国の英雄に盾ついた私
「はぁぁかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいんん」
ふと気付けばダイダイちゃんがソファの上でちょこんとお座りをしていた。
それに気が付いた私は床にぺたりと座り込み、ダイダイちゃんと視線の高さを合わせた。
そして、両手でダイダイちゃんのほっぺを包み込み、もっふもふのわっしゃわしゃになで回しながらかわいいを連呼する。
するとダイダイちゃんは子猫特有のぷにっぷにの肉球で、私の唇をぷにりと抑えたのだった。
「うるさかったかなぁ?」
なんて言いながら、そりゃうるさいだろうな、とやっと冷静になった頭で考え至る。
いやしかし仕方がないのだ。人間という生き物はかわいい子が目の前にいると冷静さを失ってしまうものだから。知らないけど。
「いたっ」
いつまでももふもふしてないで仕込みを終わらせなければと思っていたら、背中にやんちゃな弾丸が突撃してきた。
くるりと振り向けば、そこには三匹のやんちゃな弾丸が居たので突撃してきた犯人は分からない。
やんちゃな弾丸たちはおそらくステファンさんが待ち遠しいのだろう。
なんとなくうずうずした顔をしているから。
あの子たちは私とも遊んでくれるには遊んでくれるのだが、やはり全力で遊ぶならステファンさんだと思っているらしい。
ちなみに私のことはごはんをくれる人だと思っている。確実に。
あとおやつを用意しているのが私ということもしっかりと認識している。
私がプラスチックもどき製の器を手に取ろうものなら遊びの途中だろうが寝ていようがその音を聞いた瞬間走り込んでくるのだから。
猫を飼うまでは、猫がこんなにも賢い動物だとは知らなかった。
言葉が通じる母猫たちならともかく、言葉なんか通じない子猫たちも想像以上に賢い。
最近一番賢いなと思った瞬間は、ソファの背もたれで爪とぎをしたアオと目が合ったところ、あの子はぴたりと動きを止めてそっと綺麗なお座りをキメながら「何もしていませんよ」みたいな顔をしたのだ。叱られることを察知して。うちの子まさか天才なのでは? と思った。そして叱った。
「おはようございます」
がちゃりと裏口が開き、ステファンさんの声が届いた。
「やったね皆! ステファンさんが来たよ!」
そう言うと、やんちゃな弾丸たちが絨毯の上を駆け回り、そのままの勢いでカーテンを登り始めた。
「やったねって何、あっ! こらカーテンに登るんじゃない!」
朝のカーテン昇降運動、始まりました。
私しかいないときはカーテンになんか登らないんだから、やっぱり賢いんだわ。
カーテン昇降運動が落ち着いたらしく、ステファンさんが仕込みの仕上げを手伝いにきてくれた時のこと。
ふと、窓の向こうに見慣れない服を着た人が見えた。
よーく見ると、どうやらあれは赤い騎士服のようだ。
なんとなく嫌な予感がした私は、キッチンの一番奥にステファンさんを押し込んだ。
「え、なにを」
「外に、なんか派手な騎士が居る。赤い騎士服の」
そう言うと、ステファンさんは小さく息をのんだ。
「今赤い騎士服が着られるのは、紅緋だけだ」
「ということは、あれが噂の。なるほど、言われてみれば綺麗な顔してるかも」
うーん、でもステファンさんのほうがいい男だけどなぁ、なんて思っていると、なんと赤い騎士服の男の足がこちらを向いた。
この店に来るつもりなのかもしれない。
そういえばアランが、あの女が連れていかれるときに私の名を口走った気がしたって言ってたっけ。
改めてステファンさんをキッチンの奥に押し込めつつ、どう対応すべきかを考えていたら、案の定紅緋と思われる男が店に入ってきた。
「いらっ」
「イリス・フェルディーンというのはお前か」
……しゃいませ。
いらっしゃいませも言わせぬスピードで挨拶もなしに言葉を放り投げてくるとは。
「私がイリス・フェルディーンですが」
目の前の騎士の態度に、声色が刺々しくなってしまう。
「エーヴァ・ノルドストレームを知っているか?」
誰だそれ。
「いえ、存じ上げませんが」
私がそう答えると、目の前の騎士は不満そうに顔を顰める。
というか、まず名を名乗ったらどうなのだろう?
