2夜目「怪しいからって、拙悪とは限りません!」
「武器商人のAOSが機能してるか試してみよう。なにがあるかわからないしね」
得夢が頬に手を当てて、どんな装備にしようかと思案し始めたところに。
「また超人っ?」
居醒は両手でお尻を隠した。
超人装備とはその名の通り、すべてが超人レベルの力を発揮する高性能な装備なのだが。
その装束は乙女の恥じらいを崩壊させる、下着丸出しなデザインなのである。
「やっぱりアレは恥ずかしい?」
「得夢ちゃん。恥ずかしいっていうか、今日はダメっていうか……」
「今日は?」
夜船とねんねが居醒を察して項垂れた。
「居醒ちゃん、いくらケチだからって、下着くらい穿かんとあかんで」
「露出狂、良くない」
「ちゃんと穿いてるわーーーっ!」
春眠が居醒のスカートをペロンとめくって、うれしそうに悶絶する。
「キャラパンねっ!」
「それしかなかったのーーっ!」
居醒は涙をほとばしらせては、お尻をスカートの中へと仕舞い込む。
そんな居醒を見かねて。
「超人装備が苦手なら、怪人装備はどうかしら。違いは衣装くらいなものよ」
と、帳が提案してみるが。
「かっ、怪人装備~~っ?」
「かっ、怪人装備ーーっ!」
居醒が顔面蒼白になる一方。
ねんねが胸を躍らせる。
「いかにも蠱惑的な装束ねっ!」
「はううっ」
春眠はねんねと頷き合って、鼻息を荒くした。
「ねんねは怪人がいいっ!」
「ええやん! いっぺんやってみよ!」
「夜船ちゃんも賛成みたいだね。よし、せーので行っくよーっ!」
得夢たちは大きく息を吸って、ナイトメア・ゴールドをばら撒いた。
「せーのっ、怪人装備! 怪人スキル! 怪人のエンチャント!」
得夢たちの制服が毒々しい光を放って変形し始めた。
タンクトップとホットパンツを組み合わせたようなセパレーツタイプのスイムスーツに、ブーツとグローブ、そして首飾りのチョーカーが現れた。
それらはツヤのあるラバー素材でできていて、そこへ全身タイツが各パーツをつなぎ合わせるように、露出した素肌をぴっちぴちに覆っている。
「ひーーっ、これじゃ怪人というより、変人だわーーっ!」
ラバーのトップスを掴んで引き伸ばしては、居醒はバチンと弾いてみせた。
「ボディーラインがセクシーね!」
春眠が胸を寄せて魅惑のポーズを決めてみせると。
「怪盗コスみたいでかっこいいじゃない!」
得夢も小粋なポーズをしてみせた。
「怪盗ラバーッ」
「見参っ!」
ねんねと夜船はヒーローごっこのようなポーズをみせて、居醒に物欲しそうな顔を覗かせた。
「ほらほら、居醒もポーズ、ポーズ!」
「居醒ちゃんがリーダーやでっ!」
「変人のリーダーなんかするかっ!」
「でも居醒ちゃんが1番似合ってるで?」
「どこからどう見ても変態」
「変態に昇格してるぅーーーっ!」
帳がクスクスと笑いながら。
「だけど、ボディーペイントじゃなくて良かったわね」
「人ごとだと思って! どうせ帳お姉様は違う装備なんでしょ! ……って、ええーーっ!」
居醒の瞳に映るのは、紛れもなく怪人装備に包まれた、帳が威風堂々と立っていた!
心に曇りなど一点もなく。
羞恥心のひと欠片も見当たらない才女の勇姿。
それはまさしく、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
ただし、ラバーとタイツの怪人装備だが。
居醒の瞳がぐるぐる回り出してきた。
「な、なんだか怪人装備がかっこよく見えてきたぁ~~~」
「姿勢良ければ無様なし、よ!」
帳も瀟洒なポーズをしてみせた。
「帳お姉様、ちょっと笑ってない?」
「笑ってる! 笑ってる!」
帳の今にも噴き出しそうな真面目な顔に、得夢たちは思わず噴き出した。
武器がちゃんと具現化されるかどうか、得夢たちが両手両足を振ってみる。
超人装備は空手チョップのような振りをすると、手足の先から武器が具現化したからだ。
得夢は四肢から烈風の大剣が。
夜船は火炎のハルバードが。
ねんねには氷結のソード・ブレイカーが。
春眠はシールドにもなる大地の大鎌で。
居醒には迅雷の対物ライフルが具現化されて出た。
「超人装備と同じですね!」
「特に問題なさそうね」
帳は得夢に頷いて、四肢から光暁のツイン長刀を具現化しては、回転しながら宙を舞う。
「それにしても、本当にわたしにそっくりね!」
自分と同じ姿をした夢の住人に近づいて、居醒がほっぺたをぷにぷにと押してみる。
何をしても反応はなく、抵抗もない。
ところがほっぺを押し続けていると……。
突然。
「うがあっ!」
牙を剥き出し噛みついてきた!
