平凡な日々をぶち壊す、俺様プリンス
わたしには前世の記憶がある。
「ザラ、今帰り?」
振り向けば、そこには幼馴染で同じ魔術科に通っているオースティンがいた。
良心の塊みたいな優しい男で、平均的な顔立ち。一緒にいるとすごく落ち着く人間だ。
「ううん、今日から生徒会だから」
わたしが転生したこの世界では、魔力を持つ人間は丁重に扱われる。幼くして給金が与えられる他、国から色んな特権を与えられる。
だけど、その代わりに将来は国のために働くことが決まっている。わたしたちがこの学園に通っているのも、国からの要請だ。
そんなわけで、生徒会なんてただ面倒なだけの集まりだけど、指名されたからには役目を果たさなければならない。ため息を一つ、わたしは首を横に振った。
「あぁ、ザラは優秀だもんね。先生に目を付けられちゃったんだ」
「……どこが? 至って平凡だと思うけど」
言い返しながら、ついつい眉間に皺が寄る。『優秀』なんて、わたしの人生には無用の長物。寧ろ忌避すべき単語だ。
学園でのわたしは、筆記も実技も成績は中の中を保ってきた。積極的でも消極的でもない、至って普通の魔女だった。優秀だと判断される要素は1ミリだってなかったはずなのに。
「控えめで先生の頼みもよく聞くしさ。優秀って成績だけを言うんじゃないと思うけど」
オースティンはわたしのことを撫でながら穏やかに笑う。
(そういうもん? そっか……これからはもっと気を付けないと)
認識を新たに、わたしは静かにため息を吐く。
「だけど、ザラはついてるよ」
「ついてる? なにが?」
「あのね、今年の生徒会はエルヴィス殿下が会長を務めるんだって」
「エルヴィス、殿下? そんな……嘘でしょう⁉」
思わぬ情報に、唖然としてしまう。
(信じられない。まさか、生徒会なんて面倒な仕事を王族に押し付けるとは……)
平民で足りないなら、貴族のボンボンで良いじゃない。それとも、最も高貴な人を差し置いて、長を立てることは出来ないと思ったのだろうか?
「確かな情報筋から聞いた話だから本当だよ。多分、殿下が生徒会に入るってバレたら、女の子たち皆が手を挙げて大変なことになるから、今日まで伏せられてたんだと思う」
オースティンはわたしの気持ちに構うことなく、淡々と事実を述べる。
どちらにせよ、わたしの読みが浅かったことは事実だ。緊張で背筋がビリビリと震える。逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
エルヴィス殿下っていうのはこの国の第二王子で、容姿端麗、文武両道。皆に優しくて、皆に愛される、絵に描いたような完璧な王子様だ。
まだ婚約もしていないから、貴族の御令嬢方はこぞって彼の側に付き纏い、虎視眈々と未来の王弟妃の座を狙っている。
彼にお近づきになりたい――――そんな女性が大挙し、生徒会が大変なことになるのを避けたかったって事情は分からなくもない。
エルヴィス殿下のことは、学園内で何度か目にしたことがある。いつ見ても、たくさんの人に囲まれて、キラキラしい笑顔を浮かべていた。
だけど、そんな表情すらわたしにとっては害悪。酷い胸やけを起こした記憶しかない。絶対にお近づきになりたくない人間ナンバーワンだ。
「そんな! 殿下がいるって事前に知っておいたら、生徒会の話なんて引き受けなかったのに」
「どうして? 殿下にお近づきになれるチャンスなのに。そっちの方が就職に有利だし、嫌がる要素なんて無いと思うけど」
「それは……そうなんだけど」
オースティンの主張はごもっとも。
王室にコネができれば、卒業時に国から指定される就職先の希望が叶いやすくなる。普通は『ラッキー』って喜んでいいお話だ。
(だけどわたしは違う)
別に良い所に就職しなくていい。普通に食べられて、人並に買い物ができればそれで十分。
権力者には近づかない。争いごとに巻き込まれない。
めちゃくちゃ平凡で平和な二度目の人生を生きることが、わたしの最大の目標だったのに。
(もっともっと、馬鹿なフリをすれば良かった)
けれど、悲しいかな。どれだけ嘆いた所で、時間は巻き戻ってくれない。
生徒会室の前に到着したわたしは、盛大なため息を吐く。
先生のご指名だし、今更逃げられるはずもない。変に目を付けられても、今後の人生に影響が出てしまう。
(殿下とは出来る限り話さない。目立たず、控え過ぎず、堅実に――――)
心の中で唱えつつ、大きく深呼吸をしてから扉を開く。
「失礼しま――――」
「遅いっ! 書類一つ準備するのに、どうしてそんなに時間が掛かるんだ! 事前に引継ぎは受けてるだろ?」
「申し訳ございません、殿下!」
(…………は?)
