閉店間際にやってきた顔の綺麗な男
「さてとー、そろそろ閉店準備に入りますかねぇ」
「はーい」
「にゃーん」
私の声にステファンさんと猫たちが返事をする。
ちなみに猫たちが返事をした理由は、閉店後にごはんが食べられるからである。おそらく。
さっさと閉店作業を終わらせてごはんタイムにしなければ、なんて思いながら入り口前に置いている看板を片付けようとしていた時だった。
「おや、今日はもうおしまいですか?」
と、声をかけられた。
男の声かぁ、と声がしたほうへと視線を向けると、そこにはすごく綺麗な男の人が立っていた。
「おしまいです」
厳密にいえばまだおしまいではないけれど、猫たちがごはんモードに入っているのでおしまいにしたい。
「それは残念だなぁ」
と、顔の綺麗な男は綺麗な笑顔を浮かべて、さほど残念だと思っていなさそうな声色でそう言った。
綺麗な笑顔を浮かべていれば女が言うこと聞くと思ってる、みたいな空気を感じたので、私は絶対におしまいにしてやろうと思う。
「また後日どうぞ」
私がそう言うと、彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
ほら、そんな顔するってことはやっぱりにっこりしてたら全部自分の都合のいいように動くと思ってるタイプの奴じゃん。
残念でしたー! と脳内で嘲笑いつつ私はそそくさと看板を片付ける。
「ちょっと待って」
「なんですか? あ、どうしても何か飲みたいとか食べたいとかでしたらこの先に美味しい食堂があるのでそちらおすすめですよ。ほら、あの青い屋根のお店です」
「いや、そうじゃないんだ」
「あ、猫ですか? それでしたらやはり後日改めていらっしゃってください。猫たちはもう私が看板片付けるの見てるから営業終了モードですし」
絶対に店内には入れてやらないという気持ちで対応していたら、顔の綺麗な男が己の口元を手で覆っていた。
「くっ、ふふ、あはは」
え、なんか突然笑いだした。
気でも触れたのかな?
ヤバい人だったら嫌だしステファンさん呼ぼ。
「ねえ、君だよね、紅緋の鼻を見事に折ったって子」
「……は?」
「君がイリス・フェルディーンって子でしょう?」
「イリスは私ですが……」
「あとその『騎士服での入店お断り』って紅緋へのあてつけだよね?」
顔の綺麗な男はついに本気の大笑いを始めてしまった。
この口ぶりを見るに紅緋のなんとかの知り合いっぽいし、顔が綺麗だからもう一人の英雄の可能性がありそうな予感がする。
ヤバい奴ならステファンさんを呼ぼうと思ったが、呼ぶのはやめておこう。
と、思ったのだが。
「イリスさん、早くしないとダイダイ様がご乱心……だ……」
ステファンさんのほうから出てきてしまった。
そして聞こえてしまった。「げ」というステファンさんの小さな小さな声が。
顔の綺麗な男の動向を確認しようと、男のほうに視線を向けたその時、男がさっき以上の大笑いを見せた。
「紺碧じゃないか! こんなところでなにをしてるんだい?」
「なにって、まぁ……とにかく少し静かにしてくれ月白」
ステファンさん、ちょっと前に言っていたっけ。
月白は性格があまり良くない、と。
「いやぁ、どこかに消えたなとは思ってたけど、こんなに可愛い店に居るとはね!」
顔は綺麗だし笑顔で朗らかに喋ってるんだけど、言葉と声色の端々に棘を感じる人だな、それが月白と呼ばれる男の印象だった。
紅緋のあれは普通に性格が悪いとしか思わなかったが、あれよりもこれのほうが面倒臭そうな気がする。
そして改めて自分の目で見て思ったが、なぜあれとこれが残ってステファンさんだけがクビになったのかが不思議でならない。
「ここで働いてるの?」
「え」
「働いてないの? ってことは……ヒモか!」
「違う!」
しかしもしもステファンさんが王宮から追い出されなければ毎日これの相手をしなければならなかったわけで、それならクビでも良かったのでは? と思う私も居る。
この面倒臭い奴相手にするくらいならカーテン昇降運動のほうがマシでは?