それを既の所で居醒が飛び退く。
「わっ、怒ったっ!」
瞳と口から赤黒い石油の涙と涎を垂れ落とし、まるで狂犬病にかかったように凶暴だ。
これをきっかけにして、病が一瞬にして伝染したかのように。
夢の住人たちが一斉に襲いかかってきた!
「うらめしやーーーっ! がるるうっ」
「ぎゃーーっ、帳お姉様ーーっ!」
死に物狂いで逃げてくる居醒に。
「居醒さん? どうしたのぉっ……」
帳は息を飲み込んだ。
居醒のすぐ後ろから、赤黒い涙や涎を垂らした狂気の沙汰の集団が、今にも噛みつく勢いで押し寄せてくる。
得夢たちも異変に気がつき、たちまち大パニックだ。
「居醒ちゃんのバカッ、こんなに親戚連れてきてーーっ!」
「やっぱり夢魔やったんやっ!」
「切り口が見える!」
得夢と夜船とねんねの目に、はっきりと映し出されたV字型の切り口は、夢魔にしか現れないものだった。
そこから斬りつけることで、夢魔を一撃で倒すことができるのだ。
「まあ素敵っ、さっそく怪人装備を試してみましょっ!」
春眠が言下に武器を具現化するが。
帳がそれを即座に制止した。
「倒してはダメ! これは予知夢なのよ! リアルでも人が消えかねないわ!」
「じゃあ、どうすればっ!」
帳が得夢の背中に手を押し当てて。
「走るのよーーっ!」
得夢たちは脱兎のごとく逃げ出した。
「あれを見てっ! 足跡があるっ!」
居醒が見つけた足跡は、海の中へと続いているようだ。
「やっぱり誰か入ってきてるんやーーっ!」と、夜船。
「でもなんで海の方にーーっ?」と、得夢。
「とりあえず、後を追ってみましょう!」
帳の言葉に従って、得夢たちが海の中へと駆け込んでゆく。
ところが居醒だけはなぜだか立ち止まってしまった。
「みんな待って~~っ! 怪人スキルを潜行スキルに変更するから~~っ!」
「居醒さん、その必要はなくてよ!」
帳が急いで居醒の手を掴む。
「海にひそむ怪人だっているじゃないっ!」
得夢も居醒の手を引いた。
「でもその理屈だと、空も飛べるし、地中に潜れちゃう怪人だって……」
「だから超人スキルと変わらない」
「全部入りやで、居醒ちゃんっ!」
「怪しくても万能よっ!」
ねんねと夜船と春眠が片目を閉じて、居醒に親指を突き立てた。
得夢たちはゴミをかき分けながら、波立つ海へと潜行していく。
海の中へ入っても、水の抵抗を感じなければ、潮の流れに飲まれることもない。
陸と何ら変わらぬ自由が海の中でもあることに、居醒は改めて驚いた。
「帳お姉様っ、怪人スキルってしゅごいですねっ!」
「ふふ、そうね!」
海中へとすっかり潜った得夢たちだが、その背後に迫るのは。
「まだ追ってくるわーーっ!」
「眠ちゃんっ、全速力で走るんやーーっ!」
「夜船はお尻、噛みつかれそう。ふふ」
「ねんねちゃんっ、この夢魔、足が速すぎないーーっ?」
砂浜から続く足跡を、得夢たちが猛スピードで辿って行くと、下へと続く階段が見えてきた。
なだらかだった海底は、その階段から急激に深くなっているようで。
得夢たちが勢い余って、階段を飛び出すようにジャンプする。
水の抵抗を受けないせいか、崖から飛び降りたかのように、得夢たちは猛スピードで深海へと落下していった。
「うぉおおおおおおっ!」
階段の遙か下方に人工物が見えてきた。
それは民家のような形をしている。
視界が広がっていくうちに、民家の数が末広がりに増え――。
なんと、上から見下ろす町並みの全貌が、海の底に現れた。
「町がっ、町が丸ごと沈んでるーーっ!」と、得夢。
「あれはわたしたちの学校じゃないーーっ?」と、居醒。
「置いてきたお弁当あるかしらーーっ!」と、春眠。
「ねんねもお腹すいてきたーーっ!」
「ちょっと待ってっ、人がおるーーっ!」と、夜船。
黒ずんだ人影が町のあちこちから集まってきた。
「こんなところに人が住んでるのーーっ?」と、居醒。
「こっちに向かってくるわ。お迎えねーーっ!」と、春眠。
「違うっ、あれは人じゃないっ!」
「どうやら歓迎されてはなさそうよ!」
得夢と帳がいち早く異変に気がついた。
両足にはヒレがあり、手には水かきがついている。
肌は鱗に覆われていて、上半身は人間の腕が生えたシーラカンスの様相だ。
「国産肉が侵入したぞーーっ!」
