猫が見た世界 モニカの目
モニカ視点です。
イリスさんは、ステファンさんが好き。
ステファンさんも、イリスさんが好き。
だけど、二人は思いを打ち明けていない。
だから、勘違いが起きている。
イリスさんの気持ちに気が付いていないステファンさんは、イリスさんの想いがアランさんへと向いていると思っている。
それだけにとどまらずアランさんの想いもイリスさんへと向いていると思っている。要は二人は両想いだと思っている。
そしてアランさんは、イリスさんとステファンさんがくっつけばいいと思っている。
正直、とっても面白い。
イリスさんは感情を隠すタイプではないのでわりと分かりやすい人だ。
それなのに勘違いしてしまうだなんてステファンさんは鈍い……とも言い切れない。
イリスさんはアランさんが来るととても喜ぶ。
喜んでいる理由はアランさんが持ってきてくれる話が面白いからなのだけれど、そこまで喜ぶかってくらい喜ぶのだ。
感情を隠すタイプではない、それが仇になっているんだと思う。
さらに、それだけでなくアランさんはステファンさんに釘を刺すようなことを言ったことがある。
「あの人はどんな口説き文句も軽く躱してしまうので、落とそうとするのもそれはそれで苦労します」
と、アランさんはそう言ったのだ。
おそらくステファンさんはうっかりそれを「自分も過去に口説いたけれど軽く躱されてしまった」という意味で言ったんだと解釈した。
アランさんはきっと純粋に応援するつもりだったはずなのに。
しかしそれも仕方のないことだろう。
だってアランさん、表情が乏しいんだもん。
私たちが産んだ子どもたちよりも表情が乏しい。
あれではステファンさんが勘違いしてしまってもおかしくはない。ステファンさんは悪くない。
それから、ステファンさんは顔が理由で前職をクビになっている。それが原因で完全に自信を失っているのだ。
だからきっとイリスさんが自分を好きになるわけがないと思っているんだろう。
私たちと初めて会った時も、自分は顔が怖いので猫が怯えないかと心配していたくらいだから。
私は猫だから、人間の美醜についてはなんとも言えないけれど、イリスさんはステファンさんを見ていい男だって言ったこともあるんだから素直に信じちゃえばいいのに。
……とはいえ、くっつきそうでくっつかない二人を見ているのはとても面白い。
サリーもボニーも同じ気持ちでいる。
そしてお隣のヴェロニカさんとよく来てくれる可愛い女子学生さんたちも同じ気持ちでいる。
紅緋と呼ばれるあの騎士が一悶着起こして以降、ヴェロニカさんたちは仲良くなったのだ。
そしてこの店の外で会っては立ち話をしている。
店の中では二人に聞こえてしまうから、決まって外で。
まぁ私たち猫の耳は人間よりも鋭いのですべて聞こえているのだけれど。
「あれで付き合ってないなんてねぇ」
「じれったいですよねぇ。絶対両想いなのに」
「でもそれはそれでどきどきしますぅ」
「分かる~!」
私も、この話を聞いていたらしいサリーもボニーもそっと頷いている。
今まで人間になりたいと思ったことはなかったけれど、あの人たちと会話が出来るのなら人間になってみたいと思ったほどだった。
あの人たちがアランさんのことを知ればもっと盛り上がってくれるんだろうな。
アランさんを知らないあの人たちはただ初々しくてじれじれした二人だと思っているだけだもの。
間にアランさんを挟むだけでステファンさんの『片想いだと思い込む切ない恋心』が発生するんだから絶対もっと面白いしどきどきする。
あぁ、あの人たちにそれを伝える術が欲しい。
ちなみに、ステファンさんにはもう一つだけ秘密がある。
イリスさんは当然ながらヴェロニカさんも女子学生さんたちも知らない。
あの時丁度眠っていたサリーやボニーだって知らない秘密が。
ステファンさんは、イリスさんに一目惚れをしている。
あれは私たち三匹がここに転がり込んできてからすぐのことだった。
イリスさんが私たちの日用品を買いに行っていたとき、あの時はまだ名前も知らなかったステファンさんが、大きな窓の向こうからこちらを覗いていた。
危ない雰囲気はなかったけれど、イリスさん不在の間に何かされたらどうしようと思った私は薄く目を開けて彼の動向を観察していた。
しばらくすると不思議そうな顔をしたイリスさんがそっとステファンさんの背後に迫る。
そしてイリスさんはこの人何してるんだろう、という顔でステファンさんを見上げ、そのまま彼の視線を追うようにこちらを見る。
その時、ステファンさんの視線がイリスさんのほうへ向いたのだ。
それから、あぁ猫を見てたのかという顔をしたイリスさんの横顔を見て彼は目を瞠った。
それだけじゃなく小さな声で「か、かわいい」と零す。
一部始終を見ていた私からしてみれば、そのかわいいは明らかにイリスさんに向けたものだったのだが、残念ながら私たちのことしか考えていなかったイリスさんは猫に向けて「かわいい」と言ったのだと判断した。
まぁ、ステファンさんも直前まで私たちを見ていたしイリスさんに勘違いされても仕方ないのだけれど。
しかしその後、ステファンさんは頬を真っ赤に染めてその場から逃げるように去っていたので、あれは絶対に一目惚れだったのだ。
この話をヴェロニカさんや女子学生さんたちに教えてあげれば、きっともっと喜ぶに違いない。
あぁ、やっぱりあの人たちにこのことを伝える術が欲しい。
ちなみに後にイリスさんがステファンさんを連れてきたとき、私はステファンさんがイリスさんに言い寄るなりなんなりしたのだと思った。