何これ。思っていたのと全然違う。
会長が王子様っていうんだから、優雅にお茶なんか飲みながら、のほほんと学園の今後について考える――――ってな光景を想像していた。
だけど実際は、部屋の中を三人の男性がバタバタと忙しなく駆け回っている。皆真剣な表情で、書棚を一生懸命に漁っていて。とてもじゃないけど、お茶をするなんて時間の余裕は無さそうだ。
「ん? ようやく来たか」
その時、部屋の中央に鎮座している男性が、わたしを見ながらそんなことを言った。
眩い金色の髪の毛にアイスブルーの瞳、スッキリとした目鼻立ちに、無駄なく締まった身体。外見だけ見れば、わたしの知っているこの国の第二王子、エルヴィス殿下そのものだ。
だけど、口調とか、鋭い眼差しとか、不機嫌そうに曲げられた唇なんかが記憶と全く合致しない。
だって、前に見掛けたときは、令嬢方に蕩けるような笑顔を向けていたし。人を骨抜きにするような声音を出して、無駄にキラキラしたオーラを纏っていたんだもの。正直言って、同一人物とはとても思えない。
「――――――どうやら、ちゃんと条件は守ってもらえたらしいな」
「……何がですか?」
気づけば、わたしの目の前に、エルヴィス殿下によく似た男性が立っていた。
わたしのことを上から下までじろじろ眺めて値踏みしつつ、殿下はニヤリと口の端を上げる。意地の悪い笑み。だけど、そういうのに耐性のないお上品な令嬢方がメロメロになりそうな、そんな表情にも見える。
怪訝な表情を浮かべるわたしに、殿下はクッと喉を鳴らした。
「この俺が生徒会長なんてクソ面倒くさい役割を務めるんだ。役員はあいつらだけじゃダメだって言うし、最後の一人の条件として、控えめで口が堅い、堅実な人間を要望した。ここでのことを口外しようとか、妃になろうって野心を持つような人間だけは寄こすなと言っておいたんだが」
満足気な笑み。何だか腹が立ってきて、眉間にそっと皺を寄せる。
「……つまり、殿下に興味が無く、かつ殿下の本性を口外しないような人間を希望されていた、という認識でよろしいんでしょうか?」
「そういうこと。話が早いじゃん」
答えつつ、殿下はケラケラと声を上げて笑った。
言葉遣いといい、普段とは異なる風貌と言い、本当にエルヴィス殿下なのか疑わしい。だけど、実際にこの部屋を駆け回っているのは彼の側近たちだし。本人がわざわざ条件云々言うんだから間違いないのだろう。
(……好都合と言うべきか、不都合と言うべきか)
正直、王族なんて一生関わりたくないって今でも強く思っている。でも、関わると決まってしまったからには、このぐらい分かりやすい人間の方がやりやすい。しっかりと距離を保って、一年間を適当にやり過ごせば済みそうだ。
「名前は?」
殿下がそう言って楽し気に目を細める。目の前に、殿下の手が差し出されていた。
「ザラ・ポートマンです。口の堅さはお約束しますが、あんまり仕事できませんよ、わたし」
「別にいいよ。容赦なく扱き使うからさ」
ため息を吐きつつ手を握り返すと、殿下は小さく笑った。