「ところで、あなたはどちら様でしょう?」
騎士のくせに礼儀も知らないのだろうか、と思いながら問いかける。
すると彼は小さく「は?」と言いながら首を傾げ、すぐにやれやれとでも言いたげに大きなため息を零した。
「俺はこの国の英雄、紅緋の隼だ。そんなことも知らないのか? これだから平民は」
「いえ、その服でなんとなくは分かりましたが、名を名乗るのが礼儀ではないかと思いまして」
私と彼の間に、目には見えない火花が散った。
ちなみに服でなんとなく分かったとは言ったが、あれは嘘だ。ステファンさんに言われなければ分かっていなかった。
「とにかく、お前が"神の使い"の声が聞ける者だという情報を入手した」
「なんですか、それ」
「聞けるんだろう?」
決めつけてきやがる。
「知りませんが?」
「この店は、猫を使って商売をしているらしいな?」
「失礼な言い方はやめてください。猫と一緒に経営しているカフェです」
「どちらでも同じだろう。猫を使っているということは猫の言葉が分かるんだな?」
一触即発、そんな空気が漂っていた時だった。
キッチンのほうから、あのプラスチックもどき製の器がたてたであろうコツンという音が聞こえた。
すると、いつものようにやんちゃな弾丸が飛びついてきた。
「あああ違う違うおやつじゃないから!」
やんちゃな弾丸特攻隊長アイが私の足にしがみ付く。
よじ登ってでも一番にささみを食おうという強い意志を感じる。
「いたたたた! こら!」
「な、なんだ……?」
「風か何かで揺れたのかおやつ入れが音を立てたから、おやつと勘違いしたみたいでいたたたた! 猫の言葉が分かるとかなんとか言ってましたけど、そんなものが分かるならこんな苦労しませんよ!」
こうなったら食べるまで落ち着かないだろうと判断した私は、とりあえずささみを食べさせようと一歩足を踏み出した。
しかし、その足はすぐに止まることになる。
やんちゃな弾丸主砲アオが、紅緋のなんとかの足を踏んだ。
すると紅緋のなんとかは「うわ」と声を上げる。
「なんだお前、あっちに行け! シッシ!」
デカい声でそう言いながら、紅緋のなんとかがうちのかわいい猫たちを手で追い払った。
驚いたアオも近くに居たアイも、私の肩に乗っていたダイダイまでも一目散に逃げ出して、全員キャットタワーに駆け上がっていった。
それを見た瞬間、全身の血が沸騰したような気がした。
「出て行ってください」
「あ?」
「出て行ってって言ってんのよ! うちの従業員になんてことするの!」
国の英雄だかなんだか知らないけど、うちの従業員に害なすものはただの敵だ。
「な、なんだと?」
「とにかく話なら外で聞くから店の中に留まらないでください」
睨みつけながら言えば、紅緋のなんとかはしぶしぶといった様子で外へ出る。
しびれを切らしたステファンさんが出てこようとしていたが、私はそれも睨みつけることで止めた。
私でなんとかするから、そう口だけを動かして釘を刺す。
紅緋のなんとかを追い出しながら外に出ると、そこには彼の部下らしき騎士が二人控えていた。
男三人に取り押さえられたらどうすることも出来ないな。
「俺を誰だと思っているんだ」
紅緋のなんとかが口走る。
「英雄様、でしたね。英雄様とやらがそんなに偉くて人の店を荒らしても許される立場だったなんて知りませんでした。申し訳ございません」
申し訳ないだなんて露ほども思っていない、そんな考えが表情に乗っていたのだろう。
紅緋のなんとかの顔が面白いほど怒りに歪んだ。
「なんなんださっきから! 生意気な」
彼がそこまで怒鳴ったところで、それに被せるように一つの声が飛んできた。
「まぁ、騎士様が往来の真ん中で大きな声を出しているわ」
女性の声だった。
誰だろうと思えば、そこにはヴェロニカさんが居た。
その近くにはいつもうちに来てくれる女子学生たちも居る。
「騎士様ともあろうものが人を、しかも平民の女の子を怒鳴りつけるだなんて」
「怖ぁい」
「騎士様ってもっと紳士な方なんだと思ってたけどがっかりだわ」
彼女たちはひそひそ、といった様子を醸し出しつつも紅緋のなんとかにはしっかり聞こえるようにしゃべっている。
しかしヴェロニカさんとあの女子学生たちはいつの間にあんなに仲良くなったんだろう……?
