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予行演習をした子猫たち

 

 

 

 

 

 カフェの準備は大体整った。

 内装も問題ないし諸々の手続きも問題ない。そこだけを見れば今から開店しても大丈夫だ。

 ただ、一つだけ問題……というか気がかりなことがある。


 子猫たちは、大丈夫なのか?


 母猫たちには言葉での説明が可能なので接客をお願いします、と言えば大丈夫だし相手したくない客だったら相手しなくていいとも言えるし相手をしたくない理由次第では私がステファンさんに伝えて摘まみ出してもらえばいいだけだ。

 しかし子猫たちに言葉は伝わらない。

 間に母猫が入ってくれるとはいえ直接伝わらないし子猫たちの言葉も直接伝わってこないので心配だ。

 キャットタワーやケージといった避難場所も用意しているので嫌だと思ったら一目散に逃げてもらえればいいのだけれど。

 と、いうわけで。私はとりあえずの助っ人を呼んでみたのだ。


「いらっしゃいませヴェロニカさん」


「わーい呼んでくれてありがとうイリスちゃん」


 お隣のお店で働いているヴェロニカさんだ。


「こちらこそ来てくれてありがとう。えっと、まずは猫ちゃんたちに関する注意事項がこちら」


「ふむふむ」


 メニュー表を渡すよりも先に注意事項を渡す。

 大声を出さないとか追いかけまわさないとか人間用の飲食物を与えないとか、わりと事細かく書いている。


「その注意事項が守れない人はあちらのステファンさんから摘まみ出されます」


 ステファンさんを指しながら言うと、ヴェロニカさんの視線がステファンさんに向く。

 ステファンさんは笑顔を作っているけれど、緊張しているのかなんとなく引き攣った笑顔になっていた。


「へぇ……。まぁ猫ちゃんが一番大事だものね、屈強な人が護衛に居てくれたら安心ね」


「そうなの!」


「最初に見た時はちょっと屈強過ぎて正直ビックリしたけど、注意事項を見たら納得だわ」


「そうでしょ?」


「面倒な客が居たら摘まみ出すのが一番手っ取り早いもの」


「そ、そうなの?」


 摘まみ出したくなるような面倒な客が過去に居たのだろうか……? と疑問に思ったけれど、詳しく聞く勇気はなかった。


「それじゃあカフェオレと、この肉球ムースをお願いします。あと猫ちゃんのおやつもあげたいんだけど」


「はーい。猫ちゃんのおやつはムースを食べた後で持ってきますね」


 と、私とヴェロニカさんがそんなやりとりをしている間、猫ちゃんたちはソファあたりからこちらの様子を伺っていた。ダイダイ以外。

 ダイダイはお客さんが来た瞬間私の肩に上ったから。

 おそらく先日ソファやテーブルを搬入してくれた業者さんが来た時にケージに入れられたことを根に持っているのだろう。

 ケージに入れられるくらいなら肩に乗ってやるという強い意志を感じたから。


「猫ちゃんたちはテーブルに乗ってきちゃったりしないの? え、このムースかわいい!」


 用意したカフェオレと肉球ムースをテーブルに置いていたところでヴェロニカさんに問われた。


「一応私たちでしつけてるからほいほい乗ってきたりはしないと思うんだけど、もし乗ってきたらそっと椅子あたりに降ろしてあげてください。そのムース、ヴェロニカさんのとこで買った型で作ったんだよ」


「なるほど、わかった。あの型でこんなにかわいくて美味しいムースが作れるのね! 君の肉球もこんな感じなのかな?」


 ヴェロニカさんは私の肩に乗っているダイダイに話しかけている。


「ダイダイの肉球は黒なのでコーヒーゼリーですよ。ね、ダイダイちゃん」


「ンー」


「え、その子お返事出来るの? かわいいー!」


 ヴェロニカさんが興奮している。

 そんなヴェロニカさんがムースを食べている間、猫ちゃんたちはソファ周辺で駆け回っていた。

 駆け回るついでにステファンさんの足元に突進したりしているのだが、あれは一体なんの儀式なのだろう。かわいいな。

 しかしあの調子ならお客さんが居ても案外平気らしい。


「イリスちゃんごちそうさまでした!」


「あ、じゃあ猫ちゃんのおやついきます?」


「お願いします!」


 このカフェで一番の目玉になるであろう猫ちゃんのおやつタイムだ。

 落としても絶対に割れないように、とアランを介してルーチェからこっそりと買ったほぼプラスチックで出来たカップに茹でたささみを裂いたものを入れてヴェロニカさんに渡す。


