6夜目「至高を極めし者のどじ」
「左右の腰と肩口と……、あと両脇腹にもあるわ!」
春眠がいち早く天の邪鬼の切り口を見極めたのを皮切りに。
「これは人魚のパターンやな!」
夜船たちは次々と武器を具現化させて臨戦態勢に入った。
「よし、散開して、同時攻撃だっ!」
得夢たちが速攻に出るのだが。
なぜだか天の邪鬼は攻撃姿勢を解いてしまった。
それどころか両手を広げ、得夢たちを受け入れるようなポーズをしてみせる。
「キミたち、ボクを斬っちゃダメだよ! 斬らないでーーっ!」
大根役者のような抑揚で、台詞を吐いては嬉しそうに取り乱している。
「みんなっ、止まって!」
「なにっ? どういうことなのっ?」
帳の制止で得夢たちが空中で急停車した。
「まるで斬られたがってるみたいや!」
「ねんねたちを誘ってる」
「なにかの罠じゃないっ?」
夜船とねんねと居醒が顔を見合わせ、天の邪鬼を見返した。
「警戒しつつ、試しに斬り抜けてみましょう」
帳と頷き合って、得夢たちは突撃した。
巨大人魚の時に連携したように、6人同時に切り口から切り取り線に沿って、心臓まで斬り抜く、が!
「斬っちゃダメって言ったのに、やめてよぉ! きゃうんっ! キミたち、ボクのことが好きなんでしょ? 困らせて、喜こんじゃって! このヘンタイ! きゃうんっ、きゃうんっ!」
天の邪鬼の体に変化はまるでなく。
痛がるどころか、気持ちよさそうに悶絶している。
「なんやあの腰の動き! 気持ちわるぅ~~」
天の邪鬼の奇妙な動きに夜船が体を震わせた。
「人魚とは倒し方が違うのかしらっ?」
「少しのダメージも与えてないっぽい」
「むしろ元気になってるよっ?」
春眠も、ねんねも得夢も、珍無類な踊りに背筋を寒くした。
「あの鬼、ひねくれてる上に、マゾヒストなんだわーーっ!」
居醒の悲鳴に、天の邪鬼がニッタリ微笑んで。
「太刀筋は良かったけどさぁ。ちょっとは遠慮しなきゃ。ほらぁ、もう一度、斬ってみるぅ? うそうそ、斬らないでーーっ!」
腰を振り振り、自身の体を抱きしめ身悶えている。
「夜船ちゃんっ、あれ、ぜったい挑発してるよねーーっ、よねーーっ?」
「居醒ちゃんっ、こうなったら怒濤の連続総攻撃やーーっ!」
「居醒さんも夜船さんも落ち着いて! 天の邪鬼が言っているとおりにしてみましょう!」
「でも帳お姉様!」
「斬らずにどうやって倒すんやあっ?」
「待って。いま考えてるわ!」
「おやおやあ? 攻撃してこないのお? それじゃあ、こっちから行っちゃうよお?」
天の邪鬼は首をコキコキならして。
猛烈なストレートを打ち出してきた。
拳自体が巨大すぎて、まるで高層ビルが飛んでくるかのような迫力だ。
「ひーっ、なにこの音速連打ーーっ!」
「あんなのかすっただけでお陀仏やで、居醒ちゃんっ!」
居醒も夜船も体を反らして躱すのが精一杯だ。
「一時退避しようっ!」
「みんな充分に距離を取って!」
得夢と帳もたまらず上空高くに後退する。
「それで安全地帯にいるつもりぃ? ボクは単なる近接アタッカーじゃないんだぞぉ!」
天の邪鬼が気合いを高め始めると。
オーラに火がつき、拳に炎が取り巻いた。
そして打ち出す拳から、炎の玉が飛び出してきた!
