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ねことおでかけ 1

「ねこさん、デートに行きませんか」


そう切り出したのは俺。財団日本支部ミーム研究部門所属Bクラス職員の俺だ。


「はい、喜んで。いつ行きましょうか。今からですか、明日ですか」


音速で返事をしてくれたこの子は「ねこさん」元SCiPだったりするが、まあ今では普通の(?)女の子だ。

この愛しい恋人を俺は初めてデートに誘った。

……ん?なに?恋人ですよ、ええ。元SCiPと恋人ですが?なにか?

まあその辺は過去ログでも読んでくれたら嬉しい。


「宣伝ですか」


「ねこさんメタ的なことを言わないでください」


たまにねこさんは理解の範疇を飛び越える。


「それで、いつ行きましょうか」


「そうですね、明日の昼11時から出かけませんか?」


「わかりました。レストランの入口には臨時休業の貼り紙をしておきますね」


いつもと変わらない無表情たが、心做しか意気揚々としているように見えた。


無論、その貼り紙を見てしまうと何かを察した客の面々に色々とからかわれたのは言うまでもなかった。





翌日。

ねこさんとはいつものコンテナの前で待ち合わせすることにした。お互い何かと準備が必要なのでその方が都合がいいのだ。


俺は新しく買った服に袖を通し(女性職員からのアドバイスにより購入したのでおおよそセンスに間違いはないはず)、髪もしっかりとセットして、一足先に待っていた。


待つこと10分前後。

後ろからねこさんの声がした。


「……お……お待たせ、しまし、た」


声をかけられ振り返ると、そこには。











白く輝く雪のような天使がいた。









うわぁ(尊死)





「あ、の……その……」


と狼狽するねこさん。

白いオフショルワンピースに黒いレザーバッグ。

足元は薄い青色ラインが入ったこれまた白ベースのサンダル。

そして髪型はいつものストレートではなく、その綺麗な銀色の髪をふわっと軽く持ち上げ、猫をあしらったヘアゴムでまとめ上げた「ハーフツイン」になっていた。


いやあー!うわあ!!!!!!!えっ??????あっ!!!!!!!天使だあ!!!!!!!


「あぅ……あ、あの……あまり見つめられると……」


「……ね、ねこさん、その……服は?」


「以前レストランに来られた女性職員の方がプレゼントしてくださいました。1度は断ったのですが、何度も好意を避けるのは失礼だと思って……」


そのプレゼントした職員にぜひ臨時ボーナスを。


「ねこさん、その……髪型は……?」


「ウニャア……これは……服をくださった方とは別の女性職員の方から……そ、その……あっ、あなたが二つ括り好きだと……聞いて……」


それを知っているということは9割方同じ部門のやつだろう。

そう、何を隠そう俺は二つ括りの髪型が大好きなのである。

ツインテ、ハーフツインテ、お下げ、三つ編み……なぜか二つに括られていると可愛さが10わりと増幅する気がする。


「あっ、えっと……ねこさん、その、とても似合っています、そ、その、あの、めちゃくちゃ可愛いです」


「ふぇ、あ、ありがとうございます……あの、あなたも、とてもかっこいいです、その髪型似合っています、服もとても良いですね……あ、えっと……」


テレテレテレテレ……

しばらくこんな感じで照れ合いっこが終わらなかった。


「あ、えっと、そろそろ行きませんか?外は暑いですし」


「そ、そうですね……それで、今日はどこに行くのですか?」


「ねこさんもおそらく知っていると思います。ですが、今はまだ秘密です。さあ、こっちですよ」


「あっ、えっと」


「……?」


さあ出発、というところでねこさんが動かなくなってしまった。


「ねこさん?」


「あの、その、」


ねこさんはなんだかモジモジしている。

とくに手に何か違和感があるのか両の指を胸の前で絡ませている。


「……ん」


も、もしかして?

