1夜目「星が見る夢」
前作を読まなくっても大丈夫!
なので、お気軽にお付き合いください!
もし気になったらシリーズ作品を読んでみてね^^
悪夢を生み出す魔物=夢魔に大運動会が乗っ取られた大事件。
それが無事に解決された日から週明けの。
お昼休み時間から物語は始まります。
大運動会に参加していた得夢たち一行は、帳に助けてもらったお礼を言うために、上級生の教室へと向かっていた。
校舎の1階にある1年生の教室から、3年生の教室がある3階へ。
階段を上って壁に身を寄せ、角から廊下をそっと覗き見る。
「なんや空気が違うで、得夢ちゃん……」
1年生より大人びた匂いを感じて、夜船が胸をドキドキさせた。
「深層悪夢と違った緊張感」
「気安く来ちゃいけないような世界だね」
ねんねと得夢は3年生を見て息を潜めた。
「ところで、帳さんは何組にいるのかしら」
春眠の質問に、皆が「あっ……」とお互いを見た。
「しもたぁっ、聞いてなかったわぁ!」
夜船は頭を抱えて反り返った。
「居醒、上級生に聞いてきて」
ねんねが居醒の背中を押すと。
「い、嫌よっ! こういうのは得夢ちゃんが聞くべきだわ! 部長だしっ!」
居醒も得夢の背中を押し出した。
得夢たちは悪夢研究部のメンバーで、得夢が部長ということになっている。
「部長なんてただの肩書きだよっ! あっぷっぷ、で決めよう!」
「どうして、にらめっこ?」
得夢の子供っぽい提案に、春眠はぷっと噴き出した。
ねんねと夜船が居醒の顔をじっと見て、「ずるい」と言わんばかりに唇をとがらせる。
「居醒、ちょー有利」
「居醒ちゃん、変顔の美人コンテストで審査員を笑い殺したことあるもんな!」
「わたしは変顔の殺し屋かーーっ!」
居醒がねんねと夜船に戯れツッコミをしていると、春眠が皆の肩を叩いて呼びかけてきた。
「見て! 女の子が絡まれてるわっ!」
廊下の隅に追いやられた背丈の小さな女生徒が、巨漢の上級生ふたりに囲まれている。
「おいおい、なんでこんなところに下級生がいるのかなあ」
「ちょうどいいじゃない。あたいらの菓子パン、買ってきてよ?」
小柄な女子は突き飛ばされても、声すら出せないほどに震え上がっているようだ。
「助けに行こうっ!」
「助けるったってここは夢じゃないのよっ……って、もう!」
得夢と夜船とねんねが勇ましく飛び出したのを、ドギマギしながら居醒も後を追いかけた。
得夢たちが勇敢なのは、悪夢の世界で夢魔(魔物)と実戦を重ねて勝利してきた自負からだろう。
悪夢に出てくる夢魔には賞金がかけられていて、得夢たちは悪夢を退治する貘と呼ばれるプロの賞金稼ぎなのである。
「あのっ! その子、怖がってるじゃないですかっ!」
背後から得夢に注意を受けて、上級生ふたりがのっそりと振り返る。
「なんだよ。おまえ1年か? おまえらが代わりに買って来てくれんのかっ?」
「ついでにアイスも頼むわっ!」
上級生ふたりは凄みを利かせて、得夢と居醒の襟を締め上げた。
「1番後ろにいたのに、なんでわたしなのーーーっ!」
居醒は吊り上げられて、ごめんなさいを何度も叫ぶ。
それでも上級生ふたりは顎を突き出し、いつでも頭突きを繰り出しそうな形相だ。
「得夢ちゃんと居醒ちゃんを放せっ!」
「暴力、良くない!」
夜船とねんねが非難をするが。
そこへ新たな上級生ふたりが現れた。
「なに、この1年!」
「ちょっと絞めてやろうよ!」
夜船もねんねも襟首を捕まれて、吊り上げられてしまった、そのとき。
春眠が階段に向かって大声を張り上げた。
「あっ! 生活指導の先生、こんにちはーーっ!」
それを聞いた上級生は舌打ちし、クモの子を散らすようにその場から逃げ去った。
春眠が眉をひそめて駆け寄ってきた。
「みんな、だいじょうぶ?」
「春眠、グッジョブ」
「助かったわぁ」
「いつもの癖で飛び出しちゃったよ」
「どうなることかと思ったわ!」
ねんねと夜船と得夢と居醒、ほっとする彼女たちに、絡まれていた女生徒がくすっと笑ってつぶやいた。
「あなたたちも災難ね!」
その聞き覚えのある台詞と声に、皆が「えっ?」となって女生徒の顔を覗き込む。
ロールの利いた長めのツインテールに包まれているその顔は。
凜とした顔立ちの、澄み渡った明眸皓歯。
十代前半の顔立ちからは想像できないほどの、気品あふれる気高いレディー。
それは正しく――。
「帳お姉様っ?」
ただし、今は誰よりも小柄であるが。
「リアルでも勇敢なのね」
夢の世界で見た英姿颯爽とは違い、自分たちよりずっとか弱い容貌に、得夢たちが目をこする。
「いや……、妹さんっ?」
「いいえ、私が丑三帳、本人よ」
帳が小さな身体で胸を張る。
「ええーーーっ! まさか帳お姉様がロリっ子だったなんてーーっ」
「あはーーっ、うちらの憧れがーーっ」
「嫌いじゃない。でもショッキング」
「これじゃ一緒に寝たら犯罪よーーっ」
得夢と夜船とねんねと居醒が両手をついて、倒れるように項垂れる。
「なんだかとても失望させてしまったようで悪いわね」
帳が申し訳なさそうに苦笑するが。
愕然としている得夢たちとは裏腹に、興奮冷めやらぬ者がいた!
