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あまりの可愛さに何も手につかなくなった私

 

 

 

 

 

 三匹とも出産を終え、落ち着いた頃には夜が明け始めていた。


「こんな時間まで付き合ってくれて、本当にありがとうございましたステファンさん」


『心強かったですステさんさん』


 言えてねぇなボニーさんよ。


「いえ、こちらこそ貴重な経験をさせていただきありがとうございます。皆よく頑張ったなぁ」


 ステさんさんことステファンさんは三匹の出産にとても感動したようだ。

 そしてその感動のままに三匹に声をかけている。


『頑張りました』


『産まれました』


『ありがとうございます』


 相変わらず律儀に返事をしているけれど、ステファンさんには届かない。


「母子ともに無事で本当に良かった」


 結局、サリーが二匹、ボニーも二匹、モニカが三匹産んだので合計七匹の猫ちゃんが増えた。

 今後ここで十匹の世話をしなければならなくなったわけだ。一匹の世話もしたことないのに大丈夫なのだろうか……?

 いや、不安になってばかりではいけない。しっかりしなくては。


「サリーはサリーにそっくりな真っ白猫二匹、ボニーは黒猫とぶち、モニカは茶トラとサバトラと……これは、キジトラ……にしては縞がぼんやりしてるような?」


「麦わら、じゃないですか?」


 隣で本を見ていたステファンさんが、そう呟きながらその本を見せてくれた。


「本当だ、麦わらっていうんだ。初めて見た」


「俺もです」


 うとうとしている母猫たちと、ちゅぱちゅぱと音を立ててミルクを飲んでいる子猫たちを眺めながら、私たちはしばらく談笑していた。


「それでは、俺は一度帰ります」


「はい、手伝ってくださって本当にありがとうございました!」


 完全に夜が明けたところで、ステファンさんが帰っていった。

 徹夜で手伝ってくれるなんて、本当にいい人だなあの人。

 しかも一度帰るけどまた様子を見に来てくれるそうだ。

 産まれてしまったのでしばらくは心配ないと思うけれど、誰かが側に居てくれるのはとても心強いものだ。

 考えてみれば、雑貨屋ルーチェで働いてるときは単独行動が多かった。

 前世の記憶を頼りに雑貨を考えていたので相談する相手もいなかったから。

 

