必死で笑いを堪えていた私
私たちが西の洞窟の魔女の話で腹を抱えて笑ってから数日が経っていた。
今日は平日、そして今は午前中なので私は暇だ。
「ダイダイちゃんのにゃんぽんふわふわもふもふー」
「ンー」
今日も元気にダイダイちゃんのにゃんぽん。
「……イリスさん」
「ん?」
ダイダイちゃんを寝かしつけたところでステファンさんに声をかけられた。
ステファンさんは暴れん坊子猫たちに邪魔をされながらも新聞を読んでいたらしい。
「これ、読んだ? 西の洞窟付近で行方不明者が出た話」
「あぁ、こないだ話題になってたとこだったから読んだ。原因不明の行方不明なんて、物騒よね」
オオトカゲの噂を信じている人たちにとっては西の洞窟付近で誰かがオオトカゲに食べられたと思っているかもしれないなぁ、なんて呑気なことを考える。
しかしアイナは昔あの洞窟で魔法の実験をやっていたと言っていた。そう、昔のことだと言っていたのだ。
ということは、今はもうあの洞窟を使っていないということだろう。
そもそも勇者のお供になってしまったわけだし洞窟に行っている暇もなさそうだし。
……じゃあ、あの洞窟には今何が?
「詳しく書かれてないけど、行方不明になったのは王宮関係者だろうなぁ」
ステファンさんがぽつりと零す。
「王宮関係者ならもっと詳しく書かれそうなものじゃない?」
「いやいや。西の洞窟に向かった発端は姫が男を奪い合うために、って話だ。それが露見するわけにはいかないから詳しく書かなかったんだと、俺は思う」
「そうか、なるほど」
寝てしまったダイダイちゃんを起こさないように立ち上がり、ステファンさんの側に寄る。
「行方不明になった人数は5人。それなのにこの記事の小ささは不自然だと思う」
「確かに」
原因の分からない行方不明者が5人も出ているのに新聞記者が騒ぎ立てないなんて、言われてみれば不自然である。
「でも……西の洞窟に魔女はもういないでしょ」
「西の洞窟にいたはずの魔女は今日王宮にいるはずだ」
新聞の別の面にはでかでかと勇者のお供についての続報が書かれていた。
勇者もアイナもしばらくは忙しいだろう。
「アイナが魔法の実験をやめた後、何かが住み着いたのかな?」
それこそ本当にオオトカゲが住み着いていたりして?
嘘から出た実、みたいな?
「西のほうの近況を知らないからなんとも言えないけど、西にそれほど危険な生物は生息していないよ」
「え、そうなの?」
「どちらかというと危険なのは南のほうだ。温暖で餌が豊富なのかあっちの生物は基本的に皆大きい」
「へぇ!」
そういえばあれこれ勉強してきたけれど、生物については一切触れてこなかったな。
お金になりそうにないし。
「だから、けしかけるための生物を調達したいなら西じゃなく南を目指すべき」
ステファンさんが真顔で言う。本当にヤバい生き物とか捕獲してきそうな顔をしている。彼だけは敵に回してはいけない。
いや、まぁステファンさんは単純に顔が怖いだけなんだけど。
「ってことは、なんで行方不明になったんだろう」
「これは俺の想像だけど、オオトカゲを借りようとしていた姫とは別の姫陣営の奴らが先回りをして罠を仕掛けて陥れた、っていうのが最有力じゃないかなと」
「おぉ……」
オオトカゲよりも何よりも人間が一番怖いというお話。
そんな激ヤバ王宮とは違い、ここは相変わらず平和な楽園だ。
午前中は暇だったが、午後になった今はお客さんが沢山来てくれている。
気ままに過ごす猫たちがいて、楽しそうに猫を眺める人がいて、美味しそうにお茶を楽しむ人がいて。
そして私の肩の上にはダイダイちゃんがいて。
ダイダイちゃんはごきげんらしく、私の耳元でふすふすしてはゴロゴロと喉を鳴らしている。
私はこの後来るであろう学生さんたちのためにクッキー生地を捏ねていて手が離せない。
なでて攻撃が来たらどうやってなでようかな、手の甲か腕でどうにかなでるかな、なんて思っていたけれど、ダイダイちゃんはなでて攻撃に出てこなかった。
ステファンさんに声をかけられて手を止めると不服そうに前足でてしてしとアピールしてくるはずなのに、こうして私が何かの作業をしているときは大人しくしていようと思っているのだろうか?
