田島泡里・後
名鑑・四十三
幻覚名鑑
幻覚名鑑にはこれまでに確認された全ての幻覚、幻視者について詳細に記録されている。
未だに原理が不明で謎の多い幻覚について知るためにコードイマジンによってデータ収集が始まったが、収集も研究も難航している。
現在生存している、幻覚名鑑に記録済みの幻視者はミーセ・ラブゼアン、田島泡里、田島沫奈、秋野イズ、上野途作、比田井分吾、若草利得、サドリア・バナガルト、他一名のみである。
解理については、能登時晴によって出来る限りの情報が記録されたが、不十分であると言わざるを得ない。
過去に、幻視者であり傭兵のシモン・バルジオキとダッケルス・バルジオキはコードイマジンに雇われた終わり屋に勝負を挑むも敗北した。
バルジオキ兄弟の内、どちらかは死亡、どちらかは精神が破壊された状態で捕らえられた。
精神的、肉体的特徴には全く差が無く、どちらが生存しているのか確かめる事は出来なかったとされる。
コードイマジンによって幻覚名鑑に記録された情報によると、バルジオキ兄弟は精神を共有していたらしい。
幻想科学の研究機関やコードイマジンの一部の者にしか公開されておらず、この名鑑の存在を知る者は非常に少ない。
「イズもすっかり高校生だな」
学校帰り、田島姉妹と秋野イズは制服のまま転移の式で研究所の前に飛んだ。
新学期が始まって二週間、イズは学校という物の仕組みは理解出来ていた。
「見た目はね」
「でも正直あんまり馴染めてない」
挨拶は返さない。
まともな感情表現が出来ない。
常識を知らない。
トラブルにこそなっていないが、普通の高校生にしては先行きが不安な状態である。
「ちょっと厳しくないか?」
「別に厳しくしてないもん」
「時晴が甘すぎるだけだもん」
頬を膨らませる二人。
「そうか?」
時晴はよく分かっていないようだ。
「イズ、学校はどうだ?最近面白い事あったか?」
「特に無い。授業のレベルは低いし、教室は騒がしい
「そうかー。まぁ、慣れたら何か面白いと思う事もあるだろ」
楽観的、と言うか甘いと二人は思った。
「じゃあ家の方は?田島家とは上手くやってるか?」
「問題は無い」
「いや大ありだよ!」
「この前なんて!」
「イズー?まだー?」
「何してるのー?」
田島家に来て初めての風呂。
ガチャンッ!
「イズ!」
湯船に浸かっていた。
「どうした」
「どうしたもこうしたも!」
「もう一時間半もお風呂入ってるでしょ!」
イズは何がおかしいのか分からず不思議そうだ。
「はぁ、、、普通はそんなに長くお湯に浸からないの」
「そうなのか。前の家はシャワーしか無かったから分からなかった」
「、、、はぁそういう事ね」
入浴剤で白く濁った湯は湯気を立ち登らせていない。
「ま、十五分入れば十分なんじゃない?」
「とにかく、明日から気を付けてね」
「分かった」
「はっはっは。最初はそんなもんだな」
「私達も別に怒ってる訳じゃないけどさ」
「とにかく知らない事が多すぎるのよ」
イズは五歳から十六歳まで解理に育てられた。
数学などの基本的な教育は施されているものの、一般常識や人との接し方については教育が足りていない。
「私はまだ普通になれていない。早く普通になりたい」
「気長に、のんびり普通になれば良い。イズは賢いし、いつか絶対に答えを出せる」
いまいち根拠が薄い時晴の言葉だが、イズも田島姉妹も不思議と安心感を感じられた。
「時晴は暇なのか」
「先輩達の手伝いすらしてなかったね」
家の近くの人目につかない場所に転移した後、少しだけ歩き、玄関のドアを開ける。
「「ただいまー」」
「おっかえりー!」
明るく出迎えたのは母、田島数沙。
素性が明らかでないイズを快く受け入れた。
「イズ、今日はイズに似合いそうな服を買ってきたんだよ。ほらほら、早くぅ」
リビングには何着もの女性用の服が散乱していた。
似合う、、、かな?
「手を洗ってからね」
「あ、二人の分もあるからね!イズとはサイズが違うからあげたり出来ないけど」
「「なにおう!」」
これも普通の、日常という物なのかもしれない。




