ヴェロニカは、楽しんでいた
前々から面白い面白いとは思っていたけれど、想像以上に面白いことになっていた。
まぁ、ちょーっとごちゃついているけれども。
お隣のイリスちゃんとステファンさんが普通にいちゃついてるわりにくっついていないことは知っていた。
傍から見れば両想いなのにくっつかない。
私が見ても、イリスちゃんのお店にやってくる学生さんたちが見ても、誰がどう見ても両想いなのに、本人たちだけが気付いていない……らしい。
あんなもん猫たちだってわかってるわ。多分。
そしてそんな二人を見て、くっつけばいいのにと思う自分とこのまま気付かず無意識にいちゃいちゃしてる様子を眺めるのも楽しいと思う自分が脳内で戦っている。
学生さんたちも同じ感じだった。
もう結婚しちゃえばいいのに、とか、このままのじれったい感じを見てるのも楽しい、とか、なんかそんなことを言っていたし。
先週の私はこのまま二人をじっくり見守る気分だった。
でも昨日は早くくっつけよ! という気持ちが強かった気がする。
ステファンさんと二人で話す機会があったからだろう。
楽しそうなイリスちゃんを見ていると穏やかな心で見守らなければという気持ちが湧くのだが、なんだか煮え切らないステファンさんを見るとしっかりしろよ! と思ってしまうのだ。
で、結局しっかりしろよ! という気持ちが強くなってステファンさんに声をかけたわけだ。
贈り物でもしたら、と。
それから贈り物をする気にはなったらしいのだけど、贈るものが思い浮かばなかったとのこと。
だから何を贈るかを相談しにきたのかと思ったのだが、どうやらそれだけではないらしい。
「誰と誰と誰が、なんですって?」
ステファンさんが持ってきたごちゃごちゃ恋愛相関図は一度聞いただけでは全く分からなかった。
それほどまでにごちゃごちゃしていたのだ。
「だから、イリスさんとアランさんがおそらく両想いで、だけどアイナさんとやらがアランさんのことを好きになってるみたいでー……あと勇者はアイナさんとやらが好きらしい」
ところでなぜイリスちゃんたちは勇者とそのお供の魔女と知り合いなのだろう……? まずそこから気になるわけだが。
「……いや、こんなこと相談するなんて女々しいし、ヴェロニカさんだって俺からこんな相談されても迷惑だろうとは思ったんですが一人で抱えるにはごちゃごちゃしていて」
……恋愛偏差値低そうだもんなぁ。
「うん、で、まぁ、図にしてみたけど……ステファンさんはイリスさんが好き、でいいんだっけ?」
「はい。いや、いやいや俺はそういうんじゃないので」
書くけどね。
「私はそのアランさんたちの様子が分からないからなんとも言えないんだけど……本当にごちゃごちゃしてるわねぇ」
とりあえずステファンさんが言った内容を相関図にしてみたものの、イリスちゃんが好きなのはステファンさんだからなぁ。
イリスちゃんとステファンさんが両想いで、アランさんがイリスちゃんを好きだったとしたら片想いでしょう?
ってことは勇者もそのお供の魔女も片想いだなぁ。
とはいえステファンさんだってイリスちゃんの気持ちにも気付いてない鈍感野郎だからな。この人たちが本当に片想いをしているのかも分からない。
ただ、とりあえず面白そうだということは分かる。
「まぁ、頑張らなきゃねステファンさん」
私がそう呟くと、ステファンさんは小さな声で「はい」と答えていた。
しかし、ステファンさんを初めて見た時は顔の怖い大男だし関わり合いになるのはやめようと思っていたけれど、案外話しやすいしいい人なんだろうな。
恋愛偏差値が低そうなのも、顔が怖すぎて女の子に避けられてたからとかそんな感じっぽいし。
「あ、で? 贈り物は? っていうか感謝の言葉は? ちゃんと言った?」
「感謝の言葉は言いました」
「一回言ったからって大丈夫じゃないからね?」
「あ、はい」
「毎日でも言うといいわ」
「毎日」
「ほぼ毎日ごはん作ってもらってるんだから、毎日感謝して褒めるの」
「あ、はい」
素直でよろしい。
「それで、贈り物は」
「まだ、で。女性に贈るものなんて思い浮かばなくて」
……恋愛偏差値低そうだもんなあ!
