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模様替えをした店内

 

 

 

 

 

 猫ちゃんたちに夢中になって、猫ちゃんたち中心の生活が始まって、人間らしい生活を忘れかけていた今日この頃、やっとカフェ開店の目処が立った。

 働き始めれば人間らしい生活を思い出すかもしれない……自信はないけど。猫ちゃんはずっとそばに居るわけだし。


「……俺がカフェの従業員で、本当にいいのでしょうか?」


 突然心配をじっくりことこと煮詰めたような声でそう言ったのは、ステファンさんだった。彼は今ソファに座って頭を抱えている。


「今更そんなこと言われたってもう従業員二名で登録しちゃったんですが?」


 登録したとはいえ、この世界の、私たちのような平民が店を出すのにそれほど厳しい制約はない。基本的にゆるゆるなのだ。

 だから今から変更することも不可能ではない。不可能ではないけれど変更するにはこの商業区の区長のもとへ行って変更手続きをしなければならないのでそこに行くのが若干面倒臭い。


「そうですよね……いや、まぁ、やると言ったのは自分なんですが、いざ決定すると不安になってきたというか……」


 顔が理由で前職をクビになった彼のトラウマはなかなか大きかったようだ。


「カフェとはいえ猫ちゃんを第一に考えなければならないわけで注意事項もたくさんありますし、それを守らないやつを摘まみ出すにはやはり男手が必要で、元騎士のステファンさんが適任なんですって」


「その役割は分かっていますが、この顔のせいで優良な客まで逃げませんか?」


「そんなことで逃げるやつは猫ちゃんとふれあう資格などなし!」


 そもそも本当に猫ちゃんとふれあいたい人は猫に気を取られてステファンさんの顔なんか見てる余裕などないはずだ。多分。

 まぁその辺は実際開店してみなければ分からないけれど。

 というかまず客が来るかどうかも分からないが、それを言ってしまえば元も子もないから今は黙っておこう。

 ガサガサガサー、と派手な音を立てて紙袋に飛び込む子猫たちを見ながら、私は言葉を飲み込んだのだった。

 ちなみに皆に大人気のあの紙袋はもうすでに三代目だ。

 大人気がゆえにすぐにボロボロになってしまうから。

 そしてボロボロになると決まってどこからかステファンさんが持ってきてくれている。

 そのうち子猫たちにステファンさんは紙袋の人だと認識されてしまう気がする。


「楽しそうだね」


 心底楽しそうに遊んでいる子猫たちに声をかけると、数匹が返事をしてくれた。


「まだ見ぬお客さんはともかく、これだけ猫たちに気に入られてるんだから大丈夫ですよステファンさん」


「そう、ですかね。……あ、そうだイリスさん、敬語をやめてもらえませんか?」


「え? なんでですか?」


「イリスさんは俺の雇い主になるわけですし」


「あー、確かに。じゃあこの際お互いやめましょうか」


「えぇ?」


「だってステファンさんのほうが年上ですし」


「それはそうですが」


「これからは同じ職場で働く戦友になるわけだから、お互い変な気遣いはなしということで!」


 ね、と小首を傾げて見せると、ステファンさんは大きく頷いてくれた。


「と、いうわけで、ステファンさんこれ食べてみて!」


「なんです……か、それ」


「肉球型コーヒーゼリーです!」


 そう簡単に敬語は抜けないらしい。

 私たちはお互い笑い合いながらコーヒーゼリーを食べて小休憩をとったのだった。



「……あ、そういえば先日アランが言ってたんだけど、私の前の職場に今度お姫様が来るんですって」


「姫……」


 顔でクビになったことがトラウマになっていると気付いたそばからクビを告げた側の話を振ってしまった。

 大丈夫だっただろうか、とステファンさんの顔をちらりと見るが、嫌そうな顔はしていないようで少し安心する。


「姫の名は聞いた?」


「んー、そういえば聞いてない」


「今この国には五名の姫がいらっしゃる」


「その五名の中に面倒臭そうな人っている?」


「大きな声では言えないが、いらっしゃる」


 まぁ女が五人も居たら一人くらい面倒な奴はいるもんよな。知らんけど。


「面倒臭いというか、顔のいい男が大好きな方がいらっしゃる」


「なるほど?」


「三名ほどいらっしゃるのだが、その三名で月白と紅緋を奪い合っていた」


「なるほど……」


 そりゃ面倒臭そうだ。


「そして俺はクビに」


「ひでぇ話だ。その月白さんと紅緋さんってどのくらい綺麗な顔してるんだろう。ケヴィンも一応顔はいいのよねぇ……」


 でもこの国の英雄らしい騎士と比べればそれほどでもなかったりするかもしれない。


「しかし、そのケヴィンとやらの結婚相手は面白くないのでは?」


「うん、だと思う。ケヴィンに近付く女の存在はクビにしてまで遠ざけるくらいだもん……」


 ということは、ステファンさんをクビにした人VS私をクビにした人、ってことになるのでは……?

