秋野イズ・前
名鑑・三十五
五指登録・上の壱・放水
前方に水を放射する幻術。
この水は通常の水と同じ性質を持つ。
大気中の水分を集め、液体化させている。
非常にシンプルな幻術だが、他の幻術と組み合わせると様々な攻撃に派生出来る。
解理は放水と冷却を組み合わせ、若草利得を行動不能にした。
爆炎と組み合わせると擬似的な水蒸気爆発を起こす。
地面や壁に刺さった氷柱に放水し、接着剤のように触れている物体を貼り付ける事も可能である。
開発者、使用者は解理。
「あら、手伝ってくれるの?」
幼い少女は台に登ってキッチンを見渡した。
「お料理する」
「それじゃあ、お肉をまぜまぜしてちょうだい。お母さんが他の物どんどん入れていくからね」
ハンバーグはこの子の好物。
やっとハンバーグが食べられる。
その高揚感で頭と胸は一杯だったが、腹は空かしておいた。
「いくつ食べたい?」
ハンバーグを焼きながら母親が尋ねた。
「ご!」
五本の指が揃って立っている右手を前に突き出すように宣言した。
「ふふっ、もう、いくら何でも多すぎでしょ?あら?」
フライパンを熱していた火が消えていた。
「このコンロもそろそろ寿命ね。やっぱり火の時代は終わっちゃったのかしら」
「もうとっくに火のコンロなんて廃れてしまったよ。だからこそ価値があるとは思うけどね」
父親は古い物を集めるのが好きだった。
母親も家に過去の遺物があるのを嫌わなかった。
火を点け直すと小さな炎は何事もなかったかのように揺らめいた。
「「「いただきます」」」
小さなハンバーグが五つ、少女の更には載っていた。
「おっ、食いしん坊さんだな!」
「えへへ、でしょ?」
赤い髪に黒い瞳の父。
黒い髪に赤い瞳の母。
赤い髪に赤い瞳の子。
テーブルには幸福が充満していた。
「美味しかったー。ご」
手を勢い良く合わせてご馳走様と言おうとした時。
ゴウウッ!
「ちそ、う、さ」
燃えている。
さっきまで幸せに満ちていたテーブルは炎を強化する薪となっている。
「お、お母さん!お父さん!」
倒れた二人を運ぼうにも力が足りない。
火の手はどんどん伸びてくる。
二人とも意識が無い。
とても五歳の子供には動かせない。
賢い子はそんな事を理解してしまった。
叩き起こせ。
しかし、火は勢いを増し、煙は立ち込め、意識は薄れていく。
「お、かあさん!お、と、う」
病院で目を覚ました。
「先生」
「ああ、目を覚ましたようだね。どうだい、気分は?」
何も答える気にならない。
何があったかよく覚えていないし、何故こんな気分なのかも分からない。
「ちょっとしたショック症状だね。もう少し様子を見よう。、、、何かあったら看護師を呼んでくれ。ベッドの横のそれを押すと呼べるから」
ベッドの横に何があろうと知った事ではない。
究極の無気力。
力がどこにも入らない。
肉体的というより精神的に。
「えっと、次の患者は四一五号室だったかな」
何か言いながら病室から医師達は出ていった。
カーテンは重苦しく窓を塞ぎ、外の世界から少女を隔離しようとしている。
しばらく、恐らく十時間程度そのまま何もせずにいた。
医師も看護師もたまに様子を見に来ては、身体を触ったり包帯を巻き直したりしてまた帰っていく。
その間も意識はぼんやりしていた。
退院したらしい。
車椅子に乗せられ、何かの建物に運ばれた。
「ここがあなたの新しいおうちよ。お友達もたくさんいるわ」
歩く事も出来る。
日常を送る事が出来る。
ただ、何も意識していない。
意識が無いような状態なのだから何も話す事が出来ない。
「二軒目で当たって良かった。運が良い」
黒い髪の誰かが少女を訪ねてきた。
「こんにちは。私は解理。よろしく」
「何を言っても反応しませんよ。一応生活は出来るんですがね」
施設のスタッフは苦々しく言う。
「少しこの子と二人きりで話してみたいです。良いですか?」
軽く頷くとスタッフは退室した。
「あの時の事は覚えているかい?家が燃えた時の事だよ」
まだ何も反応しない。
「君はあの火事で生き残った。両親は跡形も残らなかったあの火事で」
解理は少女に反応が無い事など気にせず続ける。
「私は君を評価している。何故なら生き残ったからだ。あの時、あの状況、君は生き残るための道を選んだ。君が覚えているかは分からないけどね」
少女は僅かに動いた。
解理は、これが好機と言わんばかりに告げる。
「私の仮説ではね、君は両親を置いて自分だけが避難したんだよ。両親が助かる見込みは無いと判断したからだ」
「あ、う」
「私でもそうしただろう。ただ、五歳の私に出来たかは分からない。君は優秀だ」
解理は少女の肩に優しく手を置いた。
「君には不思議な力が備わっている。私にもある。つい先日、君のその能力が暴発し、火事が起きてしまった。私と共にその力を制御出来るようにならないかい?二度とそのような惨事を起こさないために。ここにいるよりは有益な日々になると約束しよう」
「あ、、、わ、わた、しは」
少女は震えている。
怯えているようにも見える。
「さぁ、一緒に来るか、来ないか、選ぶんだ。君自身の手で」
解理は手を差し出した。
手を取れば世界が変わるとでも言っているかのようだ。
「不思議な感覚。賢くなったみたい」
少女は手を取っていた。
「私は君を否定しない。君に疑問を持たない。君は私と似ているからだ。そうだね、、、君の名前はイズ。これからよろしく、イズ」




