第二話 「 野盗 」
どれくらい走っただろう。
裸足で走ったせいで足の裏は切れ、血が流れ、服も破れている。
弥彦は、ふと我に帰って辺りを見回した。
「ここはどこだろう・・・? 俺、どこまで来たんだ?」
「あ! 痛ぇぇぇぇーーー!! こんなに切れてるーーー!! 血まで出てるーーーー!!」
助かったという思いが出てきて、次第に手足の感覚が戻ってきた。
痛みに堪えかねて辺りを見回すと小川が見えた。
腫れた足を洗い、水を飲み、落ち着きを取り戻してきた。
そこへ一人の初老の男が通りかかった。
「おい、そこの童! おまえ、見かけない顔だな。 どこから来た?」
弥彦は驚いて振り向いて、おずおずと訊ねた。
「おじちゃん・・・ 誰?」
男は弥彦をなだめる様に答えた。
「俺はそこの村の武具鍛冶で伊助ってぇ者だ。 おまえ、一人か? お父とお母はどうした?」
弥彦は早朝の惨事を思い出し、火がついた様に泣き出した。
「ふえーーーーーーん!! えーーーーんえーーーーーん!!」
「お父も・・・ お母も・・・ 殺されて・・・ 村は・・・燃やされて・・・」
弥彦は早朝の惨事を泣きじゃくりながら全て話した。
伊助はもらい泣きを堪えながら言った。
「そりゃぁ大変だったなぁ。 よし! おまえは今日からウチの子だ! 名は何と言う?」
「・・・弥彦。」
伊助は、弥彦を元気付けるように力強く言った。
「弥彦! 今から俺の家に行くぞ。 そんな足じゃ歩けなかろう。 ほれ、おんぶしてやるから。」
伊助は自宅まで弥彦を連れ帰り、家人に全てを話し、弥彦を養子として迎え入れた。
弥彦は、朝から夕方まで鍛冶屋を手伝い、夕方から裏手の山に行き、自己流の武術の修行に励んだ。
そして、十年余りが過ぎ、弥彦も青年となり、すっかり伊助の息子になっていた。
立派になった弥彦と伊助は冗談混じりに話した。
「弥彦! おまえもそろそろ嫁でもとらなきゃなんねぇなぁ。」
「お父! やめてくれよ! 俺はまだまだ修行して強くなりてぇんだ!」
「そんなに強くなって、天下でも取ろうってんじゃねぇだろうな! はっはっはっはっ!」
「天下なんぞ欲しかねぇやぃ! はっはっはっはっ! それじゃ、修行に行ってくらぁ!」
弥彦を見送りながら、伊助は弥彦が子供の頃に言っていた事を思い出して呟いた。
「あいつはまだ自分を責め続けてるんだな。 自分さえ強ければ父親も母親も死なずに済んだと今でも思ってるんだな。 本当に不憫な子だ。」
弥彦がその日の修行を終えて帰ろうとした時、伊助の村の方から火の手が上がってるのが見えた。
「何だ!? ありゃぁ!?」
弥彦は走った。
またあの早朝の惨劇を繰り返させてたまるかと必死に走った。
だが、時は遅く、村は業火に包まれていた。
立ち尽くす弥彦の目には、その火を背に悠々と歩く野盗達の姿が見えた。