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4夜目「エンチャントを特化せよ!」

 夜の天地にくっきりと浮かび上がった真っ赤な火口は、まるで逆流する炎の滝と湖だ。


 絶え間なく噴火を続ける富士からは、怪人装備でもはっきりとわかるほどの灼熱が伝わってくる。


「どうするのっ? あの火口に入って行くのーーっ?」


 居醒(いさめ)はあまりの熱さに両手を突き出した。


「マグマに潜む怪人だっているはずだっ!」


 得夢(エルム)が自信たっぷりに拳を握る。


「キラキラ光って美味しそうねっ!」


 春眠(しゅんみん)も溶岩流をうっとり眺めて、重ねた両手を頬にあてがい。


「うむ。怪人にとってマグマは飲み物っ!」


 ねんねもマグマを見つめて唾を飲み込んだ。


「みんな、正気っ? 死んじゃうっ! 死んじゃうっ!」


 夜船(よふね)は居醒の肩を両手で掴んで、片目をパチリとしてみせた。


「あんなのただのオレンジジュースやでっ、居醒ちゃんっ!」


「ほおーーっ、飲めるものなら、飲んでみなさいよーーっ!」


「居醒さん、怪人スキルには摂取したものを同化できる能力があると聞くわ。鱗もたくさん食べたことだし、飲んでみましょうか。ごくり」


 (とばり)も何かに取り憑かれたような瞳になって、溶岩流に釘付けだ。


「帳お姉様、喉が渇いてるのねーーーっ?」


 得夢や春眠、ねんねや夜船が、居醒の腕をがっちり掴む。


「居醒ちゃん、食思があるってことは、大丈夫ってことだよ!」


「ふつうは食べられないものを、食べたいなんて思わないものね!」


「無理ならたぶん不味くて吐くはず!」


「毒キノコは食べてみるまでわからない! そういうことやで、居醒ちゃんっ!」


「あなた、毒キノコって美味らしいの、知ってるーーーっ?」


 得夢たちは溶岩の高温に耐えられるかどうかを確かめながら、裾野へ流れる溶岩流まで慎重に飛翔していった。


 熱いという、およその温度が肌でわかるが、近づくのは無理だという感覚は不思議となかった。


 溶岩の大河の淵に降り立って、皆が禍々しい赤い光に体を照らす。


「平気……だね」と、得夢。


「さすが怪人装備」と、ねんね。


「近くで見るとますます美味しそうっ!」と、春眠が浮き立って。


「飲みたいっ、でも恐いっ……!」と、夜船がうれしそうに怖じ気づく。


「見てくれの悪いものを、初めて食べようとしている人みたいな顔に、みんななってるーーーっ!」


 居醒が皆の手から逃れようと、必死に藻掻くが、そのとき。


「あぁ、熱くて美味しい!」


 帳の艶めかしい声が聞こえてきた。


 帳は両手で掬った溶岩を、まるで湧き水のごとく、ごくりと飲み干したのだった。


「飲んでれぅーーーっ!」


 飲めると知ったや否や、皆はこぞって膝をつき、両手いっぱいに溶岩を掬い上げて飲み出した。


「なにこのうまさっ!」


「渇いた体に染み入るわっ!」


「熱さの喉越しがたまらへんっ!」


「ミネラルたっぷりの溶岩ドリンク」


「何杯だっていけちゃいそうっ!」


 得夢、春眠、夜船にねんね、そして居醒までもが、溶岩で喉を潤した。


 すると、得夢たちの体がカッカカッカと火照ってきた。


「得夢ちゃんっ、顔がマグマみたいになってる!」


 居醒は得夢が溶岩でできた泥人形のようになっていることに目を丸くした。


「居醒ちゃんも真っ赤になってるで!」


 夜船が居醒と得夢を見比べる。


「体全部が赤くなってるっぽいね!」


 状態異常を指摘された得夢だが、心配するどころか、みんなの顔を物珍しそうに見回した。


「ねんねたちはマグマ怪人になったああっ!」


 ねんねは何か新しい力が備わっていないか、体中を動き回して喜んでいる。


「同化作用の馴化(じゅんか)現象ね。適応能力が備われば、直に元に戻るでしょう」


 帳からすぐに治ると聞かされて、ねんねは肩をがっくり落した。


「これでマグマの中でも平気なのねっ!」


「よし、火口の中へ入ってみようっ!」


 春眠と得夢が鼻息荒く頷き合って飛翔する。


 得夢たちは山頂近くまで飛んでくると、皆と覚悟を確かめ合って。


 噴火の冷めやらぬ火口へと、親指を立てつつダイブしたのであった。




 マグマの中は不透明でドロドロしているはずなのに、まるで赤い水の中を潜っているかのようだった。


「遠くまで透かして見えるよ! 夜船ちゃん!」と、得夢。


「自由に動き回れて快適や!」と、夜船。


「溶岩と人魚の鱗を食べたお陰かしら!」と、春眠がねんねに話しかけると。