……いや、そんなことを考えている場合ではない。この男をさっさと追い返さなければ。
と、思ったところで今度はアランが出てきた。店の中から。
「いつも通り裏口から入ったら二人とも居ないんで……あれ」
なんて言いながら。
「あれ? 君、先日の雑貨屋の人だね? アランくん、だっけ?」
そうか、お姫様がルーチェを見に行った時の護衛がコイツだったからアランとも顔見知りなのか。
「月白の狼殿が、なぜここに?」
「俺? いやぁ、昨日紅緋がこの店の子にべこべこに凹まされて帰ってきたのが面白くて面白くて。どんな子にべっこべこにされたのかなって思って見学にね。でも騎士服じゃ入れないみたいだったから一度戻って着替えてきたんだ。そうしたらもう閉店だって言うからどうしようかな、と」
そんな月白の言葉を聞いたアランが、どうするんですかとでも言いたげな視線を私に向ける。
「どうしようもこうしようも閉店時間ですからねぇ」
追い返す気しかない。
「それは仕方ないよね。しかし、アランくんと紺碧、あとイリスちゃんも知り合いだったのか」
馴れ馴れしい奴だなコイツ。イリスちゃんなんてステファンさんにも呼んでもらったことないのに。
「知り合い、というか……」
なんと言うべきか、そう思っていたら、月白の目の色が少し変わった気がする。
「さっきまでは興味本位でここに来たつもりでいたけど、ちょっと話が変わってきたな」
ぽつりとつぶやいた月白の目は、明らかに真剣なものだったのだ。
さっきまではへらへらしていたのに。
「イリスちゃん、エーヴァ・ノルドストレームについては知らないって言ってたんだよね?」
そう問いかけられたので、私は即座に頷く。
そういえば、紅緋のなんとかもその名を口にしていたけれど、結局誰なんだっけ。
どこかで聞いたような……やっぱり知らないような……?
「アランくんは知ってるよね、エーヴァ・ノルドストレーム」
「はい」
「ここからは仕事の話だ。外でするわけにもいかないから、中に入れてもらってもいいかな?」
問いかけるように言ったけれど、こちらに拒否権はなさそうだった。
ステファンさんは不服そうな顔をしていたし、私も少なからず不服ではあったのだが、仕方なく店内のテーブル席に座ってもらうことにした。
ごはんを心待ちにしている猫たちが可哀想なので、私は一言断ってからごはんの準備をする。
その間、月白は店内を見渡しながら、またしてもステファンさんになんだかんだと言ってけらけらと笑っている。
お茶くらいは出さなきゃという気持ちが萎みそうだ。
しかしアイツにお茶を出さないということはステファンさんにもアランにもお茶を出せないことになるので我慢して人数分のお茶を用意しなければならないのだろう。
「仕事の話ってなんですか?」
猫たちのごはんと人間たちのお茶の用意が出来たので、私はそれを出しながら単刀直入に問う。
「まずは、イリスちゃんとアランくんの関係は? ついでに紺碧との関係も」
「私とアランの関係は元副社長とその補佐です。私、ここに来る前はあの雑貨屋で働いていたので。ステファンさんとの関係は雇い主と従業員ですね」
「ということは、イリスちゃんとアランくんは前から知り合いだったんだ」
「はい」
月白は「ふぅん」と相槌を打って、しばらく黙る。
それを見たアランが、おずおずと口を開いた。
「あの女……、エーヴァさんがなにか、イリスさんについてなにか言ったんですか?」
「今あの女って言った?」
「すみません」
アランの言葉に、月白がげらげら笑っている。
アランがあの女って言うってことは、エーヴァというのはケヴィンの婚約者のことだろう。あ、元婚約者になるんだっけ?
「まぁ、そう。その、『あの女』が"神の使い"の声が聞けるのは自分じゃなくイリスちゃんだって言っててね。昨日紅緋がその確認に来たはずなんだけど追い返されたってわけで。ま、そこはどうでもいいんだけど」
あの女というのを強調してくるあたり、なかなかの性格をしているなと改めて思う。
あと紅緋の件をどうでもいいといいつつもしっかり面白がっているところも、やはりなかなかの性格をしている。
「で、まだイリスちゃんは『あの女』を知らないって言うんだね?」
「知りませんからね」
「でも、あの雑貨屋で働いていたんでしょう?」
「働いてましたけど、追い出されましたから。間接的にではありますが、その女に」
そう答えると、月白はきょとんとした。
色々と調査してたみたいだったのだが、その辺については調べられなかったのだろうか?
