3夜目「絆エネルギーで乗り越えろ!」
巨大人魚が撃ち放った鱗の礫が、横殴りの豪雨のように得夢たちに迫り来る。
それを春眠は、大地の大鎌に備わった、伸縮自在のシールドで受け止めた。
シールドにびっしりと突き刺さった人魚の鱗を、春眠は何を思ったのかひとつもぎ取り、口へと運び……。
「あーーっ、食べたーーっ!」
皆が仰天しながら見守るさなか、春眠はもぐもぐと咀嚼して、ゴクンと飲んだ。
「抹茶とチョコの、クリスピーサンドだわっ!」
春眠の美味しそうな声を聞くや否や。
「わたしも食べるっ!」
「ねんねもっ、ねんねもっ!」
「空腹、もう限界やっ!」
得夢とねんねと夜船はシールドから鱗をもぎ取って、リスのように食いついた。
目と鼻の先で巨大人魚が怒り狂っているというのに、得夢たちの食欲が収まる様子はまるでなく。
「ちょっと、今は食べてる場合じゃないでしょーーっ!」
居醒が注意を与えるが。
「居醒ちゃんっ! 絶妙な甘さだよっ!」
「外はカリカリ!」
「でも中はしっとり、ケーキみたいやっ!」
「歯ごたえがたまらないわーーっ!」
得夢とねんねと夜船と春眠、4人の食い気が止まらない。
「なにそれ、おいしそうじゃないのーーーっ!」
「居醒さんも食べてごらんなさい」と、帳も鱗を優雅にパクリ。
「帳お姉様までっ!」
「人魚の肉は不老長寿の妙薬よ。鱗だけでも食べればきっとお肌つやつやね」
「お肌、つやつやぁ……?」
居醒は玉肌になった自分を想像しながら、お腹の虫をぐうと鳴らした。
そして我慢できなくなって。
「こらーっ、わたしの分もよこしなさーーいっ!」
居醒も鱗に飛びついた。
得夢たちが競い合って鱗を食す様を見て、巨大人魚は背筋を凍らせた。
「なんじゃ、こやつら。わらわの体が目的なのかっ? この変態がーーーっ!」
居醒は鱗に食いつきながら。
「変態じゃないわっ、変人よっ! あなたの体の一部分を、じっくり味わってるだけじゃないーーーっ!」
「居醒ちゃん、それ変態がすることよーーっ! あと自分のことを怪人じゃなくて、変人って言っちゃってるわーーーっ!」
「眠ちゃんがツッコミしとるーーーっ!」
春眠も夜船もまるでピクニックの食事のように、巨大人魚をそっちのけで和気藹々だ。
巨大人魚の顔が真っ赤になって、わなないていく――。
「蛮族許すまじ! グソクムシの餌にしてくれるーーーっ!」
巨大人魚は猛りながら腕を振り上げ、得夢たちをシールドごとぶっ飛ばす。
「うわああっ、なんか我を忘れるほどに怒りだしたよっ?」
得夢は慌てて身構えた。
「そりゃ得夢ちゃんたちが下品に鱗をむさぼってるからよーーっ!」
「でも居醒ちゃんが1番ようけ食べてたで?」
「居醒、お腹出てるし」
夜船とねんねが居醒のぽっこりお腹を指さした。
「こっ、これは、おめでたよっ!」
居醒にはお茶を濁す程度の冗談だったが。
怒髪天をつく勢いで、憤怒を込み上げる春眠がそこにいた。
「だ~れ~の~子~よ~~~~~っ!」
「ひええーーっ、処女受胎ですーーっ!」
「あなたたちっ、そろそろ危険よ! 散らばって!」
帳が警告した直後。
「させぬぞっ!」
高速で海水を掻き回していた巨大人魚が、渦の竜巻を作り出して、得夢たちに繰り出してきた。
それを間一髪で躱し続ける得夢たちだが。
しかしながら、居醒が渦に巻き込まれて捕まった。
「う、うごけないっ……」
金縛りのように固まっている居醒を、得夢たちが救助に向かうがそれより早く。
巨大人魚の大爪が、居醒を攻撃間合いに捕まえていた。
「手遅れじゃ! こやつは見捨てろっ! さもなくば全員八つ裂きじゃーーーっ!」
「居醒ちゃーーんっ!」
「得夢ちゃ……、来ちゃだめーーっ」
得夢たちはかまわず渦の中へ飛び込んだ。
そして巨大人魚の大爪を皆で受け止め、ダメージを分かち合う。
すると……、渦が弾けて消え失せた!
