挙動不審王になったステファンさん
「にゃーーん」
「はーい」
右足を一歩前に出すと、右足にまとわりついてくる。
左足を一歩前に出すと、左足にまとわりついてくる。
一歩踏み出せば一度すり寄り、また一歩踏み出せばまたすり寄り。
「んにゃーーん」
「全然進めない」
ムラサキとキーロがスーパー甘えん坊モードに入ったらしくさっきから私の足元をうろちょろすりすりしている。
なでなでしてあげたいのだが、今日のランチの仕込みが大詰めなのだ。
心を鬼にしなければランチのメニューが減ってしまう。
「にゃーん」
「ちょっと待っててね」
ムラサキが私の足元でぽてっと寝転がる。
ムラサキは最近学習したのだ。人間の前で寝転がるとなでなでしてもらえる、と。
そんなムラサキを見てキーロも真似をするようにどさっと寝転がる。
キーロはムラサキの真似をすると可愛がってもらえると学習したらしい。
「ちょ、ちょいちょい、待って危ない踏む」
母猫たちが連れてってくれたりしないかなと視線を送ったが、彼女たちは窓に張り付いて店外でクッキーやスコーンを売る準備をするステファンさんたちを見ている。
彼女たちが窓辺にいるだけで集客率が上がるので、その邪魔をするのは忍びない。
「あーあーあー、こらこら」
突如後ろ足で立ち上がったムラサキの前足が私の膝を狙う。
これは完全によじ登る気でいる……!
「分かった。分かった分かった」
私は諦めてムラサキとキーロを左腕で抱き上げた。
左腕にはムラサキとキーロ。定位置である肩にはダイダイ。そして右手ではランチの仕込み。
子猫たちがまだギリギリ小さいから成り立ってるけど、もうちょっと大きくなったら無理だな。多分左腕が死ぬ。
あとダイダイちゃんが大きくなったら多分猫背になる。重くて。
「にゃーん」
「ぺろぺろしてるけどこれムラサキは食べられないよ」
「ンー」
ダイダイちゃんが返事しとる。
「イリスちゃーん! 今日ちょっと暇だからもう来ちゃった。ステファンさんが入っていいって」
「助かったー!」
ランチの仕込みも終わりかけていたころ、ヴェロニカさんが来てくれた。
「え、二匹抱っこしながら何か作ってたの?」
「はい。よじ登ってきそうだったから……はい……」
ムラサキとキーロを受け取ってもらう。
「にゃーー」
「よーしよし、お姉さんが抱っこしてあげようねぇ」
「良かったねぇ」
「ンー」
やっぱりダイダイちゃんが返事しとる。
ヴェロニカさんは二匹を連れてソファへと向かった。そしてしばらく二匹をなで回したところで、ふとこちらに視線を向けた。
「ねぇイリスちゃん、なんかあった?」
「……え?」
「なんか、いつもより元気がない気がする」
そうかな? と思いつつも、なんかあったといえばあったのでなんと答えるべきか……。
「ステファンさんもなんだかちょっと挙動不審だったし」
「え」
それは知らない。
「何? ステファンさんに告白でもされた?」
「されてませんね」
流れで私が告白しそうになったけれども。
「それが、昨日前の職場の社長が来まして……」
私は昨日起きた出来事をざっくりと説明した。
それを聞いたヴェロニカさんは「そんな面白そうなことが起きてたの?」と呟いた。小さな声だったけど全部聞こえた。
「あの雑貨屋の人気が落ちてるらしいって噂は確かに聞いてたよ」
ちょっと前までものすごく人気のある雑貨屋だったからね、とヴェロニカさんが苦笑を漏らす。
「まぁでもあの雑貨屋はね、今はもうどうでもいいでしょ。そんなことより恋人のふり? そっちのほうが重要じゃない? あー、だからステファンさんが挙動不審なの?」
ヴェロニカさんはケヴィンの話をどうでもいいと一蹴した。まぁ、確かにどうでもいい。
ステファンさんが挙動不審なのは、ちょっとよく分からない。
「……恋人のふりをしてもらった後、私、流れで告白しそうになって」
「なって!?」