ははーん、さてはダイダイちゃん、天才だな?
「猫ちゃん用クッキーとか作ったら、ダイダイちゃん食べる?」
「ンー」
「そっかー」
お返事出来るんだもんな、やっぱり天才なんだよな。
「おやつもささみばっかりだし、なんか色々考えたいねー」
「んにゃー」
ざっくり話しかけると「ンー」と返事をするダイダイちゃんだが、最近は「ねー」と話しかけると「にゃー」と返してくるようになった。
そのうち会話が出来るようになるんじゃないかとそわそわしている。
まぁサリーたちが言うには子猫たちは神の使いじゃないし後天的に神の使いになる生き物はいないって話だったから、やっぱりダイダイちゃんはただの天才なんだよなぁ。
「イリスさーん」
脳内で親バカを炸裂させていたら女の子の声がした。
どうやらいつもの学生さんたちが来たようだ。
今日は二人らしい。
「いらっしゃいませー」
「にゃーん」
私のいらっしゃいませに合わせてダイダイちゃんも鳴く。
このままでは接客も出来る天才猫になってしまう……!
「肩の上のお姫様が今日もかわいいー」
学生さんの一人がそう言ってダイダイちゃんの頭をなでていく。
ダイダイちゃんはまんざらでもなかったのか、学生さんが離れていったところで私のほっぺたをぺろぺろざりざりと舐めていた。
「ご注文はどうしますか?」
「今日は授業でごっそり体力奪われちゃったから甘い物じゃなくてがっつりごはんが食べたいです! ってことで私はきのこクリームパスタで!」
「私は糖分! フルーツサンドで!」
「はーい。試作のクッキーがあるんだけど、試食する?」
そう尋ねると、二人は声を揃えて「する!」と答えてくれた。
学生さんたちは素直な感想を言ってくれるので試食してくれると助かる。
ステファンさんに試食を頼むと大体嬉しそうに食べて美味しいと言うだけだから。
いや嬉しそうなのも美味しいという感想も嬉しいのだけれども。
「お待たせしました、きのこクリームパスタとフルーツサンドです」
「わーいお腹空いたー!」
どうやらこの超空腹の学生さん、魔法の授業で失敗して体力をごっそり持っていかれたらしい。
持っていかれた体力を回復するためにもりもりととても美味しそうに食べてくれている。
それは、まぁいい。私も学生時代魔力のコントロールを失敗したりして同じような体験をしたことがあるから気持ちも分かるし。
気になるのはソファだ。
もりもりと食べている学生さんを、モニカが目を真ん丸にしてずーっと見ているのだ。
『あんなに勢いよく食べる人、初めて見ました!』
未知との遭遇だったようだ。
確かにこの店は猫とのふれあいのほうがメインなので大体のお客さんは軽くしか食べない。
私もステファンさんもここまでがっつりもりもり食べるタイプではない。まぁステファンさんの場合、量は食べるがガツガツはしていない。
そしてモニカたちの元飼い主はお年を召していたらしいのでそれほど食べなかったのだろう。
『わぁ……』
微動だにせず真ん丸おめめでテーブル席を見ているモニカはとてもシュールで面白い。
それだけなら微笑ましいで済むのだが、モニカがたまにその顔のまま私をチラ見するので思わず吹き出しそうになる。危ない。
『わぁ……!』
こっち見んな……!
