比田井分吾・後
名鑑・四十
解理が用いた転移の式
解理が戦闘時に使用する転移の式。
見た場所に瞬時に移動する事が出来る。
自動で使用者の視線を検出し、座標を割り出す。
式陣に固定出来ないほど複雑な式で、消費電力量も多いので乱用は推奨されない。
訓練を積まなければ、壁や地面に身体がめり込んでしまう事がある。
また、比田井分吾の人格を投影し、他人の視界を使用する場合、他人の視界に移った場所にも転移出来る。
しかし、視界の持ち主が訓練を積んでいる事はまず無いので、転移出来るタイミングは非常に限られる。
開発者、使用者は解理。
「おい、そこのお前!何者だ!」
政府関係者の護衛に銃口を向けられる途作。
「何者って、お前らの味方じゃねぇか。別にお前が敵になってほしいって言うなら構わねぇが」
銃口を向けられる事に途作は慣れているかのようだ。
「お、お前のような怪しい奴が味方である訳があるか!とにかく近付くな!良いな!」
「はーいはい、分かった分かった。せいぜいそのおっさんを命懸けでお守りしろよ」
無理に護衛対象に近付かず、少し離れた位置で警戒体勢に入った。
ここは会場の隅。
政府関係者と護衛四人、少し離れて途作。
反対側には銃と剣を持った男と戦う分吾。
客はもう逃げ出して残っていない。
「あぁ?なん」
ドガオォォォォン!
「なっ!?」
僅かな揺れの後に、大きな衝撃。
さっきまで名前も知らない豪華な花が飾られていた辺りの壁に大きな穴が開いている。
「何だ!」
「お前か!」
護衛が何か言っているが途作には気にならない。
舞い上がった土煙と埃の中にうっすらシルエットが浮かんでいる。
「うーん、惜しい。近かったんだけどなぁ」
出てきたのは筋骨隆々の女。
身長は途作よりやや小さいが、とにかく筋肉量が桁違いだ。
「やぁ、ターゲットの護衛さんかな?」
途作と目が合った。
途作はもう戦闘態勢だ。
「馬鹿力だな。幻術か?」
「そう、あたしはマッスルガール。強化の式で筋肉の限界に挑んでいる最中なんだ」
強化の式と聞くと、途作にはあの双子の事しか浮かばない。
幻術は未だによく分からないが、あの外道達は身体能力が上がっていた。
「、、、あの双子との再戦。その前哨戦だな」
「おっ、やる気だね!じゃあ行くよ!」
戦闘狂同士、言葉は少なくて良い。
力と力の会話だ。
「おらぁっ!」
途作は赤黒い腕は出さず、幻術で両腕を硬化させた状態で突っ込んだ。
右腕を振り抜き、先制攻撃に出る。
「ふん!」
相手の拳の硬度は上がっていない。
それなのに途作の拳とぶつかり合って、途作が吹き飛ばされた。
「がっ!?、、、速ぇ。重さも段違いだ。」
途作は再び突き進んだ。
今度は赤黒い腕を両肩から生やし、四本の腕で連打する。
「おぉ、幻視者なんだね。すごい!」
連打を全て受け止められ、さらに大きな一発を腹に食らった。
「がぁっ!?はぁ、、、はぁ。これが強化の式か。やべぇな」
「強化の式は元々の身体能力が高いほど強化率も高くなる!つまりこの肉体は並の強化の式の何十倍も強い!」
「あれー?おねーさん一人?もっと来ると思ったんだけどなー」
利得が階段を登るとすぐに爆発の跡が見えた。
そしてこの少年もいた。
「陽動作戦って訳か。てか、待ち伏せって隠れるもんじゃねェのか?」
利得は状況を瞬時に判断した。
ここに何か重要な物があったようには見えない。
やはり陽動作戦。
十二歳くらいのこの少年は実行犯の一人で間違いないだろう。
「まーね。でも僕何人来ても勝てるから」
少年の手には特殊な形の銃が握られていた。
様々な形の銃口が四つあり、ダイヤルを回すとほかの形の銃口に切り替えられるようだ。
「アタシはガキ相手でも容赦しねェぞ?ぶっ潰してやるからな?」
その言葉と同時にハンマーを振りかぶった。
距離を無視した不可視の衝撃が少年の側頭部を狙う。
「よっ。おねーさん、僕と同じ遠距離型だね。読みやすくて助かるよ」
軽く頭を下げて攻撃を回避した。
初見で避ける事はまず不可能な一撃を。
「じゃあ、今度は僕の番ね。避けてみてよ」
銃口からはオレンジ色のどろりとした液体が発射された。
避けられない事は無いが、避ければ避けるほど足場がベトベトになっていく。
「ちッ!鬱陶しい!」
「もっと踊りなよ!せっかくのパーティーなんだから!」
「この程度で死ぬ訳ねぇぞ!じーちゃんよう!」
「ふっ!」
細長い剣を掌から吹き出した風で逸らし、僅かな隙を突いて喉を叩いた。
「ごっ!?痛いではないか!」
距離を取って、銃弾を撃ち込む。
分吾は必要最小限の動きで回避し、懐に入り込もうとする。
「長針相手に素手は不利ではないか?勝機は無いぞ!」
「長針?ああ、時計の針か。となるとそちらの銃を短針と呼んでいるのか?」
確かに、剣も銃も針のような意匠が取り入れられている。
銀色の剣と銃を振り回す姿を真上から見れば時計のようにも見えたかもしれない。
「ふはははははは!そうとも!我が名は針回しのファリウス!由緒ある日本の暗殺者一族の末裔である!」
ヨーロッパ系のこの男に言われても説得力に欠けると思いながらも、分吾は納得していた。
針回しの暗殺者は裏の住民の間ではとても有名だ。
暗殺者ならではの動きがファリウスに見られる。
視線を悟られないようにカモフラージュしたり、瞬きを左右の目で同時にしないようにしたりなどだ。
「なるほど、針回し。では、俺が打ち破り評判を落としてやろう」
長針での突きを左手で弾いた。
右手はファリウスの襟を掴み、左手は弾いた勢いをそのままに右脇辺りの袖を掴んだ。
一気に後ろに引っ張り、ファリウスの身体は前に崩れる形になった。
「なっ!?」
右脚を相手の左脚に引っかけ、身体を反転させながら投げる。
ファリウスの靴裏は床を離れ、視界は天地逆転し、強い衝撃が背中に走った。
「払腰。こちらも由緒ある柔道の投げ技だ」




