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復讐のもふもふねこちゃんカフェ  作者: 蔵崎とら


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32/42

大きな猫鍋を作り上げた私たち

 

 

 

 

 

 今日、ステファンさんは少し遅刻するらしい。

 昨日の帰りがけに、少しだけ遅くなりますと言っていたから。


「んにゃーーん」


「はーい」


「にゃーーーーーん」


「はいはーい」


「にゃーん」


「はぁい」


 私一人でごはんの準備をしていると、毎朝こうなる。

 母猫たちは私がごはんの準備をすると告げれば一言「はい」と返事をして待っていてくれるのだが、子猫たちのほうはそういうわけにはいかない。

 ごはんの準備が整うまで足元をうろちょろして催促をしていると思われる鳴き声で食べたいアピールを繰り返すのだ。


「ンー」


 ダイダイちゃんは私の肩の上から静かに高みの見物をしているけれども。

 そして準備が整って、全員が食べ始めると静かになる。


「んにゃうんんにゃむ……」


 たまにごにょごにょ言いながら食べてる子もいるんだけど。

 誰がしゃべりながら食べてるんだろう?

 声の発生源的にはアオかミドリあたりかなぁ。今度じっくり観察してみなければ。

 なんて思っていたら餌を食べていたダイダイちゃんの動きがぴたりと止まる。

 そしてまだ残っている餌に砂をかける仕草を見せる。

 あの行動は「後で食べる」的な意味らしい。

 かつて猫が野生の動物だったころ、毎日狩りに成功するわけではないので少し食べては隠し、少し食べては隠し、とやっていた名残とかなんとか……。

 まぁその本能で見せる仕草らしいのだが、ダイダイちゃんの場合はさっさと私の肩の上に戻りたいだけなので戻ってきたところを餌皿の前に送り返す。

 すると「仕方ないなあ」みたいな顔をしてもう一度食べ始める。

 仕方ないなぁは君のほうである。

 食欲がないとかなら即病院に連れていくのだが、ただの「餌<私」なので食べてもらわなければ。

 そして用意した分を平らげて戻ってきたところを全力で褒める。


「よーしよしよしダイダイちゃん全部食べられたねぇ偉いねぇ」


 と言いながら、全身をなで回す。

 するとゴロゴロと喉を鳴らしながら心行くまでなでられて、いそいそと私の肩に登っていく。

 その間、餌を食べ終えたムラサキとキーロも私に寄ってきて「食べたよ褒めてー」とでも言っているかのようになでてアピールを始める。


「はーいよしよしお利口さんねぇ」


「ンー」


 返事をするのはダイダイちゃんだった。

 そんなダイダイちゃんは私の耳元の匂いをふんすふんすと嗅ぎ、たまに頬のあたりをぺろぺろしてくれる。

 かわいい。かわいいんだけど餌食べた直後なのでなかなかに餌臭い。

 皆のなでてアピールが落ち着いたところで餌皿を片付ける。

 するとキャットタワーのほうからばたばたと音がし始めた。

 音がしたほうをちらりと見れば、そこでは子猫たちによる大運動会が始まっていた。

 元気なのはいいことだ。

 しばし猫たちを放っておいて片付けと仕込みを、と思っていたところでキャットタワーから大きめの鳴き声が聞こえてきた。


「にゃぁぁん! にゃぁぁん!」


「なに?」


 小さな声でそう言いながらキャットタワーに近付くと、キャットタワーのてっぺんからこちらを見ながらアオが鳴く。


「……降りれなくなったの?」


「にゃぁぁん!」


 降りれなくなったんだな。

 それか降りるのが面倒になったんだな。

 カーテン昇降運動とかでステファンさんに降ろされ慣れてるから、登りたくて登ったけど降りるのが面倒みたいなことをよくするのだ、この子たちは。

 はいはい、とキャットタワーから降ろすと、ひゃっほー! とでも言っていそうな勢いで今度はソファに突進していった。

 ……元気なのは、いいことだ。

 さて、開店準備に戻ろう。そう思ってキッチンに戻ったところで、今度は玄関のほうから人の話し声が聞こえてきた。

 複数の声が聞こえる気がするが、片方はステファンさんのようだ。


「おはようございます」


 やっぱりステファンさんだった。


「イリスちゃんおはよーう!」


 あ、ヴェロニカさんだったのか。


「おはようございまーす」


 キッチンから答えると、ステファンさんとヴェロニカさんが一緒に店内に入ってきた。


「ねぇイリスちゃん見て見てー! こないだより大きいお鍋作ってみたの!」


 なんとヴェロニカさんがお鍋を持ってきてくれたらしい。

 先日貰ったお鍋が猫たちにとても人気で常に取り合いが起きていたからありがたい。


「ありがとうございますヴェロニカさん! おいくらですか?」


「あぁ、お金はステファンさんに貰ったから大丈夫よ」


「え、ステファンさんまた買ってくれるんですか? ありがとうございます。でもステファンさん、猫たちのおもちゃ代で破産しません?」


「……しませんね」


 しないならいいけれども。


「……あはははは! あ、今度のお鍋はね、猫たちが入ることだけを考えたから可愛くしたのよ。取っ手の部分は猫の耳の形、そしてなんと、底には肉球の柄が」


 ヴェロニカさんが肉球柄を見せてくれようと床にお鍋を置いた瞬間、猫たちがお鍋に飛び込んでいった。

 ……肉球柄、見えなかったね。

 私もヴェロニカさんもステファンさんもなんとも言えない笑いを零していたところで、背後が騒がしくなる。

 何事かと思えば、アオとアイが揃ってお鍋が入っていたであろうかわいらしい箱に入り込んで遊んでいた。

 箱の中に入り込んで、何をしているのかは分からないがガサガサガサー! とものすごい音を立てている。