そうこうしていると、彼の部下と思われる騎士たちがそわそわし始めた。マズイことになったとでも思っているのだろう。
紅緋のなんとかがくるりとヴェロニカさんたちのほうへと視線を向けると、彼女たちはすくみ上るような動きを見せた。
「大変、私たちも怒鳴りつけられちゃうわ。逃げましょ逃げましょ」
「怖ぁい!」
女子数人で身を寄せ合いながらヴェロニカさんの店に入っていく。
その姿を見てやっとよろしくない状況に気が付いたらしい紅緋のなんとかが私のほうへと視線を滑らせた。
ちらりと紅緋のなんとか越しにヴェロニカさんをのほうを見ると見たことないくらいに爽やかな笑顔で店の中へと消えていくところだった。
策士だな、あの人。
「……もう一度調査をして、また来る」
分が悪いと察した紅緋のなんとかがそう言った。
「その時は店の中には入らず外から声をかけてください」
「な」
「平民が経営する店を踏み荒らすのが英雄様の特権ならこちらも諦めますが」
「んだと!」
「あなたのせいでうちの猫たちが人を怖がるようになったら商売あがったりですからね。こちらも職を失うわけにはいきませんし。偉大な英雄様にはご理解いただけないかもしれませんが、こんなちっぽけな平民の私はあなたからすれば"はした金"のような金額を稼ぐのにも必死で働かなければなりませんので」
早口でそう捲し立てれば、紅緋のなんとかは舌打ちをしながら踵を返した。
よし、なんとか切り抜けた。
切り抜けた……が。頭に血が上ったからといってこの国の英雄に盾ついて大丈夫だったんだろうか……?
急に不安になってきた。
私に万が一のことがあったら、猫たちはどうしよう。
もうちょっと上手く立ち回らなきゃならなかった、そう思いながら店の中に戻ると、子猫たちがそろりそろりと私に近付いてくる。
「びっくりさせてごめんね」
そう言うと、まずダイダイが私の足に前足を伸ばして抱っこの催促を始めた。
そして他の子猫たちも私の足元にまとわりついてくる。
きっと怖かったのだろう。
「もう大丈夫よ」
ところでステファンさんはどこだ?
まだキッチンの奥に居るのか?
と、キッチンのほうを覗いてみると、隅っこにどんよりとうずくまるステファンさんの姿があった。
「だ、大丈夫なの、ステファンさん」
「俺が……」
「なに?」
「俺があなたを守るとか大口叩いたくせに、俺はなぜこんなところに居るんだろう……」
私が釘を刺したからでは?
「まぁ、なんとか切り抜けてきたし大丈夫よ」
「情けない……」
「いや、ステファンさんがあの場に出てきてたら状況が死ぬほど厄介になってただけだし本当に気にしないで。とにかく今後のことを話し合っておこう。また来るとか言ってたし」
「はい……」
可哀想なくらい凹んでいる。
「あ、その前に紙」
店のドアに「騎士服での入店お断り」って書いて貼らなきゃ。
というわけで、凹んでいるステファンさんをちょこちょこ慰めつつ、急いで紙を貼った。
「イリスさん、本当に大丈夫?」
ステファンさんが私に叱られた時のやんちゃな弾丸たちよりもしゅんとしている。
「大丈夫。ヴェロニカさんたちが機転を利かせてくれてね」
「それは、よかった……」
ヴェロニカさんや女子学生たちにも後でお礼を言わなければならない。
「ただ、私もちょっと頭に血が上っちゃって言い過ぎてしまって……英雄に暴言吐くのって、なんかの罪になったりするのかな?」
だとしたら、ちょっと大丈夫じゃないかもしれないのだけれど。
そう思っていたところで、ステファンさんが両手で私の両手をまとめて包み込んだ。大きな手だな。
「今度はちゃんと俺があなたを守るから、絶対に。今日は、本当にごめん」
「ええと、ありがと」
私が言い終える直前に、店のドアが開く音がした。
そして、げらげらと大きな笑い声がする。
「表の張り紙! イリスちゃん面白過ぎ……あれ、ま、まさか邪魔だった!?」
私が書いた「騎士服での入店お断り」の張り紙を見て笑うヴェロニカさんたちだった。
「い、いや」
ステファンさんがさっと手を離す。
いちゃついてると思われたのか!
「邪魔だなんてまさか! 皆にお礼をしようと思ってたんです! とりあえず奢るからテーブルへどうぞ!」
とりあえずテーブルへと通したが、何故だかこの場に居る全員の顔が赤くなっていて、しばらく物を食べるどころでも雑談するどころでもなくなっていた。
ブクマ、評価等ありがとうございます。
そして読んでくださってありがとうございます!