「母猫ちゃんたちは大人しいから大丈夫なんだけど子猫ちゃんたちがちょっとどう動くか分からないからソファに座ってからあげたほうが安全です」


「分かったわ」


 子猫たちの行動パターンはまだ未知数なのだ。ダイダイ以外。

 カップを受け取ったヴェロニカさんはフロアを分断する大きなソファの真ん中に座る。

 すると母猫ちゃんたちがヴェロニカさんの元へと寄ってきた。

 そんな母猫ちゃんたちにつられるように、子猫ちゃんたちも集まりはじめる。


「楽園だわイリスちゃん!」


「そうでしょう!」


 ヴェロニカさんはかわいいかわいいと言いながら、そしてでれでれしながら皆にささみを配っている。

 たくさんの猫ちゃんに群がられると、人間は皆ああなってしまうものなのだ。仕方ない。かわいいから。


「ンー」


「ダイダイは貰わなくてよかったの?」


「ンー」


「そっかぁ」


 ンーかぁ。


「ねぇイリスちゃん、このかわいいおもちゃは使ってもいいの?」


 おやつタイムを終えたヴェロニカさんが次に目を付けたのは、キャットタワー側に置いていた猫のおもちゃだった。

 ステファンさんが買ってきてくれたけれど紙袋のほうが人気になってしまった、というあの時のおもちゃたちだ。

 紙袋のほうが人気だったとはいえあのおもちゃもちゃんと使っていたのだ。


「どうぞどうぞ遠慮なく遊んであげて」


 私がそう言うと、ヴェロニカさんはスタンダードなねこじゃらしを手に取って揺らし始める。

 おやつを食べてごきげんな子猫たちは嬉々としてそれに飛びつく。


「おぉー飛ぶねぇ!」


 ヴェロニカさんもとってもごきげんのようだ。テンションが高い。

 そしてねこじゃらしで遊ぶ子猫たちなのだが、やっぱり定期的にステファンさんのところへの突進を繰り返している。

 ねこじゃらしに飛びついていたと思ったら、今度はずだだだだ、と走り込んではぴょこんぴょこんと戻ってくる。


「君たちはなにをしているの?」


 と、ヴェロニカさんが子猫たちに問いかける。


「普段ステファンさんが遊んでくれてるから一緒に遊んでほしいのかもしれません」


 ふふ、と笑いながらそう言うと、ヴェロニカさんは極々小さな声で「あの図体でこのちっちゃい子たちと遊んでるんだ……」と零していた。

 ステファンさんに聞こえていませんように。


『ステさんさんが遊んでくれないのが不服みたいです』


 ボニーの言葉に「なるほど」と返しかけたが、そんなことをすればヴェロニカさんから見たら明らかに不自然に喋り出したみたいになるので、私は言葉を飲み込んでボニーの頭をなでた。