春眠はどこから出したのか、ゾンビのクマのぬいぐるみを帳に押しつけ、いだかせる。
「だいじょうぶよっ、帳ちゃんっ!」
「帳ちゃんっ?」
「さあっ、小生意気になりなさいっ! お姉さんがベッドで無理矢理いい夢みせてあげるからーーーっ! はあっ、はああっ」
「春眠、誤解を招く萌え方やめてーーーっ!」
「居醒ちゃんっ! 帳ちゃんはみんなの妹よっ! 守ってあげるのは当然でしょっ!」
春眠に触発されたのか、得夢とねんねと夜船がすっくと立ち上がる。
「そうだねっ、妹チックなお姉様に萌えたっていいじゃないっ!」
「小さい子はねんねたちの宝っ!」
「うちらが愛でてなにが悪いんやーーっ!」
「なんか開き直ってるーーーっ!」
「あの、これでも、あなたたちより2年先輩よ」
ツッコミに精を出す居醒の背後から顔だけ出して、心外だとばかりに困り汗をかく帳であった。
「居醒ちゃん、なんだか頭がクラクラしてきたわ!」
「春眠、興奮しすぎよっ!」
「いや、待って。これは校舎が揺れてるんじゃないっ?」
得夢は足を広げて踏ん張った。
「地震っ?」
「結構でかいでっ!」
ねんねと夜船も腕を取り合い揺れにこらえる。
「ちょっとっ、あれなにーーーっ?」
居醒が窓の外を指さした。
グラウンドから二枚貝を輪切りにしたような物体が隆起してくる。
それは陸上競技の競争路よりも大きくて。
見る見るうちに、その巨体の影が4階建ての校舎を覆い隠して暗くした。
「どこかで見たような……」
得夢が小首をかしげて仰ぎ見る。
「巨大なサンドイッチ?」と、ねんね。
「どっちかっていうたら、餃子やない?」と、夜船。
「あれは豚バラ肉と白菜のミルフィーユだわ!」と、春眠。
「みんな、お腹空いてるのねーーっ?」
居醒も謎の物体が、おにぎりの断面に見えてきた。
「居醒さん、あれは……、あれは悪夢への入り口よ!」
「うそーーっ?」
「帳ちゃんの言うとおりだ! 悪夢への入り口に間違いないよっ!」
得夢は窓にへばりついて、悪夢の入り口を仰ぎ見た。
悪夢を支配している夢魔たちが、現実世界を転覆させて、悪夢の世界と入れ替えようと企んでいる今日では、現実世界に悪夢への入り口が顕在化することは珍しいことではない。
しかしその大きさのほとんどは、人の背丈をひと回り大きくした程度が通常で、今回現れた入り口は尋常ではないほどの大きさと言えよう。
「得夢ちゃんっ、あんな巨大な悪夢を誰が見てるんやっ? リアルにも巨人がおるんやろかっ?」
「夜船、UMAなら、ねんねが見つけてペットにする! はううっ」
「ねんねちゃんがどうやって飼い慣らすのか見てみたいわねっ!」
「春眠っ、これは冗談なんかじゃないわ! 地中から出てきたってことは、きっと地底巨人の悪夢なのよっ! そうでしょっ、帳ちゃんっ!」
「居醒さん、これは巨人と言うより、まるで地球が悪夢を見ているかのようよ」
揺れが収まると同時に、全校生徒が悪夢の入り口を見て騒ぎ始めた。
「なんかおかしいで。あれ、ほんまに悪夢の入り口か?」
夜船が得夢とねんねに問いかける。
「あれが悪夢の入り口なら、貘にしか見えないはずだよね」
「みんなにも見えてるっぽい」
生徒たちがグラウンドに集まり始めた。
「私たちも近くに行ってみましょう」
帳と得夢たちは校舎を降りて、グラウンドへ駆けだした。
そこには5階建てのビルに相当するほどまで大きくなった、巨大な悪夢の入り口がそびえ立っていた。
「あんたたちも来たのね!」
得夢たちに声をかけてきたのは、ナイトメア・オーキッド採集任務のときに、夢魔に取り憑かれていたところを助け出してあげた貘の少女だ。
「魔女さん!」
彼女は剣や銃のような物理攻撃とは違って、火炎を操ることから魔女と呼ばれているようだ。
「帳さんも一緒なんだ!」
「お久しぶりね。内浦さん」
帳が魔女と呼ばれる少女に会釈する。
「自己紹介がまだだったわね。あたしは内浦百夜。百の夜と書いて、ひゃくやよ!」
「百夜ちゃんって言うんだあ!」
得夢たちはニッタリ笑った。
「ちょ、ももよちゃんじゃないっ! ひゃくやだっ!」
「ももちゃん! ももちゃん!」
「ももちゃんって呼ぶなーーっ!」
百夜よりも「ももちゃん!」という呼称が皆しっくり来たようで。