「人肉シチューに人肉ステーキッ!」
「腹がはち切れるまで喰い尽くせーーっ!」
目や口から赤黒い石油を噴き出しながら、銛をかざして押し寄せてくるその集団は。
「半魚人の大群だーーーっ!」
「みんな、応戦に備えてっ!」
帳の合図と同時に、得夢たちが武器を具現化する。
「うおおっ、3枚におろして食ったるねんーっ!」
と、夜船が先陣を切って突っ込んでゆく。
「ちょっと待って! あんなゲテモノ、食べちゃうのーーっ?」
「居醒、食われる前に食うのが怪人っ!」
と、ねんねも血気盛んに反撃に出た。
「眠ちゃんっ、怪人ならゲテモノでも消化できるよねっ!」
「得夢ちゃんっ、お腹を壊さないってゾクゾクするわねっ!」
得夢も春眠も目がギラギラだ。
「みんな空腹でおかしくなってるぅーーーっ!」
四方に散らばった得夢たちが、怪人スキルで半魚人の切り口を見つけては、そこへ刃を突きつけ切り裂いていく。
帳は半魚人の群れへ彗星のごとく突っ込んで、一筋の剣筋で多くの夢魔を退治した。
帳には及ばずとも、得夢や夜船や春眠も、群を一刀両断できるようになってきた。
ねんねは両手両足で同時に切りつけ、居醒も4体同時に撃ち倒す。
そんな交戦のさなかに。
うつむいたまま春眠が立ち止まっている。
「どうしたの?」
居醒が声をかけてみると。
春眠は直径2センチほどもあるダイヤモンドを見せつけた。
「なにその特大ダイヤッ!」
居醒が驚喜しながら駆け寄るも、春眠はそれを投げ捨てた。
「ちょっ、なにするのっ!」
「半魚人ちゃんのお腹にあるのはね、全部プラスチックのゴミなのよーーっ!」
半魚人を倒して得た数々のナイトメア・トレジャー。
居醒はそれらを確認してみた。
ルビーも、サファイアも、エメラルドも、ダイヤモンドも、どれをとってもプラスチックになっている。
「偽物だーーーっ!」
居醒が全部投げ捨て泣き叫ぶ。
「それ、逆夢に変えれば本物よ」
帳が通りがけに言ってあげると。
「誰よっ、大切な資源を無駄にしてーーっ!」
居醒と春眠が大慌てで拾い直したのは言うまでもない。
海底の町から大きな黒い塊が浮上してきた。
それは次第に人の姿に見えてくる。
上半身は人間の女性そのものだが。
下半身は魚の姿をした、俗に言う人魚の風貌だ。
ただしその図体は、25メートルプールをも凌ぐ巨大さである。
「おまえらは、わらわたちの腹の中の財宝が目当てだなーーーっ!」
「ぎゃあっ、出たーーーっ!」
居醒は巨大な人魚に向かって乱射した。
「居醒さん、落ち着いて! 切り口を見極めなさい!」
「はっ、帳お姉様、そうだった!」
居醒がぐっと目を凝らして見定める。
「あったわっ! 右の脇の下っ!」
「えっ? 足の付け根やないっ?」と、夜船。
「わたしには左の腰が切り口に見えてるわっ!」と、春眠。
「ねんねは脳天に見える」
「ホントだっ! 切り口がたくさんあるっ! どうなってるのっ?」
得夢たちが帳に困惑の目を向けた。
「それぞれの切り口から伸びている切り取り線が、心臓に向かって伸びているわね。どういうことかしら……」
「こんだけ切り口あったら誰か攻撃できるやろっ! こいつちょろいで、得夢ちゃんっ!」
「夜船ちゃんの言うとおりかも! ようしっ、みんなで総攻撃だっ!」
守りに隙がある切り口に、得夢たちがそれぞれ斬りかかって攻撃する。
人魚の鱗はいともあっさりと斬り裂かれ、切り取り線に沿って胸まで切断する。
「得夢ちゃんっ、切り口さえ見破れば、どんな夢魔も恐ないなっ!」
そのはずだった、のだが。
「夜船ちゃんっ、ちょっと待ってっ!」
「なんかおかしい」
「斬ったところが元に戻っていくわっ!」
ねんねと春眠が距離を取って、全体像を見渡した。
四方八方から切り裂かれていた人魚の体が、磁石のようにピタリと引っつき合わさっていく。
「帳お姉様っ、これは一体っ……」
「もう一度、試してみましょう」
得夢たちが再び切り取り線を斬り抜くが、巨大人魚は再生を繰り返し、倒すことは叶わなかった。
「烏合の衆が集ったところで、わらわを屠ることなどできぬのじゃーーーーーっ!」
巨大人魚は長くて鋭い爪を剥き出した。
そして鱗を逆立て、鋭利な礫のように撃ち出しながら、得夢たちに襲いかかってきたのだった!