 あんまり実感がないせいで、神の使いの声が聞けることが露呈しないようにしなきゃ、ということを忘れてしまいそうになる。

 うっかりしないように気を付けなければ。

 ただ話しかけるだけなら問題ないのだ。現にヴェロニカさんだって普通に話しかけてるし。

 気を付けなければならないのはうっかり出そうになる相槌だな。と、私は脳内にメモを残す。

 子猫たちは大丈夫だろうかと思ってのプレオープンだったが、私のためにもなったのでヴェロニカさんを呼んでみて本当に良かった。


「名残惜しいけどそろそろ帰るわ……」


 子猫たちを膝の上に乗せてなでまわしていたヴェロニカさんがそう言った。


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ」


「またいつでも来てくださいね」


「近いうちに来るわ。すぐにでも来るわ!」


 ヴェロニカさんが完全に猫の虜になってしまったようだ。

 ヴェロニカさんはギリギリまで猫たちをなでて、後ろ髪を引かれるようにしながら帰っていった。

 まぁ隣で働いてるんだし休憩時間に覗きに来てくれるとかでも大歓迎なんだけどな、こちらとしては。


「子猫たちも大丈夫だったみたいだね」


 遊び疲れたのかソファの上で猫団子を作っていた子猫たちを見ながら呟く。


『この子たちはみんな人が好きみたいです』


「そんな感じだったね」


 サリーの言葉に、私は笑顔でそう返す。

 しかしサリーの言葉が聞こえているのは私だけなのでステファンさんはきょとんとしている。

 そう、この相槌に一番気を付けなければならないところなのだ。

 一つ勉強になった。


「そういえば、ステファンさんが遊んでくれないから不服だったみたいよ、子猫たち」


 軽く笑いながらステファンさんにそう告げると、彼は照れ臭そうに笑っている。


「俺も遊んでやれるものなら遊ぶんだがなぁ」


 しかし今後彼は不届き者を摘まみ出す役割も担うのででれでれするわけにはいかないのだ。

 だからこればっかりは子猫たちに慣れてもらうしかない。


「閉店後やお休みの日に遊んでもらえばいいよね」


「あはは、そうしよう」


『ところでイリスさん、ささみは一日どのくらいもらえるものなんでしょう?』


 ふと、モニカが期待を込めた瞳をこちらに向けながら言う。


「食べ過ぎは体に良くないからあんまりいっぱいはあげられないよ」


『えぇー……』


「ふふ、モニカはささみの量が不服だったみたい」


 私がそう言って笑うと、ステファンさんも同じように笑っていた。

 この様子なら、カフェを本格的にオープンしても和やかな毎日が過ごせそうな気がした。

 ……気がしたのだけれども。

 死者が棺から蘇生でもしてきたのかと思うほどに顔色の悪い男のおかげでついさっきまでの和やかさが吹き飛んでいった。


「アラン、どうしたの? とんでもない顔色してるけど」


 どうしたの、と問いかけたものの、おそらくアランの疲労の原因はお姫様絡みだろう。


「ケヴィンさんの婚約者? あの人が勘付いたんですよ」


「お姫様が来るって話?」


「はい」


 前々から隠しきれるはずがないとは思ってたんですけどね、と蚊の鳴くような声で呟くアランを尻目に、私はとりあえず甘いカフェオレを用意する。

 自分とステファンさん用のお茶と共に。


「やっぱ嫌がってる感じなの?」


「当然ながら」


 ケヴィンに女が近付くのが余程嫌らしい。

 嫌だって言ったって相手はお姫様なんだからこっちに拒否権なんてないのに。


「ケヴィンとその女とお姫様が揃ったらどうなるんでしょうね」


 化学反応で爆発しそうだね! と、心の中のもう一人の私がうきうきしている。


「揃ったときのことはまだ考えたくないですね……」


 アランのそんな言葉に、ステファンさんが「アランさん、可哀想に」と返している。


「しかも女性従業員は俺の味方だと思ってたのに、そういうわけにもいかなくなってきたみたいで……はぁ……」


 私が出したカフェオレを飲みながら、アランがため息を零す。

 ケヴィンの相手の女は日ごろの行いがよろしくないせいで女性従業員からは敬遠されているらしい。

 そんな女のせいで酷い目に遭っているアランは女性従業員から同情の目を向けられており、何かと味方になってくれていた、とのことだった。

 しかし、なぜだか彼女らが味方ではなくなるかもしれないのだそうだ。


「なんで?」


「お姫様の護衛が月白、紅緋のどちらかだそうで、皆俺どころではないみたいで」


 噂のイケメンが職場に来る、ってことか。

 そりゃあアランどころではないし、お姫様どころでもないだろう。

 うん、仕方ない。

 化学反応待ったなしだわ! と、相変わらず心の中のもう一人の私がうきうきしていたけれど、こうなってくるとさすがに同情を禁じ得ないい。


「私に何か手伝えることがあったら言ってねアラン」


「……はい」


「とはいえ私はそっちの店に近付けないから、ここで癒しを提供することしか出来ないけど」


「……ですよね」


「俺も何か手伝えればいいのですが俺をクビにした人と元同僚が居るところにのこのこと近付く勇気はないので……ここから応援することくらいしか……」


 ステファンさんの言葉を聞いたアランが、私とステファンさんを交互に見る。

 そして何かを悟ったような顔をしたと思えば、無言のままいつのまにかアランの膝の上に居たサリーをなでていた。


「俺の周りには問題児しかいない」


 ……可哀想なアラン。





 

ブクマ、評価などありがとうございます。

そしていつも読んでくださってありがとうございます。


アランさん不憫全一。

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