秋野イズ・後
名鑑・三十六
五指登録・上の弐・冷却
前方の温度を急激に下げる幻術。
放水と組み合わせる事で冷却効果が高まり、衣服などを凍らせて対象を動けなくする事が出来る。
対象範囲は右手の前方から二メートル程度で、放射状に冷気を放つ。
開発者、使用者は解理。
「イズ、君は十六歳になった」
過去の名前も誕生日も感情も焼かれてしまったイズ。
便宜上の誕生日は一月一日、元旦となっている。
「だから今までで一番強い練習相手を用意したよ。数年前に知り合った子でね、やっと私の計画に協力してくれるらしい」
イズは髪留めを付け直した。
「なんと今ここに来てくれている。さぁ、こっちへ」
庭に入ってきたのは奇妙な格好をした少女だった。
令嬢が着るような高級感のあるドレスに、やや大きめの日傘、緩やかに波打った紺色の髪。
ただし、気味が悪い程ドレスや傘は色とりどりで、赤や黄緑、群青で斑になっている。
「ごきげんよう、イズさん。傘抜きと申します」
その少女は礼儀正しくお辞儀をした。
年齢はイズと大して変わらないように見える。
「この子は歴史ある暗殺者一族、傘抜きの家に幻覚を持って産まれ、十三歳でその名前を受け継いだ。君に匹敵する才能の持ち主だ」
「ご紹介ありがとうございます。さて、わたくしの趣味は称号集め。最近ではジャマーシロップや終わり屋などを手に入れましたわ。そして、わたくしが貴方とお手合わせする目的も称号。貴方のイズという称号、勝てばいただけるとの事でしたので」
「負ける予定は無い」
イズは静かに傘抜きの目を見た。
「それに称号ではなく、名前だ」
「どちらでも同じですわ。趣味ですもの」
「二人とも、やる気十分みたいだね。早速始めようか」
解理は二人の間に歩み出た。
「ええ。わたくしはいつでも構いませんわ」
イズも黙って頷いた。
「それでは、始め」
開始の合図と共にイズは武器を取り出した。
「上の参」
日本刀を左手に構え、攻撃に備える。
対する傘抜きは動きを見せない。
「お見事」
何かが起きる予兆を感じ、即座に日本刀で防御の体勢を取った。
手応えが返ってくる。
いつの間にか傘抜きが握っていた細長い刀がイズの日本刀とぶつかり合っていた。
「高速移動か」
「さて、どうでしょうか」
両者は後ろに跳んだ後、新たな行動を起こす。
「下の壱」
氷の塊が地面を伝って空間を侵食していく。
傘抜きは上に跳び、、、そのまま飛び続けている。
「不自然だ」
あまりにおかしい動きだったため、警戒して眼前に炎を撒いておく。
「下の弐」
「なるほど、危ない所でしたわ」
またも、いつの間にか傘抜きがイズの足元近くにいた。
右手には日傘、左手には細い刀。
刀は振りかぶられている。
「下の壱」
氷で靴の裏を押し出し、緊急回避として使う。
間一髪で避け、刀は空気を切り裂いた。
「高速移動ではないな。認識が遅れているのか」
「あら、もうお分かりになったのですか。大抵の方は一撃でお亡くなりになってしまうので、貴方の理解が特別早いのかよく分からないのですが」
「どちらでも良い」
空中で右手を構える。
「下の参」
見えない裂風から日傘で身を守る。
傘には傷一つ無い。
日傘は開いたまま空中に留まっている。
イズは勢いをそのままに身体を一回転させ、自身の周囲を刃で薙ぎ払った。
近付かれていた時のための保険。
「上の肆」
頭上に光球を生み出した。
これで認識外かどうかは関係無く生体反応があれば攻撃出来る。
「私の事を気にする必要は無い。私はどんな幻視者よりも強い」
解理に向かって発射された流れ弾は全て霊体に受け止められた。
もう一つ、光弾が向かう場所があった。
「厄介ですわね」
意識しなおすと、さっきまで浮いていた日傘は無くなっていて古民家の屋根の上に少女が立っていた。
古風な屋根と刺激色のドレスは雰囲気が全く合っていない。
「もう一度抜きますわ。次で決めます」
細長い刀が日傘の柄の部分にするすると収納されていく。
傘を左肩に担ぐように載せ、柄は右手で握っている。
「抜刀術か」
高速で鞘から刀を抜き、敵に一撃を加える技術。
構え方が違うのは、傘に仕込んだ状態で刀を抜きやすくするための傘抜きの知恵なのだろう。
この一撃を認識出来なければ確実に殺される。
逆にこの一撃さえ凌げば生まれた隙を突ける。
「ならば、初めから認識を無くす」
イズは目を閉じ、右手を構えた。
「下の伍。下の伍。下の伍。下の伍。下の伍」
直線的な雷電を繰り返す。
イズはまだ目を閉じたままだ。
何故傘抜きが奇抜な格好をしているのか。
何故傘抜きが認識を遅延させる前に言葉を発するのか。
それは自身を認識させるため。
自分を見た者の認識を遅らせる事が出来る、というのが傘抜きの幻覚。
「上の肆」
わざと光球を消す。
目標地点に誘導しやすくするため。
目を閉じたまま、相手の行動を予測し、故意に作った隙を突かせる。
「ふ、ふ、、、。まさか、これまで読むとは」
イズの日本刀は傘抜きの刀を完璧に受け止めていた。
「下の弐」
業火が少女を焼き尽くす。
かつて自分の両親を殺してしまった時のように。
「イズ、もう良いだろう。死んでしまったよ」
解理の言葉でイズの炎は止まった。
「殺されてしまうとは、殺せるほど強くなっていたとは、嬉しい誤算だね。まぁ、必要経費として割り切ろう」
「殺すべきではなかったのか」
「いや、別に殺しても問題は無いよ。それに、今更言っても仕方無い事だよ。さぁ、ご飯にしよう。今日の当番は途作だったかな」
二人は焼け焦げた庭を後にした。




