まぁ、さっきの条件を飲むならの話しだけどね。」
やれやれと傘が言う。なぜか不服そうだ。それが妙に気になり、さらにナイフを左腕に刺された。
「ギャハハハハー!さっきから何独り言言ってるんだ?頭でもおかしくなったか?」
腕を刺した一人が高笑いする。
そのままガギガーを殴る。
「ぐっ。」
ガギガーは後ろにふっとばされる。確かにピンチだ。傘の言う通り今の状況では負けてしまう。こいつらは人を殺すことになんのためらいもない。きっと殺される。
「…わかったよ。条件を飲むよ…」
ぼそりとガギガーが傘に言う。
「ん?これからも私に血を与えてくれるのね?」
「あぁそうするよ。どっちにしろオレはこいつらに殺されるだろうからな。もし勝てたならケンカすれば嫌でも血は与えられるしな。まぁ、たかが傘にこんなこと言ってもしょうがないけどな。」
ガギガーが諦めようととしたら、傘が突然ガギガーに言う。
「私をあいつらに向けな。」
「え?」
「早くしな!」
殴った青年が走ってくる。ガギガーは言われた通りに走ってくる青年に傘を向ける。
「エアショット!」
傘が叫ぶと、その青年は後ろにふっとんだ。
「なっ!…」
ガギガーが驚いていると傘が説明し出した。
「私の能力の一つよ。空気の塊を銃の弾のようにして撃てるのよ。」
さらに傘が続ける。
「もう一つの能力がこれよ。」
すると、傘が剣に変身した。形は剣なのに重さは傘と変わらない。
「さぁ!残りのやつらも切りきざみなっ!」
傘が叫ぶ。
どうやら青年達も傘が剣に変わるのは見えるようだ。あまりのできごとに動けずにいた。
そこをガギガーは切ってたおす。
「血だ!血ぃー!」
傘が喜ぶ。
「あっ、私このままじゃ血のついた傘になっちゃうわねー。あんた何色の傘が好き?」
「は?いや…じゃあ…青?」
「青ね。はいよっ。」
血をかぶった傘はそう言うと青色に変わった。
驚いたガギガーはしばらく傘を見つめてから声に出した。
「それも、能力ってやつかい?」
「そうよ!私には5つの力があるの!エアショットでしょー、刀に変身でしょー、色の変化でしょー、それに同時に別の力が使えるのも能力の一つよ。例えば色を変えた刀とかね。」
まだ血を飲みながら傘が即座に答える。
「あと一つは?」
5つあると言いながらまだ4つしか聞いてないので訊ねる。
心なしかガギガーはこの傘が怖いと感じていたため、恐る恐るだ。こんな能力があるならどんな人間でもこの傘には敵わない。不幸の傘と呼ばれるだけはある。
「ふんっ!」
傘は怒りながら血を飲むのをやめ、こちらに振り向いてきた。
ぎくり。とガギガーの背筋が凍る。傘の口から血が滴り落ちる。その口が開く。
――喰われる!
「あんたが私の力の一部を使えるようになるのよ。ただし、私を持っている時だけだけどね!」
傘がいやいや言う。
「えっ?オレにもあんな力が?なんで?」
「何ででもいいでしょうが!とにかくあんたも血まみれなんだから、血の色だけ消しなさいよ。私を持ってる時だけで消えるから。」
「そうか!お前を持ってればオレの色も変えられるのか!エアショットみたいのもできるのか?」
「そうよ。…あんた名前は?」
傘が訊ねる。
「なるほどなー。じゃあこれからもこの能力を使って血を与えてやるか。オレはガギガーな。お前は?」
不思議と自分にも同じ力が宿ったとわかったからか、傘への不安感は消えていた。それは、傘が妙に人間っぽいせいかもしれない。
「私はルンよ。よろしくね、ガギガー。」
傘がガギガーに言う。
ガギガーも傘に答える。
――よろしくな。ルン。
傘男の誕生だ。