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5夜目「キミが白だと言ったら、それは黒」

 牛鬼が吐く紫紺の息には毒がある。


 体が焼きつく激痛に、得夢(エルム)たちは藻掻き苦しんだ。


「おまえたちは見ちゃいけないものを見た。あの世でたっぷり後悔するんだなああっ!」


 牛鬼がハンマーを大きく振り上げて。


 いざ振り下ろそうとした、そのとき。


 得夢たちが、くすくすと笑い始めた。


 反り返って苦しんでいたはずが、だらんと腕を垂らしてうつむいて。


 肩を上下に揺らして不気味にほくそ笑んでいる。


「な、なんだ……?」


 牛鬼は背中を丸めて前屈みになった。


 得夢たちを覗き込んだ、その顔に。


「後悔? それどころか最高らよ、牛頭(ごず)っちゃん!」


「ごずっちゃんっ?」


 得夢たちが面を振り上げた。


 ほっぺが真っ赤に染まった、にやつく顔を見せつけて。


 目つきの座った双眸が、牛鬼をどよんと捕まえる。


「ウマ頭の彼女はどうしたんら? うちらに紹介したり~や、ごずっちゃん! ひっく!」


「こいつら……、酔っとる?」


 牛鬼が眉間にしわを作って、夜船(よふね)たちを凝視する。


「ええ、酔ってますとも。ご自分にね!」


「自己陶酔、さいこーーっ!」


 得夢と夜船が肯定したかと思えばすぐに。


「って、酔っとるかああっ」


「うちらのどこが酔ってるねん!」


「ちっとも酔ってないわよね、ねんねちゃん!」


「うむ。毒は百薬。百薬と言えばお酒らし! ひっく!」


 ねんねはよたよたしながら春眠(しゅんみん)に頷いた。


「酔っとるじゃないか!」


 千鳥足を指摘する牛鬼だが、(とばり)居醒(いさめ)はそれに目を尖らせた。


「しっちゅれいな牛ちゃんね。何か言っておあげなない、居醒しゃん! うああああん」


「はぁああいっ! 帳お姉様を泣かした罪れ、あーたは牛丼決定れーす! 今すぐ()()()()のモノマネして! 早く!」


「できるかそんなのっ!」


「だったら、お仕置きらねー」


「みんな、せーのでいくっおー!」


「せーのっ!」


 得夢たちはお腹がはち切れるほどに息を吸い込んで――。


 一気に紫紺の息を吐きつけた。


 それらは雲のように纏まって、牛鬼の頭に絡まりついたかと思えば!


