後編
「───肋骨3本に背骨にヒビ。またやっちゃったのね。」
「申し訳ありませんんん───っっ!!!」
医務室の先生の呆れた声に、わたくしは必死に頭を下げるしかありませんでした。対する殿下は渋い顔で
「まだまだ騎士団での鍛錬が足りないね。ごめんね、クリスタ。君の抱擁をいつか受け止められるようになるからね。」
「殿下はまったくちっとも悪くありませんっっ!!わたくしが!わたくしがちゃんと己を律していれば……っ!!」
「大丈夫だよクリスタ。骨なんてちゃんとした治癒魔法を使える医師にかかればすぐに治るんだから。」
「あのねぇ殿下。だからってこうポキポキ折られないで下さいよ。今年に入って3度目ですよ?」
───そうなのです。わたくしは、これまでに何度も殿下の骨を折ってしまっているのです……っ!!
原因はわたくしの特異体質というか、高すぎる魔力と申しますか。わたくしは異常なレベルの魔力特化体質として生を受けました。
この国では魔力が高い者は重宝され、その中でも王家は国で最も高い魔力を有する一族。その為、高い魔力を持つ者が貴族に生まれると王族の婚約者とし、その血を王家に取り入れてきた。わたくしも例外ではなく幼い頃にリドリー殿下の婚約者となった。
そこまでは良かった、良かったのです!!
あれはそう、わたくし達が10歳の時……。
『僕、クリスタの事が大好きだよ。一生僕の傍にいてね。』
『リドリーさま……っ!わたくしも、わたくしも大好きです!!』
わたくしの両手を握りキラキラした目で殿下が囁かれた言葉に、わたくしは感激して初めて彼に抱き着いてしまった。その瞬間、骨の折れる音と彼の悲鳴が木霊して城中が大騒ぎとなり、わたくしの特異体質が判明。
わたくしは強すぎる魔力を無意識のうちに身体中に巡らせ纏い、全ての身体能力を強化してしまっているらしいと。
つまり、魔力強化による人外レベルの怪力女だったのです!!
判明した時は泣き崩れました…。なにせ大好きな方の骨を抱擁で折ってしまったのですもの。医師の治癒魔法ですぐ治るとはいえ嫌われない訳がないと、部屋に籠って落ち込むわたくし。そこへ回復した殿下が訪ねて来られ『大丈夫だから落ち込まないで』と手を差し伸べられた時は天使かと思ったものです。
それからというもの、必死で己を律しようと努めてまいりました。
ですが殿下は警戒することなくわたくしをしょっちゅう抱き締め、飛び切り甘く優しいお言葉を下さるものですから、ついつい抱擁に応えてしまい……っ
「リドリー殿下!やはりこのまま婚約を継続するのは殿下の身が危険です!!婚約の解消を!!」
報告を受けて慌ててやってきた大臣様の反応も当たり前ですよね…あぁぁぁ、どうして我慢できなかったの!!
後悔に打ち震えるわたくしとは正反対に、殿下は大臣様を睨みつけ、
「は?嫌だよ。そんな必要がどこにある?クリスタ以外の女なんて抱く気すらしないのに。」
そう堂々と宣言されるものですから、わたくしは別の意味で打ち震えた。
あと声が低いです、滅茶苦茶低いです。
「大体さ。私が一目惚れしてクリスタを婚約者に望んだんだよ?その後もずっと溺愛してるクリスタを、どうして私が手放すと思うのかな。」
「命がかかっているのですぞ!?」
「クリスタがいないなら生きてる意味、ないよね?」
「そんな訳がないでしょう!!いいですか、貴方は我が国の王太子なのですぞ!?それなのに───」
殿下の過激な冗談を真に受けた大臣様が、涙目で抗議なさっています。が、わたくしはそれどころじゃありません。
ひ、一目惚れって!知らなかった、殿下がわたくしの事を好いてくれているのは知っていましたが、てっきり長年共にいるうちにだと思っていたのに!
あぁぁ嬉しいけど恥ずかしくて殿下の方を見れません…っまさか初めて会った時からだったなんて───
……?一目惚れして、婚約者に望んだ?
『初めまして、僕はリドリー。君の婚約者だよ。』
『は、初めましてリドリーさま!』
初めて会った6歳の時を思い出す。確かあの時、殿下はご自身をわたくしの婚約者だと紹介されたはず…?
「クリスタ。大臣も納得してくれた事だし、行こうか。」
「あ、はい!」
思考の海にふけっていたら、いつの間にか殿下と大臣様の話し合いは終わっていたらしい。大臣様は何故か壁に額をつけてブツブツと何か仰ってて、ちょっと怖い。
「あの、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ。婚約解消をって煩い連中は大臣がまとめて何とかするって約束してくれたし。骨もホラ、この通り。」
軽く胴体を左右に捻って笑われる殿下。いやその、それらもですが大臣様の様子が…。
Х Δ Х Х Δ Х Х Δ Х
「実はね。ずっと秘密で作ってた魔力を抑える魔道具がもうすぐ完成しそうなんだよ。」
「えぇ?」
「出来るならクリスタの魔力を抑えるなんて体に悪そうな道具じゃなく、私の身体を鍛えてどうにかしたかったんだけどね。クリスタが泣いて気にしちゃうから、並行して開発してたんだ。」
「魔力を抑える……では、では!」
わたくしの怪力は魔力による身体強化が原因。その魔力を抑えることができれば!!
「うん。クリスタはごく普通の令嬢と変わらない力しか出なくなるよ。」
「!!」
胸の前で手を組んで言葉なく感激する。
小さい頃に『怪力女』と陰口を叩かれた。『見た目は儚くて美人でも怪力じゃあね』と陰で笑われた。『あの怪力じゃあ、いつか殿下に捨てられるわ』と囁かれ続けた。
それらが全て過去の事になり、何より殿下を傷つけてしまうことも、それが原因で嫌われることもなくなる!!
「殿下!是非とも完成させてください!いいえ、いいえ、私にも協力をさせてくださいませ!!」
「ふふ、クリスタはただ楽しみに待っていてよ。」
「はいっ!!」
「ほらクリスタ、おいで?」
両腕を軽く開いてわたくしを呼ぶ甘く優しい声に、喜びで頭がフワフワしてたわたくしは何も考えずその腕に飛び込んで。
───本日2回目の、骨の折れる音を聞く羽目になった。
オチがこんなのですみません。
本当は軽く短いコメディーにするつもりでした……。