ミーセ・ラブゼアン・前
名鑑・三十三
五指登録・下の肆・氷柱
大きな氷柱を出現させ、発射する。
氷柱は右手の甲の前に生み出される。
発射速度はおよそ時速七十キロメートルで、手の甲の向きに合わせて真っ直ぐに撃ち出される。
氷柱は円錐形で、性質はただの氷と同じである。
開発者、使用者は解理。
「ミーセ、あなたいつ日本語を話せるようになったの?」
少しの間、仕事で家を開けていた。
子供はほんの少し目を離した隙に成長する。
「昨日だよ。お母さんは日本人なのに日本語全然使わないから。お母さんと日本語で話せるようになりたかったんだー」
ミーセ・ラブゼアン、四歳。
ロシア語に加え、日本語を使えるようになった。
要したのはたった一週間。
「まぁ、この子ったら。本当に天使だわ」
「てん、し?、、、あ、天使かー。ボクもまだまだだなー、えへへ」
「あら?一人称はボク、なの?」
母、可恋・ラブゼアンは不思議に思った。
「ボクって主に男性の一人称でしょう?ミーセは女の子だと思っていたんだけど」
「ボクはちゃんと女の子だよ。僕、って、下僕とか召使いとかの役職に由来があって、へりくだった表現として広まったんだって。だからボクは傲慢にならないように、へりくだった一人称を使おうって思ったんだー」
ミーセには常人には無い特別な力があった。
天才一族、島の血族。
もう一つが、動作補助。
四歳になった時、研究機関によって調べられた。
常人には不可能な、島の血族でもありえないほどの成長を遂げていたからだ。
三歳にして自国語を完璧に話し、四歳までに初等教育を終わらせた。
特別な能力を持つが故、ミーセが人を見下さないか両親は心配していた。
だが、それを気にするには早すぎる。
「まだ四歳なのよ、あなた。今からそんなに難しく考えなくても、、、」
「良いんだよ、ボクはボクのペースで頑張るから」
「ミーセと話す時に翻訳機を使うなんて新鮮だなぁ」
父は普通のロシア人。
日本語は話せない。
ミーセは、服のポケットの中に小型の翻訳機を入れた。
「細かい意味の確認をしておきたくて。翻訳機の言葉の使い方は正しいでしょ?」
翻訳機があればわざわざ他の言語を覚える必要は無い。
それでもミーセが日本語を覚えた理由は、出来たから、に過ぎない。
出来るなら、やっておく。
幼いミーセが打ち出した指針だ。
出来るの範囲が非常に広いミーセだが、広く浅くではなく、広く深く出来た。
大抵の物事は簡単にクリアしてしまうので、あまりやりがいは感じなかった。
「お母さん、どこ行くの?」
「お仕事よ。今度はすぐに終わりそうだから、帰るのは今日の夜かしらね。良い子にしているのよ」
頭を撫で、ヘアピンの位置を調整した後、ドアを開けて出ていった。
母の仕事内容は知らない。
出張でどこかに行って、しばらくして帰ってくる。
「はーい」
何度か聞いてみたが、いつもはぐらかされてしまう。
教えるべきでないと考えるなら、無理に聞き出さない方が良いという結論に至った。
「さーて、今日は何をしようかなー」
ミーセは非常に賢い。
四歳にして、およそ十二歳レベルの知能を持っている。
しかし、十二歳レベルというのは、まだ大人とは言えない。
「お絵描きとー、お散歩とー、、、」
「ネコちゃん良い子だねー」
公園で猫に話しかけるミーセ。
猫には首輪が付けられている。
「どこから来たのー?あなたもお散歩中?」
ミーセは猫を撫でながら話しかける。
猫は特に鳴く訳でもなく大人しく撫でられている。
「警戒心の欠片も無いんだねー。野生じゃ生きて行けないよ?」
どうでもいいといった感じで転がる猫。
ミーセは猫の腹を擦るように撫でる。
「警戒心が無いのはお前もだ」
「つっ!?」
振り返ろうとした瞬間に押さえ込まれた。
「は、なし、てっ!」
「一緒に来てもらうぞ、島の血族!」
抵抗しても力で遠く及ばない。
どれだけ頭脳が発達していても、単純な力は四歳だからだ。
「誰か!たすんうぅぅぅぅ!」
口を押さえられ、助けも呼べない。
近くに人はいない。
猫すら逃げてしまった。
「うんぅぅぅぅぅぅっ!?」
「暴れるな!痛い目に遭いたいか!」
連れ去られる。
島の血族は非常に希少。
その高い頭脳を求めて政治団体、犯罪集団、研究機関など様々な分野の集まりが取り込もうとしてくる。
「私の子に何してるの!」
この声は母の声。
手で口を塞がれ、薄れゆく意識の中で、ついに幻聴まで聞こえ始めたのか。
「何だ!?」
否、幻聴ではない。
空間に穴が開き、そこから母が飛び出していた。
見た事が無い怒りの表情。
手は、人差し指と親指を伸ばして誘拐犯の男を狙っている。
まるで銃を向けているように。
「おあ、あさん!」
必死に男の手を口から退かしながら叫ぶ。
男が腰を落とした状態から急に振り返ろうとしたので、ミーセは地面に投げ出されてしまった。
「がああああああっ!?」
顔を上げると、男は光の銃弾を何発も受けていた。
可恋の人差し指から発射されている。
「私の天使を返しなさい」
「ああっ!?がっ!?す、すまな!すまなかった!ゆ、ゆるじでっ!」
「まだ必要よ」
何十発も銃弾を受けても男に傷一つ無い。
母は射撃の手を緩めない。
「あがっ!?ごめん!?ごめんなざいっ!いだいっ!いだいいいっ!」
「お、お母さん、も、もうやめて」
見ているのも耐えられなくなってミーセは泣きそうになりながら言った。
「あら、このくらいで良いの?」
すんなり撃つのをやめた。
男は意識を失い、痙攣している。
「ミーセ。無事で良かった」
安堵の表情でミーセに抱きつく。
さっきとは別人のようだ。
「う、うん」
「間に合って良かったわ。あと少し遅ければ連れていかれていたかも」
「お、お母さん、どうしてここに?さっきまでいなかったのに」
可恋は身体をミーセから離して顔を見合わせた。
「このヘアピン、実は発信機が入っているの。ミーセが危ない目に遭っている時にお母さんに教えてくれるのよ」
「でも、どうやって来たの?」
空間に開いた大きな穴の事を思い出した。
「あれはね、幻術って言って、とっても難しい科学技術が使われているの。ミーセもその内知る事になると思うわ」
「あの、銃は?この人は大丈夫なの?」
痙攣は止まり、静かに倒れている男の方を見た。
「ああ。それも幻術よ。それに、この人は怪我一つしてないわ。痛みだけ与える幻術なの。まぁ、ちょっとしたお仕置きね」
「かわいそうだよ」
可恋はその言葉を聞いて優しく笑った。
「あなたは優しい子ね。大丈夫。もうしないわ。怖い思いをさせてごめんなさいね」
もう一度ミーセを抱きしめると、母は電話をかけた。
その日は久しぶりに二人で家に帰った。