それは気球大の火の玉で。
得夢たちのそばまで来ると、激しく爆ぜて飛散した。
「なんか、デジャブーーッ!」
「この攻撃って、ももちゃんの魔法じゃない?」
「それだ!」と、居醒が春眠に指を指す。
「そういえば、この悪夢へ入る前にももちゃんが、魔力を奪った奴の気配を感じるって言ってたな」
夜船のつぶやきに、得夢が。
「おまえだなっ、ももちゃんの魔力を奪った奴はっ!」
天の邪鬼が頬に手を当て上を見て。
「ももちゃん……? あのおっちょこちょいの魔女のこと? 天狗になってたから、親切心で力を奪ってあげたんだけど、あの子、反省してるかな?」
出来の悪い教え子を、想起するかのように懐かしむ。
「ももよは天狗だったのかー。さもありなん」
ねんねの本心から出ちゃった言葉に。
「うんうん」
全くの同感だと、全員で首を縦に振る。
居醒がはっと気がついて。
「いやいや、みんなで納得してる場合じゃないってば! ももちゃんに魔力を返してあげてよ! この唐変木っ!」
天の邪鬼に非難を浴びせるが。
「いいえ、その力、百夜さんに返す必要なんてなくてよ!」
帳がそれを制止した。
「帳お姉様っ、なに言ってるのっ?」
居醒を始め、皆が目をぱちくりさせる。
夜船は手を打ち、帳がお昼休みに絡まれていたことを思い出しつつ。
「うち、ももちゃん役な! 得夢ちゃんは帳ちゃんやって!」
「わかった!」
ももちゃん演じる夜船は、帳ちゃん演じる得夢に壁ドンをして、嫌らしい目つきで舐めるように見た。
「げへへっ、3年生の教室に下級生が入ってきちゃいけないなあ。げへへ。罰として、帳チャンが大好きな、アレ、を買ってきてよ。げへへっ……」
「ア……、アレって?」
帳ちゃん演じる得夢が赤面して縮こまる。
「その恥じらいに素直になればわかるでしょ? げへへ。思春期の帳チャンが興味津々な、アレ、よ。げへへ……」
「ひゃううんっ、やめてくださいっ! 帳、よくわかんにゃいっ」
夜船が得夢の手を掴み上げると。
その合間から!
「きっと、メカニック物の官能小説だよおっ!」
ねんねが興奮気味に顔を出す。
「それって本当なんでしゅかっ? 帳お姉様ーーーっ!」
「ひいぃっ?」
詰め寄る居醒に、帳が救いの視線を夜船に向けるが。
夜船は顔を背けて目を伏せた。
「帳ちゃんは、ももちゃんにエロ小説買わされてたっ! そやろっ!」
「ひひいっ!」
「だから帳お姉様はももちゃんに恨みがあってあんなことを……。なんておいたわしいっ……!」
得夢が悔し涙をこぼす、そのすぐ脇で。
「でもちょっと、困ってる帳ちゃんに興奮するわねっ! ねんねちゃんっ、はああっ」
「ふううんっ!」
春眠とねんねが鼻息を荒くした。
「あなたたちっ、勝手にエッチな想像をして哀れまないでーーーっ!」
「キミたち、さっきから何の話をしているの?」
天の邪鬼がぽかんと話しかけると、帳はすぐさま汗顔からシュッとした。
「こっちの話よ! とにかくあなたはその力を我が物にすればいいわ!」
「よくわからないけれど、ボクにお願いしたって無駄だよ。まだわからないの?」
「これはお願いじゃない。命令よ!」
「め、命令……?」
天の邪鬼がぶるるっと身震いをする。
「そう。あなたはその力を存分に利用して、卑怯者と呼ばれなさい!」
「卑怯者だなんて聞き捨てならないな。でもね、ボクに反対のことをさせる気だってことぐらいお見通しだぞ!」
「だったら、私の命令に従いなさい。天の邪鬼を服従させたとなれば、私もお鼻が高くなってよ! ほーっほっほっほっほーーっ!」
「帳お姉様が高飛車キャラにーーっ!」
居醒が帳を憧れの眼差しで見つめるさなか、今度は天の邪鬼の顔色が赤くなっていく。
「むむっ、ボクの目の前で天狗になってるんじゃないよっ! こんな魔法の力がなくったって、キミたちなんて屁でもないっ!」
天の邪鬼が拳を突き上げ、ひとつ気合いを打ち放つと、炎の柱が龍のように飛翔した。
「あの小童に魔力を突き返してやったわ! こうなったことに臍を噛むがいいーーっ!」