「いやぁ、まだ食べられるわ」
「太るよ」
ご注文の品をぺろりと平らげた二人は、そんな会話を交わしながらソファへと向かう。
そこにはもちろんモニカがいる。
『沢山食べましたねぇ』
モニカにものすごく感激されていることなど露知らず、学生さんはソファに座って猫たちをなで始める。
「モニカちゃんが膝の上に来てくれたー!」
まだ未知との遭遇顔をしているモニカを、学生さんがもふもふしている。己の食べっぷりに驚かれているとも知らずに……。
「あ、イリスさん!」
「んん、はいはい」
「クッキー美味しかったです! あと可愛かった!」
『美味しかったんでしょうねぇ。吸い込むように食べていましたものねぇ』
モニカが笑わせようとしてくる……!
「美味しかったのならよかった」
「あのキラキラのジャムクッキー、ほんのり甘酸っぱくて紅茶に合う」
「甘いカフェオレにも合うと思う!」
二人はこの後もあれこれと感想を述べてくれた。
学生さんが気に入ってくれたのなら、メニューに加えよう。
クッキーはお持ち帰り用にもしやすいし、今度可愛いラッピング用の袋を買いに行かなければ。
「あ、もう時間だ」
そうこうしているうちに、学生さんたちは帰る時間だ。
「モニカちゃん寝てくれなかったなぁ。じゃあ、また来るね」
『ああ、わくわくして眠れませんでした。またどうぞ』
律儀に返事をするモニカに、私はまたしても思わず吹き出しそうになる。今日のモニカは危険だ。
そして閉店作業に取り掛かり始めたところで、私はついに限界を迎えた。
「ふふっ、今日のモニカ面白かったよ」
ソファに座っているモニカの頭をなでながら言う。
『面白かったですか!?』
「ずっとびっくり顔で学生さんのこと見てるんだもん」
『だってあの人、ものすごい勢いで食べてましたよ』
「極限までお腹が空いた人間ってきっとあんなもんよ」
『なるほどぉ』
「うっかり笑っちゃうかと思ったわ」
そう言いながらわしゃわしゃとなでると、モニカはその場にころりと横たわってお腹を出す。
これは遠慮なくお腹をなで回さねば! となで始めたら、肩の上のお姫様ことダイダイちゃんがソファに飛び降りて、同じくお腹を出す。
「あーかわいい! かわいいにゃんぽんが二つ!」
サイズ違いのにゃんぽんが二つ! これはかわいい!
「あ、イリスさん、アランさんが来た」
「えー? じゃあ夕飯の準備しなきゃじゃん……」
「えーって」
「だって折角かわいいにゃんぽんなでなでの時間だったのに」
「にゃ、にゃんぽん……」
「にゃんにゃんのぽんぽんだからね、にゃんぽん」
「は、はい」
「またあとでねにゃんぽん」
『はーい』
モニカはそのままその場でくつろぎ始め、ダイダイちゃんは私が立ち上がる直前で肩の上に戻ってきた。
私が立ち上がる空気を察知して肩の上に戻るなんて、やっぱりとんだ天才だわ。
「いらっしゃいアラン」
「ネコォ……」
あぁ、とんでもなくお疲れだわ、これ。
私が夕飯を準備している間、アランは猫吸いセラピーで精神力を回復していた。
猫吸いは効くもんな。今は精神力回復にしか効かないけどそのうち体力回復にも魔力回復にも効くようになると思うわ。知らないけど。
「そういえば、新聞見ました?」
やっと言葉を操れるようになったらしいアランが口を開く。
「西の洞窟のやつ?」
「それです。詳しく書かれてませんでしたが、あれって王宮関係者のことですよね、きっと」
アランもステファンさんと同じようなことを言っている。
「月白とかいうあの人のやつれっぷりと言い行方不明の件と言い、王宮内は私たちの想像以上にとんでもないことになってそうね」
「確かに」
ステファンさんもアランも、小さく笑っている。
ま、王宮内はきっとまったくもって笑い事ではないんだろうけど、ね。
お久しぶりです。
ブクマ、評価等ありがとうございます。
またぼちぼち更新していこうと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
手直しと同時進行で更新していくのでたまにおかしなところがあるかもしれませんがご了承くださいませ。
そして現在返信をする余裕がないので感想欄を一時停止しております。そちらもご了承くださいませ。