 そう考えると少し面白そうなのだが、その戦いをこの目で見ることは出来ない。

 なぜなら近付きたくないから。

 とりあえずアランに報告してもらうことにしよう。


「間に挟まれ兼ねない彼が大変だろう……」


「ん?」


「アランさん」


「……あぁ、大変かも」


 面白そうだと思ってたのは私だけだったらしい。

 ステファンさんは心の綺麗な人なので私のように他人の不運を笑ったりしないんだ。


「どうせまた近いうちに来るでしょうし、その時に労ってあげましょ」


「そうしよう」


 そんな会話を交わしていた昼過ぎ。裏口の呼び鈴が鳴った。


「業者さんだ!」


 私は急いで猫たちをキャットタワー横に新設したケージの中に入れる。

 業者さんの作業の邪魔になりかねないから。あと脱走されても危ないし。


「こちらの窓から搬入しますね」


「よろしくお願いします」


 業者さんたちが持ってきてくれたのは大きなソファとテーブルや椅子のセット。

 まずフロアの真ん中に大きなソファを置いてフロアを分断する予定なのだ。

 ソファをキャットタワーに向けて設置し、そちら側をふれあいスペースにして、余ったフロアにテーブルを置いてカフェスペースにする。

 猫ちゃんたちはどちら側にも行けるが、人間が飲み食いするのはカフェスペースのみに限定したいのだ。

 あちこちで適当に飲食されると人間用の食べ物を猫ちゃんが口にしてしまうかもしれないから。

 人間用の飲食物は、猫にとって毒になりかねないものもある。


「ミー! ミー!」


 ケージに入れられたことが気に食わないらしいダイダイが大声で鳴いている。


「ものすごく鳴いてますが大丈夫ですか?」


 と、業者さんに心配されるほどに鳴いている。


「わりといつものことなので大丈夫です」


「ンニィィィーーー!」


 ダイダイの言葉は聞けないけれど、大丈夫じゃないと言っている気がした。


 業者さんたちは一時間ほどで帰っていった。


「テーブル置いただけだけど、結構カフェっぽくなったね!」


「こんな可愛らしいカフェに、本当に俺が居ていいのだろうか」


 まだ言っとる。


「じゃあ私はメニュー表を書くから、ダイダイちゃん? そんなにケージが気に食わなかったのかな?」


 私の服をよじ登り、テーブルの上までやってきたダイダイは、ペンを握ろうとしていた私の手にじゃれついている。

 手首にしがみ付き、手の甲を甘噛みしながらたまに猫キックまで入れてきている。

 それほど痛くはないけれど、メニューは書けない。


「あああかわいい。ダイダイちゃんかわいい」


 メニューなんか後で書けばいいもんな!

 猫ちゃんのお名前表とかも作りたいけどそんなもん後回しだな!


「メニューは俺が書いておこう」


 ダメな雇い主で本当に申し訳ないと思った。



「イリスさん……」


 裏口から、微かな声が聞こえてきた。

 サリー御一行様がそちらに向かって行こうとしているのでおそらくアランが来たのだろう。


「おおよそ生きた人間とは思えない声だから例のお姫様の話持ってきてくれたのかもしれない!」


 ステファンさんにそう声をかけてから、アランを出迎える。

 サリー、アカ、ミドリがアランの足にすりすりとすり寄っているので猛烈に歩きにくそうである。


「おい……ちょ、踏む……踏、踏まれた……!」


 ちびっこたちがアランの足を踏んだようだ。


「好きなとこに座って。疲れた顔してるし甘めのカフェオレ作ってあげる」


「ありがとうございます」


 ちびちびと歩みを進めているアランに声をかけると、やはり元気のない声でお礼が返ってくる。

 相当お疲れなのだろうな。


「お疲れですねアランさん」


 というステファンさんの声で、アランは初めてそこにステファンさんが居ることに気が付いたらしい。


「紺碧の獅子殿ぉ!」


 元気な声出るじゃん。


「ほら、カフェオレ淹れたんだけどどこに座る?」


「え? あれ、こんな大きなソファありましたっけ?」


「今日模様替えしたの。とりあえず飲むのはテーブルでね」


 アランが座ろうとせずにフロア全体を眺めていたので一番近いテーブルにカフェオレを置いた。


「ソファに座ろうと思ったのですが」


「さっさと座らないからだよ。でも今後飲食はテーブルで、って規約を作るつもりだから飲むのはそっちでお願い」


「はい」


「規約を守らない人はステファンさんの手によって摘まみ出されるからね」


「紺碧の獅子殿が違反者を摘まみ出すのか……それはそれで見たいな……」


 テーブルの上のカフェオレを見詰めながら、アランがぽつりと零した。無表情なまま。

 隣の席にちょこんと座ったサリーがかわいいから中和されているが、無表情でカフェオレを見詰める男という図がなかなかに怖い。


「にゃーん」


「……あぁ。癒されるなお前」


 ちなみに今のサリーのにゃーんは『アランさーん』と呼んだ声だった。

 アランがナチュラルに返事をしたので私の耳には会話が成立したみたいに聞こえていた。


「イリスさん、ちびたちは椅子に乗せても大丈夫なんですか?」


「うん。いいよ。飲食物を与えないなら全然大丈夫」


 そう言うと、アランは白猫家族を一つの椅子に乗せてなでまわしていた。

 お疲れだろうし、精々癒されてほしい。


「アランが疲れてるのって、やっぱり例のお姫様の件?」


「……そうです」


 遠い目をしながらそう答えたアランの声を聞いて、私とステファンさんはお互いの顔を見て一度頷く。

 詳しく聞いてみよう、という合図のように。

 そして私とステファンさんはアランの向かいの席に並んで座る。


「ねぇアラン、そのお姫様の名前を教えて?」


「え? えぇと、確かミカエラ様だったかと」


 その名を聞いたステファンさんが、うーんと小さく呻ったのを聞き逃さなかった。


「どうなのステファンさん」


「面倒なことになりかねない」


「顔のいい男が好きな人ってこと!?」


「まぁ、そういうことだ。だがまぁ、比較的大人しい方ではある……」


 一番面倒な人ではないけれど、どちらにせよ面倒みたいな感じなのかもしれない!

 これは面白いことになりそうだ! 主に私だけが!





 

ブクマ、評価等いつもありがとうございます。

そしていつも読んでくださってありがとうございます!

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