第一話 「 弥彦 」
戦国時代のとある農村にその少年は生まれた。
ごく普通の農家に生まれたその少年の名は「弥彦」という。
その日も朝から夕暮れ時まで両親の農作業の手伝いをし、夕食を待っていた。
若い夫婦の一人息子である弥彦の好物は白菜の漬物と、たまに漁村からやってくる行商から買える魚。
今日は魚が買えたので、ご馳走を味わえる。
母親が魚を捌くのを見ながら、家族はたいそう浮かれていた。
父親は珍しく酒を用意している。
やがて、魚の入った鍋が出来た。
父親が囲炉裏に吊るす。
皆で頬張りながら弥彦は思わず叫んだ。
「かぁーーーーーー! やっぱ美味ぇなーーーーー!」
「弥彦! 慌てて食うとヤケドすんぞ!」
「おまえさん、いいじゃぁないかい! 子供は痛い目ぇ見て覚えるんだよ。」
「そりゃそうか! はっはっはっはっはっ!」
父親に注意され、母親がなだめる。
笑い声が外まで響いた。
いつもより少しだけ贅沢な夕食は、家族を心地よく深い眠りに導いた。
翌朝、夜明けにもならない内に扉を叩く音に起こされた。
「起きろ! 大変だ! 賊だ! 賊が来たぞ!」
野盗が攻めて来たのだ。
かつて戦で負け、敗残兵狩りを逃れた足軽達が徒党を組んで、村々を襲って食料や金品を強奪し、襲った村に火を放って焼き払っていく野盗達。
その野盗が、弥彦のいる村を標的にしてきたのだ。
父親は弥彦と母親を床下の瓶の中に隠し、一言だけ告げた。
「いいか、お前らはここから動くな。 お父が絶対に守ってやるからな!」
そう言い残して、父親は農具を武器に出て行った。
どれくらい経ったか、荒々しい野盗達の声が聞こえてきた。
「全くこの村の野郎はしぶとかったなぁ!」
「皆殺しにしてやったんだし、もういいじゃねーか!」
「あとは金目の物と食い物と・・・酒も忘れちゃいけねーな!」
「今夜は久しぶりに酒が呑めちまうかも知んねぇな!!」
「宴じゃ宴じゃーーーー! 酒を持てーーーーってか!!」
「ぎゃはははははは!」
「よーし! 邪魔モンはいなくなったし! 探せーー!」
「おーーーーーー!」
弥彦は母親が震えているのを感じた。
母親は言った。
「弥彦、お母は奴らを許せないんだ。 分かっておくれ。」
そういうと母親は瓶から出て包丁を掴んで外に飛び出して行った。
その直後、弥彦が聞いたのは母親の断末魔の声だった。
弥彦は震えた。
ただただ恐かった。
野盗達が鬼に見えた。
心底から恐ろしいと思った。
弥彦は飛び出して逃げた。
ひたすらに我を忘れて逃げた。
逃げる弥彦に気付かず、物色の終えた野盗達は村に火を放った。
その火は辺りを赤々と照らした。