「なにっ! 看破した……じゃとっ!」
得夢たちをはったと見据えて人魚が驚く。
「わたしたちは寄せ集めの仲間じゃないっ!」
「たくさん冒険して、一緒に苦難を乗り越えてきた仲間やでっ!」
「これがねんねたちの友情っ!」
「わたしたちの絆は引き裂けないわっ!」
得夢と夜船とねんねと春眠、4人は居醒の盾となって身構えた。
「み、みんなあっ……。わたしのことをそこまで……!」
居醒が瞳を潤ませる。
「当然だよ、居醒ちゃんっ! ツッコミがいなくなったら、誰がこのメンバーまとめるのっ!」と、得夢。
「1日1回はツッコまれんと、ストレスたまってしまうんやっ!」と、夜船。
「居醒いじり、最高!」と、ねんね。
「つまり居醒ちゃんはみんなの捌け口! みんなのおもちゃ! みんなの愛されキャラなんだからーーーっ!」
「春眠っ、それホントに愛されてるのーーーっ!」
帳が涙を浮かべて拭い取る。
「居醒さん、あなた、みんなに可愛がられているのね……!」
「それは良い意味っ? 悪い意味ーーーっ?」
得夢は居醒の肩を掴んで歯を光らせた。
「居醒ちゃん! お陰で人魚の攻略方法がわかったよ!」
「えっ、今のやりとりの、どこがっ?」
「ダメージを一緒に受けて分散させたってところやな! 得夢ちゃんっ!」
「バラバラはダメってこと」
「怪人なら海の中でも、息を合わせて攻撃することが可能だわっ!」
夜船もねんねも春眠も、歯を光らせて親指を突き立てる。
「いったい、どういうことーーっ?」
「居醒さん、まだわからなくて? 6人が結束して、同時に切り口から斬り抜けろってことよ」
「帳お姉様、そういうことか!」
居醒はなるほどと手を打った。
「そうだろっ、でかぶつ人魚ーーっ!」
得夢が気概を示威するが、巨大人魚は不敵な笑みを見せつけた。
「だったらどうしたっ! ひとりでも欠ければ、わらわを倒せぬわーーーっ!」
巨大人魚は得夢たちの周縁を、空を舞うような速さで周回し始めた。
そして四方八方から渦の竜巻を連続で撃ち放つ。
「なんやあのスピードッ!」
「怪人スキルでも対処できない!」
「これじゃ同時攻撃どころか、渦を避けるので手一杯だよっ!」
夜船もねんねも得夢もみんな、激しさの増す攻撃に体力を消耗させる一方だ。
「ねえ、得夢ちゃん。人魚の動きを止めてしまえばいいんじゃない?」
「眠ちゃん、なにか良いアイデアあるのっ?」
春眠は居醒を指さした。
居醒はなにやら手品のように手を動かして、小さい渦を作り出している。
「居醒ちゃんっ、それどうやって作ったのっ?」
得夢は目を丸くした。
「さっき捕まったときに、なんとなく真似できるような気がしたの」
夜船はピンときた。
「それって、怪人スキルのひとつやないっ?」
ねんねも大きく頷いた。
「何でも瞬時にコピーできるのが怪人」
得夢が期待に胸を膨らませて言う。
「みんなで力を合わせて巨大な渦を作り出せればっ!」
「あの人魚の動きを封じ込められるわねっ!」
春眠が起死回生の策を締め括る。
「いい考えね。みんな来て!」
帳の元へ得夢たちは集まって、手探りで渦を作り始めた。
「バカめっ! 一網打尽じゃーーーっ!」
巨大人魚が渦を集中砲火する。
渦が得夢たちに直撃したかと思われたとき!
得夢たちの前に大渦が現れた!
渦と渦とが激しくぶつかり合って、優劣を凌ぎ合う。
「いっけえっ、わたしたちの絆パワーーーーーッ!」
得夢たちの作った大渦が、
巨大人魚の渦を押して返して、
ついには競り勝ち、
打ち破る!
「なっ、んじゃとっ……!」
巨大人魚の図体よりも大きくなった大渦は、逃げる巨大人魚の尾びれを捕らえて飲み込んだ。
巨大人魚ははりつけの状態になり、大渦の中で硬直する。
「六つの切り口を同時攻撃よ!」
「おおーーーっ!」
帳の合図で得夢たちは口火を切った。
息をピタリと申し合わせて、おのおのの切り口を斬りつける。
そして切り取り線から心臓までを、一気に同時に斬り抜いた!