「なっ、俺の技っ……、ぐぁがががっ」


 牛鬼がどんなに頭を振ろうとも、毒霧がかき消えることはない。


 ついにはハンマーと肉切り包丁を手放して、両手で自身の首を締め上げながら、激しくのたうち藻掻き始める。


「腹ががら空きらーーっ!」


 夜船が牛鬼の立派な出臍を指さした。


「今ら、切り取り線を刻みつけるのらーーっ!」


「おおーーっ!」


 得夢たちは武器を身構えた。


 斜めに隊列しながら、牛鬼の腹を目指して飛翔する。


 得夢が右手に具現化した大剣で牛鬼の脇腹を突き刺した。


 続けて左手の大剣を刺し、体を開くように回転しながら、また右手の大剣を突き刺した。


 みな、得夢に倣って、牛鬼の腹に切り取り線を刻み込んでゆく。


 そうして脇腹にあった切り口から、切り取り線をつなぎ合わせて、牛鬼の腹を横断させると。


「みんら集まれ!」


「うちらの脚線美を見せつけたるんら!」


「必殺、乙女花弁斬だよっ!」


 手を繋いでいる得夢と夜船とねんねの輪に、居醒と春眠と帳も加わって。


 体を平らにして向かい合うと、6ひらの大輪に開花した。


 両足から武器を具現化し、円盤ノコギリのように回転しながら、得夢たちは次の瞬間。


「ぐががががーーーっ!」


 牛鬼を一刀両断したのだった。


 牛鬼の裂かれた体がバルーンのように弾けて飛んで、芯にあったナイトメア・トレジャーが粉砕する。


「みんな、やったわね!」


「酔いもすっかり吹き飛んじゃったよ!」


 帳と得夢がハイタッチ。


「今なら何だって倒せる気がするで!」


「怪人装備、最強!」


 夜船とねんねは有り余った気力を放出させた。


「ねえ、これってもしかして、切り口もつけられないかなっ?」


「そうしたら無敵ね、居醒ちゃん!」


 居醒と春眠が抱き合ったとき。


 牛たちを囲っていた柵が壊れて崩れた。


 牛たちが輝きながら一斉に浮かび始めて。


 花吹雪が詰まった花火が打ち上がったかのように、次々に爆ぜては飛散した。


 花びらの嵐が巻き起こるなか、主の失った地下空間が揺らぎ始めて、得夢たちを巻き込みぐにゃりと場面転換する。




 暗転から晴れたとき、得夢たちは再び富士の上空にいた。


 噴火がまるでなかったかのように、富士山は黙りこくっていて。


 溶岩流の形跡も、厚く積もった火山灰も、綺麗さっぱりなくなっている。


 代わりに山肌を覆っているのは、真っ白な大雪で。


 噴火口まで埋め尽くす銀世界になっていた。


 灼熱だった大気は今や、吐く息が凍るほどの冷気と入れ替わっていた。


「なんやっ? 今度は極寒地獄かっ?」


 夜船が真っ白になった息を吹く。


「このキラキラしてるのダイアモンドダストだよ!」


 ねんねは自分の凍った息に大興奮。


「怪人装備のお陰で寒くはないけど、気温がかなり低くそうだ!」


「見て! 波まで凍ってるわ!」


 得夢と春眠は眼下に広がる大海原が、時が止まったかのように思えて見えた。


 海の底に沈んだ町は氷で閉ざされ、もう戻れなくなっている。


「帳お姉様っ、わたしたちが逆夢にしちゃったから、氷河期になっちゃったんだわーーっ!」


「落ち着いて、居醒さん、まだ逆夢にはなっていないわ」


 凍結した海面から氷山のように突き出している富士山は、かつて森林限界があった5合目あたりからで。


 遠くには沈まず残った山頂が、島々のように連なっている。


「なにかいるっ!」


 富士山の向こう側からひょっこりと現れたのは。


 富士山と背丈が同じくらいの童女。


 頭にベーゴマのような小さな角がふたつ生えていて。


 七五三の時に着るような、華美な振り袖姿に飾り立てている。


 四角く切り出した大岩を両手に持ち、それを富士山の峰から稜線に積み並べてみては、集中力の調子を取るように、ふうっと息を吐いている。


 そして、ふと、得夢たちに声をかけてきた。


「やあ、ここまでよく来たね。ボクは天の邪鬼。この世界はボクが作ったんだ。気に入った?」


「天の邪鬼ですって?」と、帳は心当たりを巡らせた。


「あの、つむじ曲がりの?」と、居醒が上を向く。


「へそ曲がりとも言う」と、ねんねは頷いた。


「反対のことをやっちゃうんだよね」と、得夢が少し微笑んで。


「するなよ!って言ったら、やっちゃうやつやん!」と、夜船がじゃれついた。


「まあ! 芸人さんなのね!」と、春眠は目を輝かせて天の邪鬼を見た。


「コメディアンみたいに言わないでっ! ボクはそんなにひねくれ者じゃないんだからっ!」


 天の邪鬼は照れた様子の笑顔を見せて、再び大岩を積むのに取りかかる。