『イリスさん、私たちはもう大丈夫なので、イリスさんもお昼寝してください』


 物思いに耽っていると、モニカがそう言ってくれた。


「そうだね、私も一度寝ようかな。ここに枕とお布団持ってきて」


『ここに居てくれるんですか?』


「うん」


 母猫たちが喉をゴロゴロと鳴らす音や、子猫たちの微かな鳴き声をBGMに、私はその場でしばらく眠ることにしたのだった。

 これからは皆とこうして助け合いながら穏やかな日々がおくれたら、なんてことを思いながら。


 と、穏やかだったのは最初だけだった。

 七匹もちびっこが居て穏やかな生活が送れるわけがなかったのだ。

 朝起きたらかわいい猫がいる。

 親猫は話しかけてきてくれるし、まだ前も見えてないようなよちよち子猫はミーミー鳴いている。

 それを見ているだけで時間はどんどん奪われていく。

 出産を終えたらきっと落ち着くだろうと思っていたし、そうなったら今後の仕事について考えようと思っていた。

 だが私が側を離れると母猫たちが私を呼ぶ。

 側に居てほしいらしい。

 側に居て、かわいい猫を眺め、乞われるがままになでなでして、それだけで日々があっという間に過ぎていく。

 産まれてから十日ほど経ったころ、子猫たちもよく動くようになってきた。

 それからは母猫もだが、子猫も私を呼ぶようになっていた。

 私の姿が見えなければミーミー鳴いて、私が箱の中を覗くと静かになる。

 そんなことをされて仕事を優先出来ると思うか? 思わない。仕事なんかできない。

 もう寝る間も惜しんで猫の側に居ることしか出来ないのだ。


「イリスさん、ちゃんと寝てますか?」


 子猫の様子を見に来てくれたステファンさんに軽く心配されてしまった。


「寝てます。まぁまぁ寝てます」


「かわいいのは分かりますがちゃんと寝るように」


 叱られた。


「でも皆が私のこと呼ぶんですよ。寝てられます?」


「……気持ちは分かります。子猫も、しゃべるんですか?」


 そういえば、子猫の言葉は聞いたことがない。

 ステファンさんに言われて初めて気が付いた。


「子猫の言葉は聞いたことないですね」


『子どもたちは神の使いではありません』


「え、そうなの?」


 教えてくれたのはサリーだった。

 神の使いから神の使いが産まれるわけではないらしい。

 というか、そんなにぽんぽん産まれてたらこの世界は神の使いだらけになってしまう、と。

 言われてみれば、確かにそうか。


「子猫は神の使いではないんですか?」


 というステファンさんの問いに、私は頷いた。


「子猫ちゃんはしゃべらないんだそうです。まぁしゃべってもしゃべらなくてもかわいいことに変わりはないけどねぇ」


 ミーミーと鳴きながら私の手に群がるモニカの子たちを眺めながら、私は呟いた。


 それからまた数日が経過した頃、私は隙を見てお隣の手芸屋さんに行ってきた。

 子猫たちにリボンを買ってきたのだ。

 まだ名前も付けていないので、とりあえず色分けをしようと思って。

 丁度七匹なので、虹の色と同じ七色のリボンを買ってきた。これは絶対にかわいい。


「さてさて、サリーの子には『赤』と『緑』」


 特に深い意味はなかったけれど、色名を日本語で呟いてしまった。


「ボニーの子には『青』と『黄色』」


 きつくならないように巻いていく。


「モニカの子には『藍』と『橙』と『紫』」


 引っ掛かってもすぐに抜けるようにしないと首が絞まったら大変だから。


『かわいいお名前をありがとうございます』


 と、サリーが言った。

 色名を日本語で呟いたので、色だと思わず名前だと思ったようだ。

 名前じゃなくて、と否定しようとしたが、皆もう我が子の名前として認識したし呼び始めている。


『私の子はアカとミドリ』


『この子はアオとキーロ』


『この子たちはアイとムラサキとダイダイ』


 モニカの子だけ名前長くなってるな……。


「その名前で、いい?」


『はい!』


 そんなに嬉しそうにしてくれるならそれでいいか~!

 いいのか?

 不安になってきた。今度ステファンさんに聞いてみよう。


「……というわけでこんなお名前なんだけど、どう思います?」


「かわいらしいと思います」


 じゃあいいか~!