天の邪鬼の体が激しい気迫と共に巨大化しだした。
富士の高みよりも倍になって。
得夢たちを睥睨する。
「天狗は許さんぞーーーーーっ!」
天の邪鬼の絶叫に、世界中がビリビリわなないた。
「あんなに大きくなっちゃってーーっ!」
居醒が耳を押さえて天の邪鬼を仰ぎ見る。
「夢でなければ自重で立つことすらままならないはず!」
「わたしたちの武器がまるで爪楊枝に見えるわね!」
ねんねと春眠が興奮する一方。
「これほどまでにどでかいやつを、どうやって倒せばええのんやーーっ?」
「肝心の倒し方がなにもわかっていないというのに、どうすればーーっ……」
夜船と得夢は頭を抱えて身悶えた。
「強化を武器の巨大化に特化して、それで対抗してみましょう!」
得夢たちは帳に頷き、ナイトメア・ゴールドをばら撒いた。
「エンチャントを武器の巨大化にスペシャライズ!」
得夢が試しに武器を具現化してみると。
数百メートルにもなる大剣がズシャリ。
まるで超弩級戦艦が飛び出したような圧巻だ。
「これなら骨まで断ち切れる!」
しかし得夢たちが意気込む暇なく。
「虫けらみたいにぺちゃんこになれーーーっ!」
蚊を叩き潰す勢いで、天の邪鬼が両手の平で得夢たちを攻撃してきた。
文字通り、蚊の様に飛び回って躱す得夢たちだが、バチンバチンという連続の、もの凄い音と風圧に恐怖心が突き上がってくる。
「今まで蚊なんてうっとうしいだけだったけどーーっ!」
「蚊の気持ちがわかってきたーーっ!」
得夢とねんねが腕を引き合い、叩かれるのを回避する。
躱しながらも天の邪鬼の手を斬りつけてみるのだが。
切り口も切り取り線もない手には、やはり傷はつけられない。
「くそっ、どうやったら倒せるんやーーっ?」
夜船が叫び、打開策が何も見いだせないさなか。
「話変わるけれど、蚊って瞬間移動するわよねーーっ!」
春眠が恐怖を物ともしないで雑談をし始めた。
しかしこの無駄話が戦況を変えてしまうきっかけになろうとは、誰が思いつけたであろうか。
「あるある! それができれば躱すのが楽なのにーーっ!」
「ねんねも瞬間移動してみたい!」
「怪人ならできるんじゃないのーーっ?」
得夢とねんねと居醒の会話に、帳の目が煌めいた。
「それはいいはねっ、やってみましょう!」
「帳お姉様、やり方知ってるのーーっ?」
「もらったあああっ!」
話に気を取られている間に、居醒ひとりが狙われた。
天の邪鬼の手と手の間に捕らわれて、叩き潰されようとした、そのとき!
居醒の姿がパッと消えて。
「あっ!」
天の邪鬼の手と手がたたき合う、もの凄い音だけが鳴り響く。
「やった!」
「消えたでっ!」
「居醒ちゃん、どこ行ったっ?」
ねんねと夜船と得夢が浮き立ち、辺りをしきりに見渡すところに。
「後ろだわっ!」
春眠が天の邪鬼の背後を指さした。
「うそーーーっ!」
居醒が天の邪鬼の背中側を見て絶句する。
「見~~た~~な~~~~~っ!」
陽気で温厚だった天の邪鬼の表情が、鬼の形相に変化した。
居醒の方へドバッと振り向き、背中を得夢たちに露出する。
肩甲骨の間から少し下がったところに透明のハッチがあって。
そこに小さな天の邪鬼が!
「あれって、コクピットッ?」と、得夢が前のめり。
「この巨大な天の邪鬼って、ロボだったのねっ!」と、春眠はびっくり仰天。
ロボだと知って、夜船とねんねがピンときた。
「ももちゃんが言ってたメカニックの夢魔って、もしかしてっ!」
「はううっ、メカニック師匠おおおおっ!」
「倒せなかったカラクリは、本体を斬っていなかったから。そういうわけだったのね。天の邪鬼さん!」
帳が見破ったとばかりに、武器を天の邪鬼に突きつける。
「ばれちまっちゃあ、しょうがない!」
「あーっ、それ、わたしたちの台詞ーーっ!」
「だからって、ボクを攻撃できなきゃ意味ないぞ!」
天の邪鬼が得夢たちに猛攻撃をしかける、そこを。
「これならどうっ?」
居醒が対物ライフルでコクピットを狙い撃った。
連続速射の煙が晴れて――。
やったかと思われた、のだが!