 今のところ、得夢たちに敵意は感じられない。


「みんな、ちょっと耳を貸して」


 帳が天の邪鬼に背を向けて、皆と顔を近寄せた。


「天の邪鬼はお調子者とも聞くわ。彼女をうまく利用できないかしら」


 夜船が「なるほど~」と悪い顔になる。


「おだてて逆の考えに仕向けられれば、逆夢に変えてくれるかもしれへんな!」


「おだてるのは得意よ! いつも居醒ちゃんにやっているもの!」


「春眠のお陰で立派なひねくれ者よ!」


「居醒みたいになったらチャンスはない」


「ちょ、ねんねちゃん、そこは否定してっ!」


「これはチャンスだ。気づかれないように、慎重に誘導しよう!」


 得夢たちは互いに顔を見合わせて。


「ぐぇっへっへっへ……」


 ニッタリ笑いながら天の邪鬼にそれとなく近づいゆく。


「なぁにやってるのぉ?」


 得夢がまるで小鳥のように、天の邪鬼の右肩にちょこんと座った。


「朝までに向こうの山まで橋を架けようと思ってさ。でもこれがなかなか難しくてねー」


 得夢に続いて、ねんねと春眠も肩に止まった。


「一夜にして橋を?」


「そんなことができたらレジェンドね!」


「でしょ? 昔やったときは失敗したから、今度こそ成功させたいの」


 そこへ夜船が眉をひそめて、天の邪鬼の左肩に舞い降りる。


「でもめちゃくちゃ心配や! 心配でしょうがないわ!」


「なにが?」


 居醒と帳も続けて降りて。


「だってこの世界は予知夢でしょ?」


「もし失敗してしまったら、逆夢にでも変えない限りあなたの夢は叶わなくてよ? 困ったわね。逆夢にできればいいのだけれど……」


「それは大変だ! みんなでどうすればいいか考えよう!」


 得夢たちが親身になって相談を始めると。


「そんなにボクのことを心配してくれるの?」


 天の邪鬼の瞳がはぁっと煌めきだした。


「ねんねたちは全力で応援してる!」


「うんうん!」


 皆が大きく首を縦に振る。


「嬉しいなあ。でも大丈夫。この夢はボクに何かあったら逆夢になるように仕組んであるんだ! 秘密だよ!」


 それを聞いて、得夢たちは眼を丸くした。


 そして、目を薄く伸ばしたようなイヤラシイ顔つきになる。


「へえ……、あなたに何かあったら……」


「逆夢になるんや……」


 得夢と夜船が悪い顔でつぶやくと。


「そういうこと!」


 天の邪鬼は屈託のない笑顔で微笑んだ。


「それは素敵ね、居醒ちゃん~」


「春眠、いいことを聞いちゃったわね!」


 帳が咄嗟に居醒の口を押さえ込んだが。


 天の邪鬼は皆を肩から追い払って睨めつけた。


「さてはキミたち……」


「ふ、バレちまっちゃあ、しょうがない!」


 得夢たちは悪党のように微笑んで、一斉に武器を身構えた。


 天の邪鬼の血相が見る見るうちに紅潮していく――。


「ボクを困らせて、ハァハァする気でしょっ! このヘンタイ女子がーーっ!」


「違うわーーーっ!」


 得夢たちは空中でずりこけた。


「じゃあ、なんなのさっ?」


「逆夢にしてほしいのっ!」


「そっちっ?」


「ふつう、そっちでしょっ!」


「なぁんだ、それなら早く言ってよ」


「えっ? 逆夢にしてくれるのっ?」


「ボクを誰だと思ってるの? キミたちの願いを知ったからには、その通りにするわけがないじゃないっ!」


「なんでよーっ?」


「理由なんてない。ただ単に、それが気に入らないからっ! ハァハァ」


「このひねくれ者ーーっ!」


 得夢が疲れにも似た失望感で、がっくりと項垂れる。


「これはやっぱり、消えてもらうしかない」


 ねんねが再び武器を身構える。


「この世界が現実になるのは困るのよ!」


 居醒は切実な目をして訴えた。


「できれば戦うことを避けたかったのだけれど」


「わたしたちの未来のために!」


「悪いが逆夢にしてもらうで!」


 帳と春眠、夜船も天の邪鬼に武器を突きつけた。


「このボクから力尽くで望みを叶えようって言うんだね。面白いじゃない。相手をしてあげる!」


 天の邪鬼は突起のついたメリケンサックを両手に嵌め込み斜に構えると。


 振り袖から両腕を引っ込めて、襟首から腕を突き出し、着物をバッと脱ぎ捨てた。


「ボクが勝ったら、人を困らせては欲情する、ヘンタイ女子になってもらうからねーーっ!」


「それ、あんたでしょーーーっ!」


 リズミカルにステップを踏み出しながら、得夢たちに襲いかかってきたのだった!


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