「わたしたちは向こうから順に、夜船ちゃん、ねんねちゃん、得夢ちゃん、春眠。そしてわたし、居醒よ!」
みんなで軽く打ち解け合ったのちに。
百夜が悪夢の入り口を見上げて帳につぶやく。
「それにしてもこれは一体どうなってるの?」
「まったく未曾有の超常現象ね」
生徒が群がって、物珍しそうに入り口を覗き込んでいる。
「誰か入り込んでるんとちゃうか!」
夜船が人垣から心配そうに垣間見た。
「得夢ちゃん、もし普通の人が入っちゃったらどうなるの?」
「居醒ちゃん、そんなこと今まで一度もなかったからわからないよ!」
「無防備な生身じゃ夢魔に勝てるわけがない」
「夢魔に捕らわれてしまったら最後、死ぬまで悪夢を見続けることになりかねないわ」
居醒と得夢に並んで、ねんねと帳も固唾を呑んで入り口を見る。
「入ってしまった人がいないかどうか、わたしたちが調べに行くしかなさそうね!」
しかし、春眠だけはひとりワクワクだ。
「今のあたしは完全に無力。残念だけど、人が入らないようにここで見張ってるよ!」
「ももちゃん、お願い!」
「ももちゃんじゃないーーっ!」
得夢が百夜の手を堅く握り取る。
「あたしから魔力を奪ったやつの気配がかすかにするの。くれぐれも気をつけて!」
得夢たちは百夜と互いに頷き合った。
「でもどうやって入ろうか」と、得夢。
「入るところを見られたらまずい」と、ねんね。
「みんなが押し寄せてきたら収集がつかなくなるで!」と、夜船。
「あたしに任せろっ!」
百夜は悪夢の入り口前に躍り出て、天空を指さした。
「あーーっ! 半裸のイケメン天使が腰振りダンスで飛んでくるーーーっ!」
「えーーっ、どこどこ?」
「どこよーーっ?」
生徒たちが空へ気を取られている合間に、得夢たちは悪夢の入り口へと飛び入ったのだった。
全長15メートルはあろうかという、悪夢への入り口。
そこから続いていた悪夢の世界は、粗大ゴミやプラスチックゴミがたくさん打ち上げられている砂浜だった。
時は夜だとしかわからない。
月は雲に隠されて薄暗く、ゴミが打ち上がる波音だけが聞こえている。
「蒸しあっつ! 得夢ちゃん、ここはまるで赤道直下やで」
「夜船ちゃん、それ以上だよ、これは……」
夜船は制服をパタパタさせて、得夢は額の汗を拭い取った。
「息を吸うたびに胸が熱いわ!」
春眠が胸に手を当てる。
「深層とはまた違った負荷ね」
帳はわずかに顔をしかめた。
「ねんねもこんなの初めて」
「誰かいるっ!」
居醒が薄闇に目を凝らすなか。
得夢や夜船やねんね、居醒に春眠、帳とそっくりな人間が、ゴミに紛れてうろついていた。
皆、顔や体が酷く薄汚れていて、ボロボロの衣服を身に纏っている。
ようく見ていると、ずっと彼方まで海岸は続いていて。
そこには廃墟やゴミの間に隠れるようにして、学校の生徒や町の人たちが大勢蠢いていた。
「なんやっ、夢魔かっ?」
夜船たちが構えるが、彼女たちが襲ってくる気配はなかった。
それどころか、うつろな目をした無気力な状態で、放心しているようにも見える。
「敵意がないね」と、得夢。
「他人の空似?」と、ねんね。
「今までの悪夢とは違うわね!」と、春眠は浮き立った。
「帳ちゃん、ここは本当に悪夢なの? って、帳ちゃんがお姉様になってるーーーっ!」
誰よりも背の低かった帳が、今や誰よりも背が高くなっている。
「これは……、悪夢は悪夢でも、予知夢かもしれないわ!」
「帳お姉様、予知夢ってことは、放っておいたらリアルもこうなるってことですかっ?」
居醒がオロオロと辺りを見渡した。
「ここがどこの砂浜かわからないけれど、そういうことね」
「うちらの将来、ああなってしまうんかーーっ?」
夜船は頭を抱え込んだ。
「お金持ちには見えない」
ねんねも呆然と立ち尽くす。
「貧乏はいやーーっ!」
居醒が取り乱して泣き叫ぶのを。
「貧困というより、まるで世紀末だわ!」
春眠は抱き留めた。
「予知夢が現実になるのを防ぐには、どうすればいいんですかっ……?」
青ざめた得夢の面持ちに、帳は「一筋縄ではいかないけれど」と、表情を硬くして。
「方法はただひとつ。私たちで逆夢に変えるのよ!」
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