「摂取すれば摂取するほど強くなるのが怪人」と、ねんねは大きく頷いた。


「怪人の適応能力しゅごいですね、帳お姉様……」


「居醒さんも気に入ったみたいね。目視できないけれど、底の方に何かを感じるわ。気をつけて向かいましょう」


 帳を先頭に、得夢たちは火口の底部へと潜水していった。




 しばらくしたところで――。


 何かが見えてきた。


 すり鉢状の巨大な突起物が、火口の底から突き出している。


「トランペットの先みたいなのがあるよ!」と、得夢が人差し指で指し示す。


「あそこからマグマが噴き出してるのね!」と、春眠は肩をワクワクさせた。


「人工物があるって、どういうことや?」と、夜船が目をこする。


「この噴火は自然現象じゃない。だとしたら……」と、ねんねの推考に。


「誰かが故意に噴火させてるってこと?」と、居醒が思うところを付言した。


「それならマグマがどこから流れてくるのか、調べてみる必要がありそうね。みんな、警戒を怠ってはダメよ」


 口の大きく広がった煙突のようなものの中へ、帳たちは進入していった。




 地の底へと続く巨大なトンネル。


 そこをひたすら下っていくと、配水管で見かけるようなS字になったところを経たのちに、円形のプールのようなところに行き着いた。


 得夢たちがマグマの水面から目だけを出して辺りを窺う。


 そこは奥行きがわからないほどの、とりとめもなく広大な場所だった。


 しかしここが地下空間であると憶測できたのは、天井が剥き出しの岩肌になっていたからだ。


 天井には照明が直に打ち込まれていて、それらが等間隔にずらりと果てしなく連なっている。


「なんか鳴き声聞こえない?」


 得夢たちは耳を澄まして息を潜めた。


 何かが「モーモー」と言っているようだ。


 マグマプールの外側には、柵で囲った領域が、敷き詰められた田んぼのように連なっていて。


 そこには数え切れないほどの生きた牛たちが、ぎゅうぎゅう詰めに詰め込まれていた。


 牛は乳牛や肉牛などがごちゃ混ぜで、種類分けされているわけではないようだ。


 柵の合間の所々に、角の立派な巨人が立っている。


 頭が水牛の頭部になっている大鬼だ。


「あれって牛頭(ごず)だよっ、はううっ……」


「ねんねちゃんっ、しーーっ!」


 ねんねが飛び出しそうになったのを、居醒たちが体を掴んで、マグマプールの水面下へと引きずり戻す。


 牛鬼が牛たちを鷲掴みにして、台所の流しのようなところへ放り入れた。


 そして巨大な杵で、ごきゅごきゅと骨ごと叩き潰した。


 牛たちの叫喚や返り血を浴びても、牛鬼は顔色ひとつ変えることなく、作業をひたすら繰り返している。


「牛が牛を殺してる……」


「辺り一面、血だらけね」


「血のにおいでむせ返りそうっ……」


「ホントに地獄の鬼みたい」


「容赦のかけらもあらへんで……」


「まさに獄卒ね」


 その凄惨な場景に、得夢と春眠と居醒は目を覆い、ねんねと夜船と帳は顔をしかめた。


 ここはどうやら屠殺場のようだった。


 屠殺された牛からは大量の血が流れ出し、地面に掘られた溝に流れ落ちて、噴火口の底部へと続くマグマプールへ流れ込んでいるようだ。


「もしかして、あれがマグマの正体っ?」


「ねんねたち、あんなの美味しそうに飲んでたのっ?」


 得夢とねんねは口を押さえて、顔を見合わせた。


「胸が少し大きくなってたのは、乳牛のせいだったのね!」


「うそーっ、わたしはぜんぜん変わらないんだけどーーっ?」


 春眠と居醒が胸に手を当て確かめ合う。


「居醒ちゃんは全体的に太ったで?」


「えーーっ?」


 夜船の虚を突く指摘に、居醒は自身の体を撫でて回した。


 それを皆が悪巧みの目つきで舐めるように見る。


「和牛の血を飲んだのかもしれないね」と、得夢。


「居醒、なんだか美味しそう」と、ねんね。


「霜降りになってないか、食べてみましょ~~~っ!」と、春眠は涎をすすった。


「ひひーーっ、食べないでーーっ!」


 共食いが起こってしまいそうな、そんな局面に。


「そんなことをしてはダメよ! 冷静におなりなさい!」


 帳が間に入って居醒を擁護した。


「さすが、わたしの憧れっ! 帳お姉様はわたしの味方ね!」


「当然よ! 全員居醒さんみたいになったら、目も当てられないわっ!」


「まさかの、ディスられりゅーーーっ!」


 得夢とねんねと春眠と夜船、4人が苦悩し始めた。


「うーん、みんながツッコミになったら困るよね」


「ツッコミにツッコミとか」


「面倒くさそうね!」