「そうねぇ……あ、お鍋は? うちの」
「な、鍋?」
そういえば先日、イリスちゃんがお鍋を探していたのだ。
何を作るつもりなのかは分からないけれど、少し大きめの鍋が欲しいと言っていた。
深さはそれほどなくて丸くて、ちょっと可愛い感じのものがいい、そう言っていた。
思い通りになるかどうかは分からないけどうちで作ってみるという話になっていたし、それが丁度そろそろ出来上がりそうだった。
「新商品として出すから、それを贈ったら?」
「なるほど。……それは、高価だったりは?」
「それほど高価ではないわ。何? お金ないの?」
「いや、付き合ってもいないやつから高価なものを贈られたら引くのでは、と思って」
「あぁぁー……なるほどね。まぁ、そうね、分からなくもないわ。高価で豪華なアクセサリーなんか贈られたらちょっと距離を置こうと思うし」
「ですよね!?」
私の返答に、ステファンさんが食い気味でそう言った。顔が怖いので迫力がすごい。
私は彼が猫に弄ばれる姿をよく見ているのでなんとも思わないけれど、これは小さな子どもだったら泣いている気がする。
「アクセサリー、買おうとした?」
「思い浮かびはしました」
「そっか。思いとどまって良かったね」
「……はい」
まぁイリスちゃんなら普通に喜んだかもしれないけどね。ステファンさんに貰うわけだし。
「いやでもアクセサリーが悪いわけではないと思うよ」
「本当ですか?」
「そんなに高価じゃない普段使いできそうなヘアアクセサリーとか、そういうのならいいんじゃないかなぁ」
「なるほど」
「高価な指輪は引く」
「指輪はダメ」
ステファンさんが学習している。
このまま少しずつ恋愛偏差値を上げて頑張ってほしい。
いやまぁもう二人とも両想いなんだけどね!
っていうかもう高価な指輪渡して結婚申し込んでもいいんじゃない? ってくらいいちゃついてるんだけどねお二人さん!?
……って、言ってしまいたい……!
あぁあでも私の口からそんなこと言っちゃったら絶対に面白くない!!
「でもネックレスは……アイナさんとやらに貰っていて」
「ん?」
貰っていたからなに? と言おうとしたところでふとステファンさんの顔を見たら、不服そうに唇を尖らせていた。
もしかして、もしかしてなんだけど、ヤキモチ的な?
「本当は、俺からの贈り物はいらないと言われたんです。それなのに……」
それなのに、アイナさんとやらからは遠慮もせず素直に貰っていた、と。
それが不服だったらしい。
なるほどな。分かった。なんとなく分かった。
とりあえず、この男はいい奴だ。そしてイリスちゃんのことがとても好きだ。
この男ならイリスちゃんを幸せに出来ると思う。
「よしよし、じゃあお鍋にしよう。イリスちゃんが欲しいって言ってたお鍋」
「はい」
「お鍋が完成したらきちんと包装するから……明後日には準備出来るわ」
「ありがとうございます」
ステファンさんは深く深く頭を下げてから帰っていった。
……よし、この話は全て学生さんたちにも教えてあげなければ。
これは楽しくなりそうだな!
後日、イリスちゃんのお店に遊びに行ったら、さっそくお鍋が使われていた。
想像とは違う使い方だったけれど。
「ヴェロニカさん! いらっしゃいませ!」
満面の笑みで迎えてくれたイリスちゃんと、私の顔を見ながら不思議そうな顔をしているステファンさんが視界に入る。
「こんにちは、イリスちゃん」
「こんにちは! 見てくださいヴェロニカさん! こないだ言ってたお鍋、ステファンさんが買って来てくれたんです!」
ほら! と見せてくれるお鍋に食材は入っていない。
入っているのは、数匹の猫だ。床に置かれたお鍋の中に、みっちりと猫が詰まっている。
「これ、ずっとやってみたかったんですよぉ!」
イリスちゃん、すごく楽しそう。
楽しそうだけど、ずっと猫を鍋に詰めたかったの……?
「可愛いでしょう!?」
「まぁ、うん、可愛いわ」
狭くないのか? ってくらいみっちり詰まった猫は可愛いけど。可愛いけど。
「皆もお気に入りみたいで入れ代わり立ち代わり出たり入ったり!」
よく分からないけど、イリスちゃんはとても興奮している。
「みっちりね」
私が呟くと、母猫ちゃんたちが返事でもするかのようににゃーんと鳴いた。
「あ、ヴェロニカさんご注文は?」
「いつものランチとカフェオレをお願い」
「はーい!」
元気よくキッチンへと消えていくイリスちゃんの背中を見送った後、視線だけでステファンさんを呼んだ。
「これはどういうこと?」
しゃがみ込んで猫が詰まった鍋を見ながら問う。
「俺にもちょっと、よく分からなくて」
「猫を詰めるために鍋を買ったの?」
「そう……みたいで」
ということは、ステファンさんはイリスちゃんに鍋を贈ったわけではなく、猫に鍋を贈ったことになるのでは?
「猫たちは……大喜びです」
「……みたいね」
イリスちゃん……!!
「あ、ヴェロニカさーん、そのお鍋もう一つ買いたいんですけどまだありますー? 一つじゃ奪い合いになっちゃって」
「作るわ! 全員入れる大きさのお鍋作るわ!」
これはさすがにステファンさんが可哀想だわ!!
……と思ったけど、今見たらステファンさんもなんだか嬉しそうな顔してるわ!!
もう一生その調子でいちゃいちゃしてなさいよ!!
懐かしの猫鍋。
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