巨大人魚は断末魔をあげ、大渦の中で粉々に砕け散っていく――。
「わらわたちがっ、わらわたちがっ、何をしたーーっ! 身勝手な人間どもが~~~~~っ……。た、す、け、て……」
芯のように残ったナイトメア・トレジャーが、小さな結晶となって粉砕する。
辺りはマリンスノーに包まれたかのように、プラスチックの雪が舞った。
「やったわっ!」
「得夢ちゃんの作戦で正解だったわねっ!」
居醒と春眠が得夢の手を取り喜び合うが。
「でもちょっとかわいそうだった」
得夢は悲しげな面持ちで雪を見上げた。
「身勝手な人間か……、そうかもしれへん」
「これが便利な社会と引き換えの末に生まれた犠牲」
夜船とねんねがプラスチックのナイトメア・トレジャーをひとつ摘まんで透かし見た。
「そうね。けれども、いま感傷に浸っても現実は変わらないわ。入り込んでしまった人を探しましょう」
「帳お姉様の言うとおりだね。みんな手分けしよう!」
得夢たちは散り散りに散らばって、町の各地へと降りていったのだった。
海に沈んだ町中は、潮目が変わったせいか、泥が舞い上がっていた。
靄がかかったように視界が悪く、何かが潜んでいそうでおっかない。
それでも探索できたのは、怪人スキルの暗視や赤外線探知などのお陰だろう。
そして高校の近くに住んでいる居醒には土地勘もある。
町の明かりも喧騒も、すべてが消え失せてしまった不気味な世界を、居醒はちょこちょこと後ろを振り返えりつつ、人が立ち寄りそうなコンビニなどを歩いて回った。
「だ、だれかいませんか~~~」
居醒がそう声をかけたとき、かすかに。
「だ、誰かいませんかーー……」
と、声がした。
「ひっ、山彦っ?」
生活音がなく、しんと静まりかえった町とは言え、木霊なんかが聞こえてくるはずがない。
「春眠なのっ? やめてよっ!」
「春眠なのっ? それ誰……」
「ひーーーっ」
怪人スキルで辺りを見渡すが、誰も見当たらない。
真後ろをもう一度確かめて。
振り向き直った居醒の前に、山姥デビルの悪魔の顔が!
「ぎゃあああああっ!」
居醒の悲鳴を聞きつけて、得夢たちが飛んできた。
「居醒ちゃんっ、どうしたのっ?」
「よよよ呼びかけたら、だれかが声真似してきてーーっ!」
「声真似?」
「反響やなくて?」
ねんねと夜船が小首をかしげて見合わせる。
「そしたら山姥デビルがっ、ばああってーーっ!」
「得夢ちゃんの悪夢で戦った、あの悪魔メイクの夢魔かしら?」
居醒は春眠に何度も頷いた。
皆が辺りを見渡すが、得夢たち以外に気配はない。
「また夜船ちゃんとねんねちゃん?」
得夢の問いに、居醒は自信なさげに首を振る。
「よく見てないからわからないけど、ひとりだった!」
帳が改めて周囲を見通してみる。
「この町には何かが潜んでいるようね」
「隠れてないで、出てこいっ!」
得夢が大声で呼びかけると。
「隠れてないで、こっちだよ……」
得夢の声で返事があった。
「ほらーーーっ!」
居醒が震え上がって得夢にすがりつく。
「本当だわ!」と、春眠。
「どっちから声がした?」と、夜船。
「向こうっぽい」と、ねんね。
「行ってみましょう」
帳が進んだ方向へ、得夢たちも追尾した。
沈んだ町の上方を、飛ぶように潜行してすぐに。
「こっちだよ……」
声の発生源も移動しているようだった。
しばらく進むと、声のする方角に大きな山の裾野が見えてきた。
得夢たちは海面に浮上して、上空へと飛翔する。
均整の取れた美しい山際に、雪を湛えた見事なまでの独立峰。
それは――。
「赤富士だーーーっ!」
血色に染まった日本最高峰の活火山に、得夢たちは息を呑み込んだ。
「何か飛んでるわっ!」
春眠が飛翔体を指さした。
「人やっ!」と、夜船。
「山頂に向かってる」と、ねんね。
「火口に入っちゃったっ!」と、居醒。
「あそこに何かありそうね」
「帳お姉様、行ってみましょう!」
得夢たちが富士山頂の火口へ向かおうとしたそのとき。
火口から猛烈な噴煙と、真っ赤な溶岩が噴き出してきた。
大爆発の衝撃波が空振を起こして、得夢たちを激しく押しのける。
山麓が溶岩流に飲み込まれ、高高度まで噴き上がった火山灰とマグマが、火山雷を発生させて轟音を響かせた。
「これ確かっ、予知夢だったよねっ……?」
あらゆるものが灼熱の赤に変わっていくその前景に、得夢たちは呆然と立ち尽くし、畏怖の念を抱かずにはいられなかった。
霊峰富士がいま正に、大噴火を起こしたのである。