いや、でも自意識過剰かも……

だがこの反応は……

よ、よし


「ねこさん!その……手、手を繋ぎませんか!」


「!」


その瞬間ねこさんはぱぁっと表情を明るくさせてこちらへトコトコっと走りよって、手を伸ばしてきた。


やばい可愛すぎて死にそう。


「じゃあ、改めて行きましょうか」


「……はいっ」


改めて俺たちは出発したのだった。




「どこへ連れて行ってくれるのですか?」


ねこさんは興味津々といった様子で辺りを見回している。


「ええとですね、こちらです」


「……廃墟……?」


「あ、ここが目的地では無いですよ。目的地へ行くまでの『道』ですよ」


「?」


不思議そうな顔をしているが、もうすぐわかる。


「さあ、ここへ」


「……ここは……?靴屋さん……?」


「ええ、正確には靴の修繕屋です」


「ここに、何かあるのですか?」


「この奥へ進ませてもらうと……よいしょ……」


さあ、もうすぐだ。

ここには俺は何度も来たことがあるので「案内人」にもそこまで面倒な手続きを求められない。


見えてきた。


漂うアルコールの香り。


きらめく降りやまぬ雪。


ここの人はみな何かを忘れ。


みな何かに忘れられ。


それでも生きているものたちがたどり着く。


記憶と想いの終着点。


ここは「酩酊・忘却・停滞」を理念とする街。







さあ、「酩酊街」に到着だ。






「ここは……」


ねこさんは目を細めて街を見渡した。

雪が降り続けているのに、どこか温かみがあるこの街は、酒と少しのSCiPが代表的な『名産品』。

なんだかゆったりと時が流れている気がする。


「これが……酩酊街……知識はありましたが……」


「どうです?ねこさん。これが酩酊街ですよ」


「はい……とても……素敵です……」


良かった、ねこさんは喜んでくれているようだ。


「さあ、歩きましょう。せっかくですから」


「はい」


こうして酩酊街デートを始めた俺たち。

美味しい屋台や現代日本的なスイーツのお店など見ていて飽きない。そして何よりやはり酒蔵や酒販売店が目立っていた。


「そういえば、ねこさんってお酒飲めるんですか?僕は大好きなんですが……」


「飲んだことはありませんが……試してみましょうか」


ねこさんは僕が止めるまもなくササッと酒屋の試飲に向かって小走りして行った。


「あっ、ね、ねこさん!?」


「んぐっ……」


今ねこさんが飲んだのはかなり強い日本酒(酩酊街で日本酒と言うのだろうか)だけど……?