フラグの通り、コクピットには傷ひとつついていない。
「無駄だよ。魔女さんの人工衛星覚えてる? あれと同じシールドでできてるからねー」
天の邪鬼が勝ち誇って高笑いをする。
「そんなっ……、じゃあどうやって……」
得夢たちが絶望にさいなまれた、そこへ!
「そいつの弱点は、こいつだああああっ!」
天が輝き。
その中から、火球が降ってきた。
火球は天の邪鬼に直撃し、火の玉に包まれる。
火球と共に現れた、彼女こそ!
「ももよちゃんっ!」
「ひゃくや、だーーっ!」
漆黒のとんがり帽子と、マントの下にスクール水着を着こなした、内浦百夜がそこにいた!
「でも、ももちゃん! シールドがっ!」
「大丈夫! 見てなっ!」
百夜が炎の玉を連続で撃ち出して、天の邪鬼の足下を火の海にする。
「はっ、火攻めなんて無駄無駄っ!」
天の邪鬼が嘲笑うも、百夜がかまわず火の玉を撃ち続けていると……。
「あちっ、あちちーーっ!」
天の邪鬼が足を上げて飛び跳ねだした。
「えっ? やせ我慢っ?」
「ロボなのに、どうしてっ?」
居醒と得夢が目を大きく見開いた。
「あいつはね、レジェンド級のメカニックなんだ。あまりにも腕が立ちすぎて、ロボなのに熱いという痛覚を、無駄に搭載してしまったのさ!」
「それって、メカニックあるあるなのーーっ?」
百夜の首肯に、居醒たちが口をあんぐり開けていると。
「あちちちちちーーーーーっ!」
天の邪鬼が熱さに耐えかね、コクピットから飛び出してきた。
「みんなっ、あの子、アフォよーーっ!」
「でもこれで攻撃できるでっ! 居醒ちゃんっ!」
「まだだ! 普通に攻撃したってダメ!」
百夜が夜船たちを引き止める。
「6人同時に、切り取り線の終端から、切り口に向かって斬り抜けるんだっ! それも背中側から斬り抜けて!」
「全部逆というわけね」
帳は首を縦に振って、要領を飲み込んだ。
「そんな秘密があったのねっ!」
「天の邪鬼らしい討伐方法やなっ!」
春眠と夜船が前途に光明を見いだし拳を振るう。
「だけどどうやって背中を向かせるのっ?」
「魔力を奪われたときは、わたし独りだったから無理だったけど、今なら攻略できる!」
百夜は得夢にウインクをして、ナイトメア・ゴールドを弾き飛ばした。
そして魔法少女が持つような、かわいらしい杖を具現化してみせる。
それは動物のバクをデフォルメした人形が杖の先についていて、天使の輪っかと羽が、キラキラ、パタパタ、揺れ動いているエンジェルバクの両手杖。
「ももちゃんっ? なにそれ、かわゆす!」と、得夢。
「キャラに合ってへんでっ?」と、夜船。
「黙っていれば美少女」と、ねんね。
「なんてお気の毒な子!」
「これからはお情けをかけてあげましょうね」
と、春眠と帳が涙ぐむ。
居醒は悲哀の眼差しで、百夜をぎゅっと抱き寄せた。
「ももちゃん、大丈夫! 今日だけはわたしたち、友達だよっ!」
「今日だけかーーーいっ!」
「うんうん!」
百夜の手を取り、握り締める得夢たち。
その手を百夜はぺいっと投げ捨てた。
「てゆっか、聞いてーーっ! 私が魔法で集中砲火を浴びせかけるから、奴の気がこっちに向いてる間に、みんなは後ろに回り込んでやっつけて!」
「ラジャーッ!」
百夜が危機に駆けつけ、得夢たちの窮地を救って形勢逆転。
今こそ、得夢たちの猛反撃が始まった!