それか紅緋は知っていたけど月白は知らなかったのか、かな。
「追い出された?」
「はい。その女、ケヴィンの婚約者だったんですけど、ケヴィンと私が一緒に働くのが嫌だとか言って私を追い出したんですよ」
事実を隠して言い逃れようとするといつまでも疑われるだろうから、私は簡単に説明した。
「一緒に働くのが……嫌……?」
「まぁ、嫉妬ってやつですね」
「くだらな」
「でしょう?」
月白は「理解不能」と呟きながら己のこめかみを揉んでいる。
嫌な性格をしていると思っていたけど、この点で気が合いそうなのは助かった。私も理解不能だもん。
「だから、私はその女との面識はありませんよ。クビを言い渡してきたのもケヴィンなので」
「面識もないのに……嫉妬……?」
「はい」
「くだらな」
「でしょう?」
今度は深い深いため息を零しながら、改めてこめかみを揉む。
そんな月白を見て、次に口を開いたのはステファンさんだ。
「その女は、何もかもをイリスさんに擦り付けて、そのケヴィンとやらと結婚しようとしたんだろうな」
と、ため息交じりに言う。
「理解した。まぁ、エーヴァ・ノルドストレームの脳内は理解不能だけれど、あの女がやりたいことは理解したよ。イリスちゃんは被害者か」
「おそらく」
私もステファンさんもアランも、こくりと頷いた。
しかし今この場で純粋に頷いたのはアランだけだ。
実際私は"神の使い"の声が聞けるわけだし。
ただ、そのことをあの女が知っているわけがないのだ。だって面識がないのだから。
「俺の前の彼女がそうだったよ。もう接点もない元彼女に嫉妬して、なぜか前の前の前の彼女のところに行って喧嘩したりして」
コイツ女とっかえひっかえしてるじゃん最低かよ。
「可愛いやきもちは許せるけどただの嫉妬はただただ醜い」
月白はやれやれ、と肩を竦めて首を横に振っている。
私たちはそんな月白に呆れた視線を送っていた。
「あ、それはともかくとして、この話を紅緋のなんとやらに伝えておいてもらえますか?」
伝えておいてもらえば、奴がここに来ることは二度とあるまい。
「ん? あぁ、いいよ。まぁあいつもここに来る勇気はなさそうだし良かった良かった」
月白はへらりと笑う。
私も安堵から、ほんの少し笑った。
「まぁ、でも残念だなぁ。イリスちゃんが"神の使い"の声が聞ける人で、俺が王宮に連れて行ったとなればお手柄だったのに」
何が残念だよ。お前の手柄のために捕らえられるわけにはいかないんだよこっちは。
「そんなに手柄として扱われてたか?」
ふとステファンさんが首を傾げた。
「あー、これはまだ表に出てない情報なんだけどね、勇者が選出されたんだよ」
「勇者ぁ?」
なんだそれ、という気持ちが思いっ切り声に乗ってしまって思いのほか大きな声が出た。
「ずば抜けた魔力を保持した人間が見つかったんだよ。で、そいつを勇者に任命して、最近不穏な動きを見せている魔族の長の元へと送り出そうって話があるんだって」
へぇ、と相槌を打ったけれど、いまいち理解が出来ない。実感がない、とも言うのかもしれない。
「竜を味方につけたいから、って理由で今王族周辺の人たちが目を皿のようにして"神の使い"の声が聞ける者を探してるんだよ」
要するに、ステファンさんは竜の谷送りになると言っていたけれど、今見つかってしまえば竜の谷に送られるだけでなく、竜と会話をさせられるわ魔族との戦争に巻き込まれるわ、みたいな悲劇に見舞われる、ということなのかもしれない。
……バレなくて本当に良かった。
ブクマ、評価等ありがとうございます。
そしていつも読んでくださってありがとうございます。