 もうちょっと凝った名前にしたかった気がしないでもないんだけど突如七匹だしあまり難しい名前にしてわかんなくなってもいけないし。

 ただ、アカとミドリは白猫、アオは黒猫、キーロはぶち、アイは茶トラ、ムラサキはサバトラ、ダイダイは麦わら……私だけが混乱しそうな気がしてきた。


「しかしイリスさん、本当に疲れた顔をしているのできちんと休んでくださいね」


「はーい……あれっ、いない! ダイダイがいない!」


 さっきまで私の手にしがみ付いていたはずのモニカの子、麦わらのダイダイが居なくなっている。

 ちょろちょろするとはいえ脱走を企てる子はまだいなかったから気を抜いて目を離してしまった。


『匂いはするのでそう遠くには行ってないはずですが』


「あ、イリスさんの背中によじ登ってますね」


「えっ」


 くるりと振り返ってみたが、丁度私の背中あたりまで登ってきているらしく全く見えなかった。


『ダイダイはイリスさんのことが大好きみたいです』


 私も大好きだけど踏みつぶすのが怖いのでこっそりよじ登るのはやめてほしい。

 ステファンさんに頼んでよじ登りダイダイを捕獲してもらい、箱の中に戻した。

 だがしかし、ダイダイは今までにないくらいの大きな声で鳴き叫ぶ。


「はいはいはいはい」


 そう言って箱の中に手を入れると、ひしっとしがみ付いてきた。


「いやマジで私のことめっちゃ好きじゃん」


 かわいすぎて死ぬ。

 あまりの可愛さに悶えそうになる体を押さえつけながらちらりとステファンさんを見ると、彼はなんだか羨ましそうな顔をしていた。

 どうだ羨ましいだろう子猫がこんなにも私にべったりしているんだぞ。


 なんてことをしていると、呼び鈴が鳴った。

 珍しいことに来客か、と思って、ダイダイを箱の中に戻して裏口へと向かった。


「どちら様……あぁ、アラン」


 ドアの向こうに居たのは見知った顔の男だった。

 雑貨屋ルーチェで働いていた頃、私の補佐をしてくれていた男だ。

 彼が来たということは、私の分の給料を持ってきてくれたのだろう。


「社長に、これを持っていくように頼まれたので来ました」


「どうもどうも。えーっと、お茶でも飲んでいく?」


 ステファンさんが居るんだけど、と思ったものの私とつむじとの問題に巻き込んでしまった負い目もあるしさっさと帰すのも忍びない。


「じゃあ遠慮なく」


「別のお客様が居るんだけど大丈夫?」


「そちらが大丈夫なら」


 アランは淡々と答える。

 元々この子はあまり感情を表に出さないタイプだったし、遠慮もしないタイプだったからな。

 まぁ感情の起伏が激しくなくて変な気遣いをしないからこそ自分の補佐として側に置いていたのだけれども。


「失礼します」


「あ、どうも」


 アランが頭を下げながらステファンさんに軽い挨拶をし、ステファンさんもそれに応える。

 そこまでは特に何の変哲もない、普通の流れだった。

 しかしアランが頭を上げ、ステファンさんの顔を視界に入れてから、ふと室内の空気が変わった。

 アランから、妙な緊張感が漂い始めたのだ。


「あ、あなたは……」


「ミー! ミー!」


 おっとダイダイのクソデカボイスが……。


「あなたは、紺碧の獅子殿では……?」


 ダイダイのクソデカボイスに負けもせず、アランはステファンさんに声をかけていた。

 紺碧の獅子殿、とは。


「あぁ、そう呼ばれていた時期もありましたね」


 と、ステファンさんが苦笑を零す。

 どうやら紺碧の獅子殿というのはステファンさんの異名か何からしい。


「なぜ紺碧の獅子殿がこんなところに?」


「こんなところって失礼じゃない?」


 今は私の家兼店舗なんですけど?


「ミーーーーー!」


 ダイダイさんがご乱心である。お茶を淹れる間だけでも待ってほしい。


「イリスさんは黙っていてください。紺碧の獅子殿、あなたは」


「今はもうただのステファン・フレドホルムです」


「え……」


 アランは納得がいかないらしく首を傾げている。


「どういう意味ですか? あなたは王宮に居るはずの人で」


「まだ王宮に居ることになってるんですね。俺はクビになったのに」


 あっさりと言ってのけたステファンさんを見て、アランは言葉を失っていた。


「……もしかして、ステファンさんってすごい人なの?」


 そっとアランに尋ねてみると、アランはものすごい勢いで顔を歪めた。

 そんなことも知らないんですか、と表情だけで語っている。


「紺碧の獅子殿は、この国を救った英雄のうちの一人ですよ!」


 初耳なんですけど?


「ミーーーーー!」


「はいはーい!」


 そろそろダイダイが限界のようです。





 

ブクマ、評価、感想、拍手等ありがとうございます。

そして読んでくださって本当にありがとうございます!


猫が一気に増えて混乱しそうなので登場人物・登場猫一覧ページをそのうち作ろうと思います。

あとあまり聞き馴染みがないかもしれない麦わら猫なのですが、めちゃくそ可愛いので画像検索してみてください。

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