「箱もおもちゃにしちゃうのね!」


 ヴェロニカさんが楽しそうだ。


「箱とか袋とか大好きなんですよ、猫って」


 我が家では紙袋が人気なのだが暴れん坊たちが大暴れをしながら遊ぶのですぐボロボロになってしまう。

 なのでステファンさんはわざと買ったものを紙袋に入れてくれる店を選んで買い物をしていたりするのだ。

 私はステファンさんのそういうところが好きだったりする。


「じゃあこれがボロボロになる頃にうちにあるいらない箱とか持ってきてあげよう」


「いいんですか?」


「もちろん! 箱を持ってくる人って認識されたらもっと懐いてくれるかもしれないものね」


 もっと懐かれたいのか、ヴェロニカさん。

 まぁ懐かれたいよね。


「あ、じゃあ私は仕事に戻るわ」


 ヴェロニカさんはそう言って急いで戻っていった。今日のランチタイムには来られないから、とお鍋の中の猫たちをもしゃもしゃーっとなでてから。

 大きなお鍋とは言え、結局皆で競い合うように入り込み、中にみっちり詰まっているから手を突っ込むだけでもっふもふになる。かわいい。

 ただ一番に入り込んだアオが他の子たちに踏まれるのが気に入らないのか猫パンチ猫キックを繰り出しているので若干の危険地帯になりつつある。


「ステファンさんちょっと手を突っ込んでみてください」


「えぇ……」


 絶対危ないだろ、みたいな顔でステファンさんが手を突っ込む。


「いてててて」


 案の定アオの攻撃の的になった。


「あはは」


 もふもふの塊の中から、にゅっと前足が出てきてステファンさんの手をぺしぺしと叩く。

 その様子を見たあと、私もお鍋に手を突っ込んでみるが、私は別に叩かれなかった。


「なんでだよ」


 ステファンさんが小さく呟く。


「人を見てるのかな?」


「えぇ……」


 もう一度ステファンさんが手を突っ込もうとすると、今度は突っ込む直前からすでにアオの前足がスタンバイしていた。


「叩く気満々じゃん」


「なんでだよ!」


 見ているのだ。

 猫の塊の奥底から、真ん丸の目がこちらを。

 普段はかわいいかわいい真ん丸おめめなのに、今はどう見てもスナイパーの瞳だった。


「このやろ」


 ステファンさんはそう言って思いっ切り手を突っ込む。

 すると今度は両前足での猫パンチが決まる。

 それでも手を突っ込んだままにしていると、今度は猫キックも出始める。

 さらにアオの上がり散らかしたテンションにつられたのか、アイも暴れ始めた。

 アイは猫パンチ猫キックだけでは飽き足らず、ステファンさんの腕にしがみ付き始めた。


「え、それステファンさんが手を上げたら付いてくる?」


「ん?」


 ステファンさんが小首を傾げながら腕を上げると、本当にアイが付いてきた。


「……猫ちゃんの一本釣り成功だね!」


「ははは!」


 猫パンチ猫キックは多少不服そうだったステファンさんだが、一本釣りは楽しかったらしい。


「痛くない?」


「痛くないよ」


 釣ったままだとアイがそのうちびろーんと伸びかねないので、ステファンさんが左手でアイのお尻を支えている。

 するとその手がアオの前足の届く範囲だったようで、下からアオがぺしぺしと前足で襲ってくる。


「お前はどうしても俺を叩きたいんだな?」


「構って欲しいんじゃない? ステファンさんのこと大好きだから」


「え? ……あ、あぁ、あはは」


「ほら、アオも左手にしがみ付けば釣ってもらえるよ?」


 アイのお尻を支える係を私が引き継いで、ステファンさんの左手をアオのほうへと差し出す。

 しかし残念ながら母猫たちと違ってアオに私の言葉は通じない。

 アオは猛烈な勢いの猫パンチを繰り出すだけでしがみ付いてはくれなかった。


「両手釣りが見れたかもしれないのに……!」


「両手で釣れば鍋底の肉球柄も見れたかもしれないのに?」


「そう言えば……!」


 結局肉球柄の全体像が見られていないのだ。


「この際一気に全員を持ち上げれば見られるはずだけど」


「そうよね。持ち上げてみようか?」


 私とステファンさんはそう言って顔を見合わせ、頷き合う。

 手を鍋底に沿わせながら全員を持ち上げる準備をする。


「せーの」


 持ち上げよう、と思ったところで思わぬ障害が立ちはだかった。


『あっ、大丈夫です、その作業が終わったら、私たちも入りたいなって』


 母猫たちだ。


「ステファンさん、サリーたちも入りたいって」


「分かった。じゃあ俺たちが持ち上げるからその隙に入って!」


『はい!』


「行くよイリスさん、せーの!」


「はい!」


 子猫たちをまとめて持ち上げて、その隙に母猫たちがするりとお鍋に入り込む。


『わーい』


 サリーもボニーもモニカも嬉しそうにお鍋の中で丸くなった。

 そしてその上に、私たちが持ち上げていた子猫たちを下ろす。


「……ダイダイ様も入れば、全員入ったことになるな」


「確かに」


 私は私の肩の上にいたダイダイちゃんを皆の上にそっと乗せた。


「乗った!」


「かわいい!」


「全員入る大きさでお願いしたんだ!」


 ステファンさんがお願いして作ってもらったんだ、これ。


「とってもかわいいね」


 ステファンさんを見ながらそう言うと、ステファンさんはちょっとだけ照れ臭そうに笑ったのだった。


 ……肉球柄は見られなかったけど、まぁいいか。

 なんとなく、ステファンさんもかわいかったから。





 

増える猫鍋。

ブクマ、評価等いつもありがとうございます。

そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。

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