「ぷはっ…………はい。大丈夫そうですね。とても美味しいです」


「おお……」


ねこさんはお酒が飲めるようだ。まあ元が元だけに年齢なんて概念はないだろうし、体質の問題だったのだろうがどうやらそれもクリアらしい。


「せっかくなので、このお店寄ってもいいですか?」


「もちろんですよ、行きましょう」


試飲させてもらった酒屋に寄っていくことにした。

その後も何口か試飲して、ねこさんが気に入った清酒を1本買っていくことにした。


「いい買い物をしました」


「ねこさん、お酒が好きになったんですね」


「はい。……あなたが好きな物ですから……ねこも好きになれて嬉しいです……」


キュン

危ないキュン死するところだった。

可愛いすぎるだろ。


さらに俺たちは気がむくままに歩いて回った。

そうしているうちに携帯の時計は午後5時を指していた。


「だいぶ遊びましたね、ねこさん」


「はい。ご飯も美味しかったですし、出会った人達もいい人ばかりでした」


ねこさんはホクホク顔で(といっても表情には些細な変化しかないが)話していた。



こうして僕達の初デートは大成功に終わったのだった。





翌日。


「さて、今日も研究に励んでもらうぞ」


部長は朝礼の最後にみなに喝を入れた。

いつもの事だ。


「さーってと、今日も仕事終わりにはねこのレストラン直行だな!」


「もう、都城くんってば、すっかりあそこが気に入ったのね」


「そりゃそうだろう!あんなに可愛い女の子があんなにうまい飯を作ってくれて、最後にはじっくりと話す時間があるんだぞ?」


「まあわからなくもないけど」


「阿武隈も行ってみろよ!女性がいっても楽しめるさ」


「そうねえ、今日か明日にでも行ってみましょうか……」


「君たち、既に仕事終わりのことを考えるなど相当余裕なようだな!」


「ぶ、部長!?いや、その」


「あー、私知らなーい」


「ちょっ、阿武隈!?」


「さあ、都城くん、今日は私の研究の助手をしてもらおう」


「ちょ、部長の今の研究ってketerクラスの、あっ、ちょっ」


「仕方ないだろう、どっちにしろ今日は助手がいないんだ。誰かに務めて貰うしかないだろう」


「まあ、そうですけど……って、あれ……?」


違和感。


「部長の……普段の助手って……誰でしたっけ……」


違和感。


「何を言ってるんだね!そりゃもちろん……えっと……」


違和感。


「部長……?」


違和感。


「ええっとだね、あの……」


違和感。


バン!と爆発のような音量をたてて開くドア。


「あの人が……!あの人が!『いなくなって』しまいました!!」


それは偶然か、運命か。


人は酔い、忘れ、辿り着く。

歩みを進め向かうは、





酩酊街。







「ね、ねこさん?どうしてこんなとこに」


「そ、そうよ、レストランはどうしたの?」


「何を言ってるんですか!?レストラン、レストランなんて今は、今は!」


「落ち着いてくれたまえ、ねこさん」


「部長さん……なぜ皆さんはそんなに落ち着いているのです!?彼が、彼がいなくなってしまってて!それなのに!」


「落ち着いて、お願いよ」


「あ、阿武隈さん……!?」


「ねこさん、彼って誰のこと?」


「……そんな……そんなことって……」


「ぶ、部長……誰のことかわかりますか?」


「いや……都城くんにも分からないのか……ああ、阿武隈くんは?」


「……私にも……誰のことか……」


「うっ、ううっ……」


「な、泣かないでねこさん!」


「とりあえず話してくれたまえ。私たちになにか起きているのは君を見ていればわかる」


「部長さん……ありがとうございます……」


現実は確かに歪んでいた。


「……私の恋人がいなくなってしまいました」


「えっと……どんな人……?」


「……このミーム研究部門で……Bクラス職員として勤務しています」


「……ほう」


「私を、SCP-040-JPを発見したのは彼で、擬人化した私を研究したのも彼でした」


「……都城くん、SCP-040-JPの報告書を表示してくれ」


「はい!」


すぐにモニタに表示された。

だが、


「……報告者の名前が【削除済】だと……?」


「部長、これは……?」


「……ううむ、わからん。ありえない事でもないが……しかし……」


「まだ、まだ思い出せませんか……」


「ね、ねこさん、泣かないで!」


「……ねこさん、何か手がかりや気にかかることはないかね」


「……みなさん、どうして……彼を忘れてしまったのですか…………あっ……?」


「ね、ねこさん?どうかしたの?」


「何か思い出したか!」


「阿武隈くん、都城くん、そう急かさなくてもいいだろう。ねこさん、ゆっくり話してくれ」


「……忘れた、忘れたという言葉で思ったことが……ねこは昨日、彼と酩酊街に、『忘れられた者の街酩酊街』に行ったのです……!きっと、きっとそこに……」


「なるほど、酩酊街か……よし、阿武隈くん、都城くん、部門のみなに連絡だ。全員を集めてくれ」


「「はい!」」


「あ、ありがとうございます……!」


こうして「忘れ去られし忘れ物」の調査が始まった。



-----時間経過-----



「結果から言えば、やはり私たちは何かを忘れている」


部長が語り出す。


「酩酊街には、我々の世界で言うミーマチックエフェクトが充満しており、影響を受けると大切な何かを忘却してしまうらしい。もちろん、忘れているので何を忘れたかは分からないが、酩酊街に忘れられたものが流れ着いているはずだ。もちろん調査へ向かえば1発なのだが……我々も例の影響を受けてしまえば元も子もない。そこで、だ。今回影響を受けなかった君に、そうねこさんに調査へ向かってもらいたい。掘り返すわけでは無いが……君は元々SCiPだ、それも強力なミーマチックオブジェクト。それこそ、一説には古代日本史から存在すると言われるほどな。だから君には『忘れられる』情報災害が発生しなかったのだろう。ねこさん、頼めるか?」


「ま、任せてくださいっ」


こうして調査へ乗り出すこととなった。




20××/××/×× 酩酊街


こんにちは。ねこです。

今日は……今日は私の大切な彼を、失われてしまった彼を探してここへ来ました。

ねこは早速動き出します。

昨日、彼と歩いた場所を一つ一つ振り返りながら辿って行きます。


一緒に試飲しながらお酒を買ったお店。

食事をしながら彼の研究の話をしてくれたお店。

甘い飲み物を飲みながら、ねこの色々これからしたいことをお話したベンチ。

ひとつ、またひとつと、昨日のことなのになんだか懐かしい思い出に感じてしまって。


「うっ……ふぇっ……んぅ……」


ねこはたまらず泣いてしまいました。

彼がいません。大好きな彼がいません。

今まで隣にいてくれたあの人。昨日ここにいたあの人。

ねこの何よりも大切なあの人。

ねこはずっと、「寂しくて見つめ合う誰か」を求めてSCPになってしまった存在です。

彼は私の救いでした。彼は私の生きがいでした。

お願いです……あの人を……あの人を助けて……ねこたちの世界に返してください……!!




「あの……大丈夫……ですか……?」


「あっ、すいません、大丈夫で……っ!」


その時、泣いているねこを気にかけて声をかけてくれたのは、


「……どうかしましたか?」


間違いなく、彼でした。


「あっ、ああっ……」


「ええっ!?ちょ、な、なんで泣くんですか!?えっ、ちょっ」


彼は、彼はやっぱり彼でした。

忘れても、忘れられても、彼は彼なのです。

その優しさから、泣いているねこに声をかけてくれたのです。




そう、ねこのことを忘れていても。



この様子だと間違いなく覚えていないでしょう。

それが、この街に辿り着いた者の運命でしょうか。


「……っ!」


ねこはたまらず逃げ出してしまいました。

彼の存在を確認できただけ良いでしょう。それに、ねこは優秀ですから服装もしっかり覚えました。

昨日来ていた私服ではなく、いつも来ている研究用白衣でした。


……ごめんなさい、もう限界です。






「……ありがとう、ねこさん。いや、『エージェント・ねこ』。辛い任務だったと思うが十分な成果を残してくれた、感謝する」


「……はい」


「……さて、彼は存命かつ我々と同じく忘れている状態だと言う事は分かった。これより救助活動を行う。機動部隊あ-1『カエデ』に出撃を要請する。と言っても武装して向かう訳では無い。ある程度ミーム汚染に耐久を持つメンバーを集めて、酩酊街の人物に話に行く。どうすればあそこに辿り着いたものが帰れるのかを教えてもらうのだ」


こうして彼を取り戻すため第二の作戦が展開されていくのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 酩酊街!なかなか見ない要注意団体ですしいいですね! [気になる点] これって財団の許可を経てやってきているのだろうか… [一言] まず一番初めに思ったこと、 『なんで酩酊買いに普通に行けて…
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