「しなかった」
「なんで!?」
ものすごく食いつくじゃん。
大きな声に反応したアイとアオが目を真ん丸にして「遊ぶ!?」って顔してるじゃん。
「え、いや、その」
「イリスちゃんはステファンさんのこと好きなんでしょ?」
「はい。ただ、その、一応私がこの店の店長でしょう? だからもし断られたら働きづらくなるなって思って」
「ん、んーーー、なるほど」
「それに、なんていうか、店長命令みたいになって断れなかったとか、なんかそういう風になったら……っていうか」
「そうはならないと思うけど……まぁ、うーん……」
考え込む私とヴェロニカさんの視線の先で、ヴェロニカさんが遊んでくれないと察したアイとアオの暴れん坊コンビがプロレスを始めていた。かわいい。
「恋愛偏差値低いもんねぇ、ステファンさん」
完全に決めつけた口ぶりだけども。
「そう、ですかね?」
「そう」
断言したけども。
「だからまぁ、そうねぇ、距離を詰めるならじっくりのほうがいいかもねぇ」
「ですかねぇ」
「恋人のふりをしただけで挙動不審になるんだよ?」
「挙動不審」
そんなに挙動不審か? と、窓の外でお菓子を売っているステファンさんを見る。
「さっきから三回くらいお金落としてるからね」
「えぇ」
マジで挙動不審なのかもしれない。
そんな話をしながら、ヴェロニカさんはカフェオレを一杯飲んで帰っていった。相談や愚痴なら聞くからね、と言い残して。
その後、お菓子を売り終えて店内に戻ってきたステファンさんをこそっと観察していると、ヴェロニカさんの言った通りちょっぴり挙動不審だった。
常連の学生さんたちにも「今日なんかちょっと落ち着きなくないですか?」と言われていたので間違いない。
っていうか学生さんに落ち着きがないって言われる元英雄て。大丈夫なのかステファンさん。
そしてその日の閉店後のこと。
この挙動不審が夕飯時まで続いていたら私たちは普通に食事が出来るのだろうか、なんて考えていた時だった。
裏口から勢いよく滑り込んできたアランが、私に箱のようなものを差し出しながら深く頭を下げてきた。それはもう深く深く深く頭を下げている。
多分ここが日本だったら土下座する勢いだったに違いない。
「ケヴィンさんが、ここに来たと言っていました」
「あぁ、来たね」
「申し訳ありません。俺がいながら」
「いや、まぁ別に追い返したし」
どちらかというと挙動不審なステファンさんが気になりすぎてケヴィンのことはほとんど忘れていた。
「これ、お詫びの品です」
「別にいいのに」
アランが持ってきたのは私が好きなお店のお菓子だった。
「あとこっちも」
「なにこれ」
「猫のおやつです」
「わーい明日あげよう」
猫たちに察知される前にキッチンへと急ぐ。
そして棚の中にそっと隠した。見つかったら食べさせるまで騒ぐから。
「それで、イリスさん」
「あぁ、話なら夕飯食べながらにしようか。私準備してくるよ」
「あ、はい」
アランには少し話したいことがあったので、とりあえず先に夕飯の準備をすることにした。
ステファンさんも、アランがいれば少しは挙動不審っぷりも和らぐだろうし。
「あ、俺も手伝っ痛!!」
「……大丈夫?」
「……うん」
挙動不審王ステファン、テーブルの脚に足をぶつけたらしい。
アランはただきょとんとしているだけだが、ここにヴェロニカさんがいたら確実に腹を抱えて笑っていたと思う。
「さて、準備出来たし食べようか」
猫たちのごはんの準備も整えて、私はテーブルに着く。
「ありがとうございます。それで、その、早速で悪いのですがイリスさん、ケヴィンさんはなんて言ってましたか?」
「助けてくれって言ってた。そんなに切羽詰まってるの?」
「……はい。売上が完全に落ちました。あと、新しいものが作れなくて焦っているようです」
「なるほどね。そういえば助けてほしいって言うから迷わず嫌だって答えたらびっくりしてたよ、アイツ」
