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危うきに近寄るべからず

 殿下とわたしの関係は大きく変わることなく、数週間が経過した。


 相変わらずちょっかい掛けられたり、時に熱い眼差しを向けられたりするけど、生徒会の仕事が本格的に忙しくなって、そもそも二人きりになる機会が激減したっていうのが大きな要因だったりする。



(まぁ、殿下が忙しい理由はそれだけじゃないけど)



 学園祭の最終日にある後夜祭。彼のパートナーに選ばれたい令嬢方が引っ切り無しに声をかけてくるため、殿下は学園内を逃げ回っていた。


 生徒会室なんて場所に留まっていたら、あっという間に呼び出されてしまい、わたしたちまで仕事にならない。

 だから殿下は、日毎に教室を変えて、そこから指令を飛ばしていた。


 そんなまどろっこしいことをしているため、どうやったって仕事は遅れる。ダンスの相手を務めたぐらいで将来が決まる訳じゃないんだし、殿下には早くパートナーを決めてほしいと思っていた。



(無難に公爵令嬢辺りを選んでおけば良いのに)



 誰からも文句の出づらい相手、と考えれば、身分の高い令嬢が一番だ。殿下の取り巻きの中にも、そういう身分の女性がいたはずで。けれど、昨日まで逃げ回っていたところを見ると、どうやらまだお相手は決まっていないらしい。



(どうする気なんだろう? もう後夜祭当日なのに)



 生徒会長である殿下が後夜祭をパスすることは不可能だ。在校生の八割が貴族という影響もあり、後夜祭はダンスで締められる。体面を考えたら、彼にパートナーが不在っていうのは無理だろう。そういうことを考えると、胸の辺りがモヤモヤする。

 


「忙しそうだね、ザラ」



 そんなわたしに声を掛けてきたのは、幼馴染のオースティンだった。


 学園祭の最終日だけあって、生徒会の面々は忙しく学園内を駆け回っている。わたしも魔法で伝令を飛ばしつつ、あちこち動き回っていた。



「そうなの。殿下の人使いが荒くて」



 こんなこと、貴族科の連中に聞かれたら問題だけど、相手はオースティンだ。声を潜めてそう伝えると、オースティンは小さく笑いながら、わたしの頭を撫でた。



「良かった、安心したよ。ザラも殿下に感化されてるんじゃないかなぁって心配してたんだけど、杞憂だったね」



 オースティンはそう言って穏やかに微笑む。



(ん? 何を心配することがあるのだろう?)



 そんなことを考えながら、わたしはそっと首を傾げる。

 オースティンはわたしに対して恋情を抱いている様子はなかったし、ただの気の合う幼馴染だ。


 わたし自身はオースティンに対して、『平凡な結婚ができる相手ナンバーワン』ぐらいの認識は抱いていたものの、何故だか今は、そこに何の魅力も感じない。



 だけど変なの。

 オースティンだって、わたしが生徒会に入ることが決まった時、将来に繋がるだなんだと喜んでくれた筈なのに。


 そんなわたしの疑問が伝わったのか、オースティンは小さく首を傾げた。



「……良いかい、ザラ。今日の20時――――後夜祭の終わりを告げるベルが鳴る迄の間に、学園の外に出るんだ」


「……え?」



 オースティンはそんなことを囁いてから、満面の笑みを浮かべる。



「どうして?」



 尋ねたものの、オースティンは瞳を細めるばかりで。

 妙な胸騒ぎがわたしを襲う。



(なに? 一体、どういうこと?)



 頭の中に浮かぶ幾つもの疑問符。


 国立学園である今夜の後夜祭には、エルヴィス殿下の父親である国王陛下や兄である王太子殿下も訪れる。お二人は20時の鐘が鳴った後、挨拶を下さることになっている。当然、生徒会の執行役員であるわたしが学園の外に出るわけにはいかない。

 そんなこと、オースティンだって当然分かっているはずなのに。



「それじゃあ、またねザラ」



 そう言ってオースティンは踵を返す。人ごみに紛れるように身を翻しながら、あっという間にわたしの視界から消えてしまった。



(オースティンは一体なにを考えているの?)



 わたしは魔法で自分の姿を消すと、そっとオースティンの後を付けた。

 オースティンは曲がり角を曲がると同時に、わたしと同じように魔法で姿を消す。けれど、そこは魔力の差。わたしからは、オースティンの姿が見えたままだ。



(こんな風に姿を消して進むなんて)



 何かを企んでいるとしか思えない。


 やがて、オースティンは校舎の壁を魔法ですり抜け、道ならぬ道を進み始めた。歪んだ異空間。一歩間違えたら抜け出せなくなる危険を孕んでいる。慎重に後をつけると、道の先には、更に大きな異空間が広がっていた。


 テーブルを囲んだ数人の魔法使いが、一斉にこちらを見つめる。



(見えてない、よね?)



