一、爪痕の残る街
一、爪痕の残る街
壮年の男とおかっぱ頭のあどけない少女が、掘っ建て小屋の建ち並ぶ通りを並んで歩いて居た。一見、親子のように思われるが、美根我富士雄と真米逗子は、赤の他人だ。半年前の空襲で、互いに、家族を亡くした天涯孤独の身の上だった。
二人は、初詣へ向かう道中、鉄骨だけとなった靄島物産館の前へ、差し掛かった。
そこで、美根我は、立ち止まり、「はあ〜」と、溜め息を吐いた。在りし日の街並みの記憶が、甦ったからだ。
「おじ…。お義父ちゃん、疲れたの?」と、逗子が、気遣った。
「いいや」と、美根我は、頭を振り、「ちょっと、昔の事を…」と、言葉を詰まらせた。鉄骨だけとなった物産館に、現実を突き付けられた気分だからだ。
「お義父ちゃん、あたいだって、辛いよ…」と、逗子も、しんみりとなった。
その瞬間、美根我は、我に返るなり、「そうでしたね。ふじ…。いや、逗子も、辛い思い出が在ったんでしたね…」と、口にした。辛いのは、逗子も、同じだからだ。そして、「大人の私が、いつまでも、亡くなった家族の事を引き摺ってては行けませんね…」と、苦笑した。現在の家族は、逗子だからだ。
「ううん」と、逗子が、頭を振った。そして、「昨日、家族になったばっかりだから、無理しなくても良いのよ…」と、言葉を続けた。
「そうでしたね。けれど、今の家族は、あなたなんですよ! 血は繋がってませんけど、私の娘なんですよ!」と、美根我は、熱っぽく言った。富士枝と同じくらい尊い存在だからだ。
「お義父ちゃん、そう言って貰えるだけでも、あたい、嬉しいよ!」と、逗子が、涙ぐんだ。
「駄目ですね…。新年早々、泣かせるなんて…」と、美根我は、嘆息した。配慮の足らなさを情けなく思ったからだ。
「そんな事無いよ! あたい、お義父ちゃんが、大事に思って居てくれる事が、嬉しいんだよ! 本当の両親を亡くして、独りぼっちだったあたいを、娘にしてくれたんだからね」と、逗子が、涙ながらに、口にした。
「そ、そうでしたか…」と、美根我は、安堵した。悲しませた訳では無かったからだ。
「お義父ちゃん。あたい、もっと、話を聞きたい! 何でも良いから、話を聞かせて!」と、逗子が、せがんだ。
「何でも…ですか…」と、美根我は、眉根を寄せた。特に、自慢出来るような話題は、持ち合わせて居ないからだ。
「例えば、そこの物産館での思い出話とかさ」と、逗子が、提案した。
その瞬間、寒風が、吹き抜けた。
その刹那、美根我は、身震いをするなり、「逗子さん。道中の退屈しのぎに、昔話をさせて貰うとしようかねぇ」と、回答した。“黄紙”を貰うきっかけとなった出来事を話ながら、神社へ向かった方が、合理的だと思うからだ。
「うん!」と、逗子が、嬉々とした。
間も無く、二人は、歩き始めるのだった。