「ぺちゃパイになるんも嫌やし」


「夜船ちゃんだって大して変わらないでしょーーーっ!」


 得夢は改心したかのように目頭を熱くして。


 居醒の手を取り上げる。


「居醒ちゃん、危うく胸が痩せ枯れるところだったよ。絶対に食べたりしないから、また仲良くやっていこうね!」


「得夢ちゃんっ、喧嘩売ってるーーーっ?」


「よかった! あなたたちなら水に流せると思ったわ!」


 と、帳が居醒にダイヤを握らせた。


「帳お姉様っ、無理矢理終止符打とうとしてるでしょーーーっ!」


 そう不平を叫びつつも、居醒がダイヤを受け取ったのを、春眠は見逃さなかったのである。


 そして――、みんなの目は再び牛鬼に注がれた。


「牛の大量の血が噴火の原因だとしたら、止めさせないといけないわ」


 帳がそう言うが早いか、得夢が牛鬼の前に飛び出していた。


「どうして牛を殺すんだっ!」


 牛鬼はしばし無言で得夢を見下ろしたのち、口を開いた。


「牛のゲップに含まれるメタンが温暖化の原因だって言うもんだから、1匹残らず殺処分することになってな」


「おまえだって牛じゃないかっ!」


「失礼な人間だな。おまえも猿じゃないかと言われたら、違うと言わんか?」


「それはっ……」


「ちゅうか、家畜の人間がなんでこんなところをうろついているんだ? 逃げ出したんなら、ついでに屠畜してやっか」


 牛鬼はハンマーを右手に備え、肉切り包丁を左手に持って――。


「この猿どもがーーーっ!」


 得夢たちに攻めかかってきた!


 モグラ叩きをするかのように、ハンマーが打ち下ろされる。


 ときおり水平に薙ぐ肉切り包丁を躱しながら、得夢たちは牛鬼の切り口を見定めた。


「切り口は脇腹に見えるけど、切り取り線が見当たらない!」


「切り口に刃を当てればええんやろかっ?」


 得夢や夜船が戸惑い、攻めあぐねるなか、ねんねが鋭く飛翔するが。


「おっと、そうはいかんぞ」


 ねんねの攻撃は2度3度と阻まれた。


「こいつ、ガードが堅い」


「だったら、武器ごと破壊してあげるっ!」


 居醒は牛鬼の脇腹に四肢を向け、具現化した16丁もの対物ライフルで狙い撃った。


 しかし牛鬼はそれを肉切り包丁の腹で受け止め、そのまま居醒に向かって押し倒す。


 あわや居醒は押し潰されそうになる。


「弾が貫通しないーーっ!」


 牛鬼が居醒に気を捕らわれている合間に、得夢と夜船が牛鬼の背後に回り込んだ。


「こっちだっ、牛あたまーーっ!」


 得夢が脇腹まで飛び上がって、烈風の大剣を斬りつけるが!


 しかし刃が肉に入らず、弾き返された!


「ダメだっ、通らないっ!」


「得夢ちゃんっ、そない硬いんかっ?」


「硬いっていうか、斬り方が絶対に間違ってる!」


 牛鬼が翻ってハンマーを振り下ろす。


「生意気な猿めっ! 屠畜だっ、屠畜だっ、屠畜だーーっ!」


 牛鬼が狂ったようにハンマーと肉切り包丁を振り回して来るのを。


 得夢と夜船が命辛々、帳の元へ逃げ延びた。


「帳お姉様っ、どうしようっ!」


「得夢さん、落ち着いて。あなたたちの武器には何のエンチャントがかかっているの?」


「怪人のエンチャントですけど、それが……?」


 怪人なら何だってできてしまうはず――、それなら!


 得夢はひらめいた!


「そうかっ! 切り取り線がないなら、作ってしまえばいいじゃないっ!」


 ねんねは大きく頷いた。


「相手に弱点をくっつけちゃうのが怪人」


 夜船も指を鳴らして合点する。


「うちらで傷を刻み込んで、ミシン目みたいにすればええんやなっ!」


 春眠がナイトメア・ゴールドを取り出した。


「さっそくエンチャントを特化してみましょっ!」


 得夢たちはナイトメア・ゴールドを宙に撒き上げ、声を合わせてオーダーする。


「怪人のエンチャント! 切り取り線の付加にスペシャライズ!」


 ナイトメア・ゴールドが受理されて、宙空に吸い込まれていく。


「切り取り線は必ず体を横断させるのよ。よろしくて?」


 帳たちが牛鬼の狙いを確認しあって、勇猛に飛び立つが。


「そうは問屋が卸さんぞ!」


 牛鬼が紫紺の息を吐きつけ退けた。


 するとたちまち得夢たちの体に異変が起こり始めて。


 自身の首を締め上げ、苦しみ始めた。


「藻掻けっ、藻掻けっ! 最後の最後にこいつで叩き潰してやるわーーーっ!」


 牛鬼はハンマーを振りかざし、狂気の雄叫びをあげたのだった。


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