 見る限り、わたしよりも魔力が強い人間はここにはいない。けれども、容赦なく浴びせられる鋭く冷たい視線に、わたしは密かに息をのんだ。



「首尾は?」


「上々。あとは20時を待つだけだ」



 見知らぬ魔法使いの問いにオースティンが答える。わたしたちよりも少し年上。恐らくは学園を卒業し、既に国のために働いている魔法使いのようだ。


 ここにいるのは見た感じ平凡な魔法使い達ばかりだけど、彼等の目には野望が見え隠れする。わたしは姿を消したまま、息を潜めて彼等の会話に耳をそばだてた。



「国王は間違いなく来るんだろうな?」


「あぁ。今はエルヴィス――――第二王子が通っているし、学園祭での挨拶は伝統行事だ。間違いなく来るだろうよ」



 オースティンは煙草を咥えつつ、そんなことを口にした。わたしの知っているオースティンとは似ても似つかない言動に、胸の動悸が収まらない。敬意のかけらも感じられない声音に身体が震えた。



「いい気なもんだな。王族、貴族って言うだけでちやほやされる。

だが、俺たち魔法使いが奴等の支配下に置かれるのも今日で終わり。これからは俺たちがこの国のトップに立つんだ」


(えぇっ⁉)



 心臓がバクバク鳴り響く。叫び声を飲み込みつつ、わたしは目を見開いた。



「悠長なお貴族連中はさぞビックリするだろうなぁ。俺たちからすれば、能力が勝っている人間が上に立つのは当然のことなんだが」


「あいつらなんて、たまたま良い身分に産まれたってだけの、大して取り柄もない人間ばかりだろ。あいつらを敬わなきゃならない理由も、従わなきゃならない理由も、特別な存在である魔法使いには一つもないっていうのに」


「まぁ、そんなお貴族様の大多数が、今夜の爆発の犠牲になるんだけどな。王族が消え、貴族の連中がいなくなりゃ、この国も変わるさ」



 邪悪な笑い声を上げる男たち。わたしは身が竦んだ。



(爆発……? この学園を?)



 広大な学園。その敷地内には今、五千を超える人間が集まっている。

 普段は手の届かない場所にいる尊き身分の王族や貴族たちが、わんさか集まっているのだ。



(殿下に知らせなくちゃ)



 このままでは大勢の人々が傷ついてしまう。国の体制を覆すという大義のもとに、関係のない人がたくさん殺されてしまう。


 そんなの絶対嫌だ。


 けれど、踵を返したその瞬間、誰かに腕をグイッと引っ張られた。



「ダメだろう、ザラ? 盗み聞きなんてしちゃ」



 振り向けば、オースティンがいつもみたいに穏やかな笑みを浮かべていた。いつの間にか魔法が剥がされ、わたしの姿が露呈している。



(しまった! アジトに罠が張られてたんだ)



 もしも魔力を制限していなければ、このぐらいの魔法、簡単に跳ね返せていた。だけど、あとから後悔したってどうにもならない。時間は巻き戻らないし、今できる事を考えなければならない。



「盗み聞きだなんて、人聞きが悪いなぁ」



 そう口にしながら、わたしは不敵に笑ってみせる。

 オースティン達は傍から見れば、とても穏やかな顔をして笑っている。けれど、こういう善良な顔をした人間が恐ろしい事をしうるって、わたしは前世で身を以って知っていた。



(ううん、皆最初からこうだったわけじゃない)



 前世でわたしを利用して戦争を起こした官僚たちは、元はごく普通の真面目な男たちだった。

 だけど彼等は、皇帝がわたしに手を出したことで変わってしまった。皇弟を使って自分たちの野望を、それを果たすだけの力がある事を知ってしまったから。


 オースティンだって元は平凡で善良な市民だった。

 だけど彼はわたしの知らないうちに『魔法使い』達がおかれた境遇への不満を募らせていた。良識を覆す何かが――魔法っていう少し特別な力が――彼を変えてしまったのだろう。



「控えめなところがザラの美徳だったのに、一体どうしちゃったの?」



 尋ねながらオースティンはわたしのことを見下ろす。



「控えめ……か。そうね、以前のわたしだったら、こんなことに足を突っ込みはしなかったかも」



 あんなに『危ないことには近づかない』って決めていたのに、自らこんな場所に飛び込んでしまった。誓いを破り、思うままに行動してしまったのは、どう考えても殿下の影響だ。何だか癪だけれど、不思議とあまり腹は立っていない。



「残念だよ、すごくね」



 冷たく響くオースティンの声に、わたしは大きく息を吸いこんだ。

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