私がそう言うと、アランは呆れたようにため息を零しながら頭を抱えた。
「あの人はなぜいつまでもイリスさんが助けてくれると思ってるんだろう……」
と、アランはポツリと零す。
「そりゃあ昔から私が助けてたからだろうねぇ」
「そうなんですか?」
アランもステファンさんも小首を傾げている。
「そうそう。だって私にはアイツのあのなんでも作り出せる魔法が必要だったから。恩を売っておけば私の利になると思ってたし」
「……イリスさんらしいといえばらしいですが」
「アイツがああなった理由の一因は私。だから、アイツが私をあの店から追い出した理由がもっと真っ当なものだったら助けてやらないこともなかったんだけどね」
女が嫉妬するから、って理由だったもんだから。と、私は苦笑を零す。
もっと別の理由、例えば自分の力だけでやってみたいだとか他にやってみたいことがあるだとか、そんな理由だったら私はキレずにあの店から離れたかもしれないのに。
まぁ、今そんなことを言ったところでどうにもならないのだけれど。
「あぁそれと、あの人、イリスさんに恋人がいたって言いながら帰ってきたんですけど」
「んぐ、ごほっ」
ステファンさんが咽た。
「あぁ」
「いやそれはごほっ、違うんです」
挙動不審が過ぎる。
「ケヴィンがあんまりにも帰ろうとしないから恋人のふりをしてもらったの。ステファンさんに。丁度そこにいたから」
「恋人のふり?」
アランはきょとんとしながら首を傾げた。
「仕返しよ仕返し。『彼、私が他の男といるの嫌がるの』って言って追い返したの。ケヴィンの女もそうやって私のこと追い出したわけだし」
我ながらイイ感じの意趣返しだったと思うんだけど! と笑ったのだが、アランはきょとんとしたままだった。
「ふり、だったのか」
「はい!」
アランの小さな声に、ステファンさんが大きな声で返事をする。
そんなに元気よく返事しなくても。
「俺はてっきり二人が付き合い始めたのかと。それか実は俺が知らないだけで前から付き合ってたのかと思って」
「いやいやいやいや!」
そんなに元気よく否定しなくても。
「え、なにステファンさん、嫌なの?」
私がそう問いかけると、ステファンさんは仰け反り気味になりながら目を丸くした。
「嫌ではなくて! きちんと否定しないと、俺とイリスさんが、その……恋人だとか、そんな噂が立ったらイリスさんに迷惑だし。俺なんか」
全然迷惑じゃないけども。
「それに、イリスさんには俺なんかよりアランさんのほうがお似合いだ」
なんだそれ、と言いかけたところでアランが口を開く。
「俺はもっと控え目で大人しい女性が好みなのでイリスさんはちょっと」
「流れるような悪口」
「悪口ではありませんよ」
騒々しいって言ってるようなもんじゃん。悪口じゃん。
「え? ……あ、いや、でもほら、猫たちも俺がイリスさんの相手じゃ不満みたいで」
ステファンさんの言葉を聞いて、私もアランも猫のほうへと視線を向ける。
するとそこには相変わらずステファンさんに無言の圧力をかける母猫たちがいた。
「えぇ……親猫たちが真っ直ぐステファンさんを見ている」
「恋人のふりをして以降、ずっとあんな感じで」
不思議そうに首を傾げるステファンさんとアラン、そしてそれを見詰める母猫たちという図がなんとなく面白くて、私は思わず笑ってしまった。
「イリスさん、何笑ってるの」
「恋人のふりが嫌だったわけじゃなくて良かったなって思って」
「え、いや、それはその」
挙動不審が止まらないステファンさんから猫たちに視線を移すと、猫たちの無言の圧力は止まっていた。
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そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。