まさか偶然街中で再会しただけとは。
そしてそこからこんなにもじれったい二人になるとは露ほども思っていなかったのだった。
『もしもステファンさんがイリスさんを諦めてしまったらと思うと私は少しだけ心配』
ヴェロニカさんたちの会話を聞いていたらしいサリーが小さな小さな声で零す。
私たちの小さな声は人間にとって聞こえない音でしかないので同じ室内に居る二人には聞こえないだろう。
『でもイリスさんはステさんさんのことが好きでしょう?』
ボニーの言葉に、私は頷いた。
『私がイリスさんとステファンさんが夫婦になるのもありだと思いますって言った時、まんざらでもない顔してたもの』
『イリスさんとステさんさんが夫婦になったら、私も嬉しい』
『私も』
私もサリーもボニーも、イリスさんに幸せになってほしい。
だって、イリスさんは私たちを助けてくれたもの。
だからイリスさんがステファンさんのことを好きだというのなら、ずっと一緒に居てほしい。
それがイリスさんの幸せならば。
『私たちがなんとかして、二人を接近させられないかしら』
サリーが言う。
『余計なことをしたらイリスさんにバレてしまわない?』
そんな私の言葉に、サリーは少し悲し気な顔で首を傾げる。
言葉が分かるイリスさんにはバレてしまうかもしれない。
それどころか私たちが言葉を話していることを知っているステファンさんにもなんとなく伝わってしまいかねない。
もしも私たちが何かしようとしたことがバレて、二人の間に気まずい空気が流れてしまったとしたら……元も子もない。
『思い合う二人の仲を取り持つのって難しいのね』
ボニーの言葉に、私もサリーも深く頷いた。
その日の閉店後、ごはんを食べ終えた私たちはソファの上でまったりと過ごしていた。
ステファンさんは床に座って子どもたちと遊んでいる。
今日はカーテンには登らないようだ。
イリスさんはというと、ダイダイを私の側に置いてお手洗いに行っていた。
そして、いつもならすぐに戻ってくるのだが、戻ってくる途中で何かを思い出したらしくそのままキッチンへと向かってしまった。
それからしばらくすると、ダイダイが鳴き声を上げ始める。
「にゃおん、にゃおん」
大きな大きな声でイリスさんを探しているのだ。
イリスさんならキッチンに居るのだが、小さなダイダイにはそれが分からない。
「どうした?」
他の子どもたちと遊んでいたステファンさんがくるりと振り返り、ダイダイのほうを見た。
『イリスさんを探しているんですけど』
と言ってみたものの、私の言葉はステファンさんには届かない。
苦し紛れにキッチンのほうへと視線を送ると、ステファンさんは察知してくれたようだ。
「イリスさんを呼んでるのか」
呼んでるんじゃなくて探してるんだけど、まぁおおむね合っている。
「イリスさんならあっちだ」
おそらくダイダイを連れて行ってやろうとしてくれたであろうステファンさんが、ダイダイに手を差し伸べる。
するとダイダイはステファンさんの手をぺしりと叩いた。
『こらダイダイ』
これは叱らねばと声をかけたところで、ステファンさんがけらけらと笑いだす。
「イリスさん! ダイダイ様がご乱心だ」
「あ、はーい。ごめんごめーん」
手を叩かれたはずのステファンさんは怒ることなくイリスさんに声をかけてくれた。
母親として謝らなければと思うけれど、ステファンさんには言葉が聞こえない。
苦し紛れにステファンさんの膝にすり寄ると、彼は「ん?」と言いながら大きな手で私の頭をなでてくれる。
「もしかして俺が叩かれたのを見て申し訳なくなった?」
「にゃーん」
「大丈夫だよあのくらい。爪も出てないし。あと初めてじゃないし」
初めてじゃないのは知らなかった。
「ダイダイ様は気高い子だからな、イリスさん以外に触れられたくないのかもしれない」
ダイダイは気高い子、ステファンさんはそう思っているのか。
イリスさんはダイダイのことを甘えん坊だと思っているけれど。
「はいはいごめんねダイダイちゃん。ちょっと明日の仕込みとか考えてたから」
そう言いながらこちらに近寄ってくるイリスさんに、ダイダイが突進していった。
そしてイリスさんの膝あたりにまで両前足を伸ばして抱っこをせがんでいる。
「あれ、珍しい。モニカがステファンさんになでられてる」
それはダイダイがステファンさんの手を叩いたからで、と言おうとしたところで、ステファンさんがもう一度笑い出した。
「ダイダイがイリスさんを呼んでたから、俺に助けを求めてくれたみたいで」
と、私の頭をなでながら言う。
額のあたりをなでられると心地よくてゴロゴロしてしまうのだが、やはりダイダイがステファンさんを叩いたことは報告するべきだろう。
「そっかそっか。ごめんね。じゃあ今度は一緒に行こうかダイダイちゃん」
イリスさんはそう言ってもう一度キッチンのほうへと戻っていった。
「さっきのことなら、イリスさんには言わなくていいよ」
言葉は通じないはずなのに、なぜ私が報告しようとしていたことが分かったのだろう?
「心配しなくていい」
もしかして、私の顔と行動を見て心配していることが伝わったのだろうか?
「にゃーん」
「うんうん」
……それだけ鋭いのなら、なぜイリスさんの気持ちが分からないのだろう?
ステファンさんは不思議な人だ。
猫にも面白がられる両片想い。
ブクマ、評価等いつもありがとうございます。
そしていつも読んでくださってありがとうございます。




